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「先生――」
僕は煮えたぎるような感情を押し殺しながら、静かに言った。
「先生はご存知ですか? 人間の身体から出るもので一番汚いものを」
「何?」
相手は不意をつかれたように、目を丸くしている。
「それは言葉です。人間は美しい歌を歌う一方で、その同じ口から汚い言葉を吐く。でもそれじゃあいけない。
いつも誠実で綺麗な言葉を使うように心がけなさい。口数は少なくてもいいから――。
根津先生がそう教えてくれました。でも、今日はその教えに背くことにします」
教頭は、なおもぽかんとした顔をしている。
僕はここぞとばかりに、吐き捨てるように言った。
「この臭い手をどけてもらえませんか」
相手は思わず僕の両肩から手を離すと、その手をまじまじと見つめている。そしてはっと我に返ったように、こちらに向き直った。
殴られると思った。殴られてもいい。その代わり教頭も辞職に追い込んでやる。
次の瞬間、福沢から背中をばしっとぶたれた。
「馬鹿、何を言ってるんだ。謝れ」
そう言うと、僕の頭をぐいぐい押し下げる。
「先生、僕からも謝ります。こいつ、今日はどうかしてしまってるんです」
教頭はしばらく呆然としていたが、ふと教壇の方に顔を向けた。そこに置かれてあった署名用紙を手に取ると、真剣な眼差しで見つめている。
やがてみんなの方を向いて言った。
「これは一応預からせてもらうよ。あくまでも根津先生自身の問題だがね」
そのまま黙って教室を立ち去る。