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僕は構わずに、ベッドに置いてあったT型定規を手に取ると、彼に持たせようとした。
「先生が教室に遺していったものだ。持っておけよ」
「よしてくれ。今更こんなもの」
そう言って、顔を背ける。
「それでもおまえはこれを持っておくべきだよ」
「もういい加減にしてくれ」
福沢は大声でそう叫ぶと、定規を激しく床に叩き付けた。
大きな音がした。
彼はハッとしたように一瞬そこを凝視したが、すぐに顔を背けた。
やがて力無くベッドの端に腰掛けると、ぽつりと言う。
「さあ、もう帰ってくれないか」
今にも彼のお母さんが階段をトントンと上がってるのではないかと恐れたが、その気配はなかった。
きっと階下でハラハラしながら、辛抱強く様子を窺っているに違いない。これ以上大騒ぎして、お母さんを心配させることになってはいけないと思った。
「分かった。もう帰ることにするよ」
僕は静かにT型定規を拾い上げた。
「でも、本当にそれでいいんだな」
彼は無言だった。
また出直そうと、彼に背を向けドアのノブに手をかけた時だった。




