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先生はそんな彼にしばらく優しいまなざしを注いでいたが、やがてその瞳をゆっくりとこちらに向けた。
「さて、次はカツ君か」
また腕組みをして黙ったままこちらを見ている。
今度はこちらの肩に手が置かれる。いい匂いがして、またいつかのように幸せな気持ちになった。
先生は改めて二人を見比べるようにして笑った。
「ふふふ。あなたたちって、本当にいい咸臨丸コンビだわ。でもそれは今日で解消しなさい。私もあなたたちのことを、きちんと克男君、勇吉君と呼ぶことにするから」
思わずちらっとお互いを見やった。
「さて、カツ君。あ、ごめん克男君。あなたは――」
耳がピクリとするのが自分でわかった。僕は自分のことを、勉強ができないこと以外は、いたって何の特徴もない人間だと思っている。
ただ福沢に引きずられるようにして、おどけたようなことをやっているだけだ。畢竟するに、何の取り柄も面白みもない、つまらない人間なのだ。
先生はそんな僕のことをなんと思っているのだろうか。
「あなたはいつもおどけて人を笑わせたりしているように見えるけど、その反面、実は無口で不器用な所があるわね」
なんだ、そんなことか……。そんなこと言われてもちっとも嬉しくなんかないし、自分でも分かっている。