死ぬとすれば僕は
「これでも漆黒神のことについては、俺、そんなに詳しくないんだ」
和田さんはあっけらかんと言った。
「え?」
「だから今、部下に調べさせてる。僕の仲間を殺したり、乱暴な方法で奇獣たちを使って何かをしているということ以外は、わからないから」
「…」
「奇獣はそう、お前が最初に出会った化け物であっている。こ奴らは例外らしいが、人間を喰らうものたちだ」
僕の口が勝手に動いた。
これまでの二人の話から大まかに考えると…
「えっと、漆黒神とそれに従っている奇獣がいて、それらが人間に害を加えかねないから、炎鳴神さんはそれらを倒そうとしている…って解釈でいいですか」
「ああ」
「そうだね」
「…わかりました。あの、炎鳴神さん」
「なんだ」
「…炎鳴神さんは、敵対する奇獣や漆黒神を倒さなければならないと思っていて、それを実行しようとしているんですね」
「ああ」
「…僕以外の人に乗り移ってくれませんか?もっと丈夫で、何より…戦いたいを願う人に」
「無理だな」
僕の口と耳を疑った。
「むり?」
「ああ。この体からの離脱を試みたが、できなかった」
「嘘でしょう!?」
「本当さ。だから今のところ、お前が戦うしかないんだ。…頼む。私の力を使って、お前の力で奇獣を全て倒して欲しい」
「それ、拒否権ないですよね…」
「ああ。おそらく、お前が死なないと私は他の人間に乗り移ることはできないだろう」
「じゃあ…僕もう死「お前は、」」
炎鳴神が僕の台詞を遮った。
「なぜすぐさま死を口ずさむ?生きたいとは思わないのか?」
「…だって、僕なんか生きてても、誰かに迷惑をかけるだけだし…」
「迷惑を掛けるだけではだめなのか?」
「だ、だめに決まってる!だって、僕という存在のせいで、誰かが不快な思いをするんだよ?そんなの、嫌だよ…!」
しばらくの沈黙。それを破ったのは炎鳴神だった。
「…ならば問おう。ただ自分の為に死ぬのと、誰かを守って生き抜くのだったらどちらがいい?」
「自分の為…?ちがうよ僕は、みんなに迷惑をかけないために死ぬんだ…!」
「違わん。お前はこの世の苦しみから逃れるために死のうとしている。…そんなものは甘えだ。あがこうとは思わないのか?迷惑をかける以上に誰かの役に立とうと思ったことはあったか?ただただ自分を卑下するだけの無能であったのではないか?」
突き刺さる、炎鳴神の言葉。
『どうせ死ぬなら、そうだなあ…火葬されて、お金をかけて燃やされるより、化け物にでも喰われて、そいつの命の一部にでもなったほうが、幸せかな…』
思い出す、つい昨日の、僕の言葉。
「…僕が、誰かの役にたてるの?」
「ああ。人びとを守る力をお前は手にしている」
「守る、力…」
浮ぶのは山岸さんの顔、お父さんの顔…
「僕は…死ぬなら…誰かを守って死にたい…!僕は誰かの役に立って死ぬために戦う!」
(…お前の死にたがりも筋金入りらしいな…)
頭の中に、炎鳴神の声が響いた。
「…まあいいだろう。少年…名は何だ」
「穂高改直」
「改直。改めてよろしく頼む」
「話はまあ丸く収まったみたいだね」
和田さんが口を開いた。
「先生を呼んで一応様子を見て貰ったあと、受け付けに行こうか。見た感じ元気そうだし、たぶん時間はかからないよ」
「あ、えっと、僕は、倒れて、それから…」
「点滴を打ってもらったよ。脱水症状が出ていたんだってさ」
「そ、そうだったんですか…」
*****
受け付けはすんなりと終わり、料金は後日払うことになった。病院から和田さんと出る。
そういえば、と、ふと思い当たった。
「お父さんはどうしてるかな…」
余計な医療費払わせやがってって、怒るかな…
そう呟いたのが、和田さんに聞こえたらしい。
「いや、息子が道ばたで倒れたって聞いて心配しない親なんていないよ。突然怒るなんてことはないって…!」
「いや、きっと心配して怒るんですよ。父さん、そういう人なんで…」
僕は苦笑する。
「お父さんは仕事?連絡がつかなかったって病院の先生が言っていたんだけど…」
「え?今日は仕事休みのはずなんで、家にいるはずですよ」
言ってから、少し、嫌な予感がした。携帯電話を取り出す。自宅にかける。…だれも、出ない。
もしものことがあったら、どうしよう。
幸い病院は家の近く。僕は慌てて家へ向かって走り出す。
「ちょ、改直くん!?」
後ろから聞こえる和田さんの声を無視して、僕はただ帰路を急いだ。