それは偶然の出会い
「君、家に帰らなくて大丈夫?もう8時になるけど」
改直に声を掛けたのは若い男性だった。彼は夕飯の買い物の帰りだったのか、コンビニの袋を持っている。
「すみません。一人で帰れます……」
そう呟いたが最後、改直はその場に倒れ込んでしまった。
「君!大丈夫じゃないだろ!」
男は彼の体を支えたものの、彼の意識が戻ることはなかった。119番通報しようとした彼の目に入ったのは、路地の行き止まりにある、損傷の激しい男性の遺体。改直に意識があれば、それは先ほど化け物に喰われていた人間の体なのだと説明しただろう。
男はその死体を見ても一切動じなかった。
「……奇獣の仕業か」
*****
外の明かりが僕の顔に差し込んだのがわかる。僕は目を覚ました。
「ふあぁぁ……」
周りを見渡すと、そこが病室である事が容易に分かった。そこには、えっと…あ、僕に声をかけた男性がいた。父さんはいない。
「僕はいったい…」
「昨日、あのあと、僕の目の前で倒れたんだけど、…覚えているかい?」
「は、はい…あの、僕の家族は…」
「学生証から連絡が行ったらしいんだけど…来てないみたいだね」
「そう…ですか…帰ったら、お父さんに怒られるだろうな…医療費を払わせやがってって…」
僕はやっぱり誰かに迷惑をかけることしかできないらしい。僕は苦笑した。
「君のお父さんってどんな方?」
「…僕なんかのために、夜もずっと働いてくれる、僕にはもったいないお父さんですよ」
(これ以上彼と、否、”奴”と話すのはよすんだ、少年)
僕達の会話を割る様に声が聞こえて来た。
「え!?」
「突然どうしたんだい?」
「あの、えっと…」
「優人でいいよ。自己紹介がまだだったね。僕は和田優人だ。」
「和田さん、何か、聞こえませんでしたか!?」
「別になにも?」
「え…?」
和田さんは落ち着いていた。幻聴かな…道ばたで倒れてたって言うし…なにか頭に異常でもあるのかな…
(やむを得ないか……)
再び謎の声が僕の頭に響く。
僕の意識は遠くなっていって…
気がつくと、真っ白な世界にたたずんでいた。
「あれ?僕、病室にいたんじゃ…」
地面も、空も、一面の白。僕は行く当てもなくただ歩いていた。この世界に終わりは見えない。すると、突然目の前に大柄な化け物が現れた。それは僕が最初に出会った化け物よりも大きかった。人型で、まるで赤い武人のような見た目。もの凄く強そうだ。
「此処は君の精神世界と呼ばれる場所だ」
「!ば、化け物!あの、僕を食べるなら一瞬でとどめをさしてくださると…嬉しい…です…」
僕はぎゅっと目をつぶった。
「…私は炎鳴神。昨日君が見た怪物、奇獣とは違うさ。」
どことなく、呆れたような声が聞こえた。…僕と、和田さんの会話を挟んだあの声と同じ声で。
「君、不思議に思わなかったか?自分が、あの化け物に食べられていないということを」
「…化け物…?えっと…あ…」
僕は、確かに昨日、人を喰らう化け物にあって…
「夢…じゃない…?」
「夢じゃないさ。化け物に食べられそうになった時に、光を見たのを覚えているか?」
「光…」
そうだ、僕はそのホタルのような光を見て、それから…気がついたらうずくまってたはずのあの場所に立ってて、声をかけられて…
「ば、化け物は…?」
「私が…正確に言うと、私に憑依された君が倒した」
「え…?」
こ、これ、ただの夢だ!だってあり得ない。僕がアレを倒すだなんて!きっと化け物も僕がみた幻想で、あの時気を失っている間に見た夢なんだそうに違いない。
「疑っているな?」
「あたり前だよ」
「ならば実践在るのみ」
世界が歪む。気がつくとそこは病室だった。……あれ?僕の体が勝手に動いてる…
「おい貴様」
和田さんは穏やかに微笑んでいる。
「何だい?」
「奇獣だな?」
僕の口が勝手に動いた。にこやかに微笑んでいた彼から笑顔が消えた。
「……いかにも」
「その命、頂戴する!」
僕の手の周りに周辺の空気が集まるのを感じる。それらが硬化して炎の意匠のある大剣へと変化した。
僕はその剣を振りかざし
(やめて!!!!)
和田さんを斬りかかろうとしたが、動きが止まった。
「ま、さか、この、体の、主導権は…」
僕の口が動く。僕は、体全体に力を入れた。
「このひとは、僕の、恩人だ…!」
大剣が、消える。
目の前には、目を見開いた和田さんがいた。