悲劇の末路
「……ドアが壊されている!?」
僕は家の中へすぐさま突入した。次第に錆びた鉄のような異臭がしてきた。その臭いに焦燥感が煽られる。異臭のする先のリビングの扉を開けると、
目の前には体が無残に切り開かれた人の体があった。
現実感がない。見覚えのある服。僕はゆっくりとその体の頭を見た。
思った通り、その顔は見覚えのあるもので
「嘘、」
*****
父さんは、不器用で、厳しくて、でも優しい人だ。母さんが亡くなってから、僕に対するあたりは強くなったように思う。
食べ物をこぼしただとか、姿勢が悪いだとか、そういったことを小さい僕に注意した。僕が家事をすこし休んでいると、殴ることもあった。
「俺が養ってやってるんだぞ」
それが口癖だった。怒る父さんは怖くて、逆らえない。僕は次第に父さんの顔色をうかがって行動するようになった。
毎日の小言が、つらかった。でも、全部僕のために言っていることなのだと、僕は信じている。
だって、どんなに怒っても「お前さえいなければ」とか、「消えろ」とか、そういうことはなかった。それに、「さっさと寝ろ」と言う父さんが、夜遅くまで働いていることを、僕は知っている。
それでもきっと、僕がいなければ…父さんはもっと楽に生きられるんだろうなと、思うことは何回もあった。
母さんが生きていたころの、幸せそうに微笑する父さんの顔が忘れられない。きっと、僕を一人で育て上げなければならないというプレッシャーが、父さんを変えてしまったのだろうと僕は思っている。
だから、厳しくても、怖くても、僕は父さんを嫌いになれなかった。大切な家族のままだ。
いつか、また幸せそうに笑ってくれればいいなと、僕はずっと思ってきた。
それが
その未来が
僕の願いが
*****
僕は顔をゆっくりと上げた。
父さんの隣に刃状に変化した拳に血液のこびりついた奇獣が座っている。
「…お前か」
奇獣は何も言わない。
「お前がやったのか」
僕の声はいつもよりも低かった。
「そうだ」
奇獣は力のない声で答えた。それから、僕の後ろを見る。
「…お前、バルバドス…か?」
和田さんが僕の後ろにいたらしい。
「ノロウェ…戒律を破ったのか…?」
和田さんは困惑していた。
「…そうだ…俺は…」
うなだれる奇獣。
「よくも…父さんを…!」
僕の右手にあの剣が出現した。炎の意匠のある、大剣。
僕は奇獣の左腕を切り落とした。奇獣は抵抗も逃げもしない。そのまま腹を切り裂いた後、奴の胸に剣を突き立てようとすると
『待て改直、様子がおかしい』
頭の中に声が響いた。腕が重くなる。炎鳴神だ。
「奇獣を倒せと言ったのはお前じゃないか!」
『奇獣を信じると言ったのはお前だろう!その奇獣は無抵抗だ。こちらを攻撃する意思は感じられない』
「でも、父さんは殺された!僕は、仇を…!」
咄嗟に僕の腕を掴み、次の攻撃を防いだのは、和田さんだった。
「やめろ、改直!こんな事をしても意味は無いだろ!?
これではお前も化け物だ!」
「わかってる!父さんは戻ってこないって!でも、それでも、僕は…」
「殺したければ殺せよ坊主。…俺はそれだけのことをやった。それが償いになるのなら俺は甘んじて受け入れよう」
ノロウェと呼ばれた奇獣はそう言って笑った。僕は大剣を振りかざした。
が、大剣を下ろすことはできなかった。
「だめだ」
僕の口が勝手に動く。剣が、消えた。
「そんなこと、だめだ」
炎鳴神だ。
「憎しみの感情に従って行動するなんて、だめだ」
体の自由がきかない。
「私はお前に言った。人間を守るために奇獣を殺せと…だが、お前がただ満足するためだけの…憎しみで力をふるえとは言ってない
…どうやら、この体の主導権は、意思の強さで決まるようだな」
「誰だ…?」
奇獣が僕…炎鳴神に声をかける。
「私は炎鳴神。この体を使わせてもらっている」
「炎鳴神…!…なんで見逃すようなマネをしたんだ!俺を殺せばその坊主も満足するだろ!」
「だからだめなんだ。敵意のない、…しかも償おうだとか口にする奴を、この人間に殺させるわけにはいかない。
…落ち着け改直。コイツにはいかにも事情がありそうじゃないか」
…
「それにこの怪我だ。お前が手にかけなくとも、じきに死ぬ」
体の自由を奪われて、強制的に落ち着かされて、僕はすこしだけ冷静になれた。…そうだ、憎しみが消えたわけじゃないけれど、この手負いの…無抵抗の奇獣をこれ以上攻撃する必要はない。
僕の口に、自由が戻ったことがわかった。
「…なんで…なんで、父さんを殺したのか、教えて下さい」
「お前の親父を殺さなければ、俺の仲間を殺すと、漆黒神に脅された…それだけさ
炎鳴神はああいったが、憎みたきゃ憎めよ!…大好きな奴が殺される辛さは…知らねえわけじゃ…ねえから…」
「ノロウェ…!」
奇獣…いや、ノロウェは、息も絶え絶えに続けた。
「死ねそうで…よかったよ。…これ以上、良心の…呵責に…耐えながら…漆黒神に従うのは……まっぴらゴメンだったからな…助かった…
…俺さ、これでも…腕利きのつえー奇獣で通ってたんだぜ?…俺を倒したお前の名前を、教えてくれよ…冥土の…土産に…聞かせてやりてぇんだ…」
「穂高改直」
僕ははっきりと答えた。いつの間にか体の自由が戻っている。僕は壁に寄りかかり座っている彼と目を合わせるため、しゃがみ込んだ。
「漆黒神を倒す者の、名前だ…!」
「そうか…よくぞ言った!応援…してるぜ…かいと…」
彼はすっと眠るように目を閉じた。
「…ノロウェ…?」
彼はもう、息をしていなかった。
父さんと、ノロウェの遺体。視界がゆがみ、涙がこぼれたのがわかった。
僕は、これ以上悲劇を起こさないために漆黒神を倒すと心に誓った。