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好きだったんだよ……と言う声が聞こえた。
振り返ると、福沢はベッドに腰を掛けたまま両手で顔を蔽っている。
「好きで好きでどうしようもなかったんだ。それなのに俺はただの子供だった。先生を助けてやることもできなかった」
僕は彼のそばに戻ると、真夜子先生のT型定規を刀のように右肩に立てかけ、そこにどかりと胡坐をかいた。
自分がまるで野武士かなんかになったような気がした。
「そんなこと、とっくの昔から分かってたさ」
僕がそう言うと、彼は両手を顔から離した。目をまん丸にしている。
「なぜ」
真顔でそう聞いてきた。まったくおめでたい奴である。
それで少し勇気を得て言った。
「お前のつらい気持ちは良く分かる。しかしいつまでこんなことを続けるつもりなんだ」
すると彼は不服そうにぷいと横を向いた。
「お前に何が分かる」
「いや分かるよ」
と僕は言い返した。
「いいか、俺はだな」
こちらに向き直ると、くってかかってきた。両手が意味もなく、空中で泳いでいる。
「何だ、どうした」
と僕は応じた。
しかし福沢はそれっきり口を閉じてしまった。




