第八話 異世界の神話体系は斬新で
*修正点
ステータスの職業欄は不要と判断し削除
中華共和国はそのまま過ぎるので央華に変更
勝手に部屋を抜け出したのが露見して連れ戻されて以降、僕のそばには常に使用人(それもあの年若い少女であることが多い、仕事が少ないのだろうか)が付き添っていた。
しかし、それも二、三日のこと。四日目からは、今まで僕が部屋を出ていこうとする素振りも見せなかったことで油断したのか、監視の網にも綻びが生じ始めてきた。
そして八日目、ついにその時が来た。
今日の昼の時間の担当者が同僚に呼ばれて部屋を出て数分、戻ってくる気配がない。これはしばらくは戻ってこないと見ていいだろう。さあ、出発だ。
そういつも都合良くドアが空いている訳ではなく、今回は手を差し込んで開くという手段は使えないが問題はない。ドアノブはレバータイプのため、壁に手を付いて立てばノブにギリギリ手を掛けて開くことができる。これはこの八日間監視の隙をついて修練した技術だ。内開きのため開ける際に身体が押される形になるが、直前に手を離し、開いた隙間に滑り込めば第一関門は突破だ。さあ、見つかる前に書庫へ行こう。
黒い脚があった。上を見上げる。黒い胴、黒い腕に、白が混じり始めているもののまだ黒い髪があった。
執事服に身を包んだ壮齢の男性、当然ながら我が家の執事である彼がその鋭い眼差しでこちらを見下ろしていた。
まさか、ずっとここで待ち伏せていたのか?扉越しとはいえ、僕に一切気配を悟らせることなく?
思わぬ事態に硬直する僕に、目線を合わせるように跪いた彼は、その視線だけで人を刺殺できるんじゃないかというほど鋭利な眼光のまま口を開いた。
「坊っちゃま、本日も書庫へお出かけでしょうか」
戸惑いつつも頷く。どうやら、問答無用で部屋に押し戻されるという訳ではないらしい。
「左様でございますか。では、僭越ながらご同行致します」
そう言って彼は、僕を抱き抱えるとスタスタと歩き出し、あっという間に書庫へと辿り着いた。途中、何人か使用人とすれ違ったが、皆会釈するばかりで引き止めることはなかった。なるほど、同伴者がいれば問題ないのか。
「坊っちゃま、お読みになるものは先日と同じでよろしいでしょうか」
再び頷く。彼は僕を床に下ろすと、少々お待ちくださいと言って手早く前回と同じ本を取ってきてくれた。
そういえば書庫にいる僕が発見されてから、部屋へと連れ戻したのはこの人だった。その時に僕が出していた本を記憶していたのだろう。
それにしても彼は僕が言葉を解し、文字が読めると疑っていないようだが、既に物心がついていると気付かれているのだろうか。
まあ僕も彼の言葉に反応を返してしまったのだし、その心配は今更だろう。第一いつかはバレることなので、そこまで徹底して隠す気があった訳ではない。問題はないだろう。
執事のことは意識から除外し、僕は読書に没頭することにした。
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それから三時間、僕は書庫中の本を読めるだけ読んだ。といってもまだ3割程度だが。
最初の数冊を読み切った後、どうにかして届かない場所の本を読みたいと考え、本の整理をしていた執事に身振りで訴えてみた。すると彼はその意図を正確に汲んでくれ、それからは読み終わる度に彼に頼んだ。
残念ながら、『神の使徒の一族』というフレーズについて詳しく書き記されている書物はなかった。
しかし、それ以外にこの世界の重要な情報を集めることができた。いわゆる、一般常識や魔術、寓話といったものだ。
曰く、この世界は現代の地球より遥かに神が身近で、神の世界、神界にはこの世を統べる創世神王ファトゥスという神がいるらしい。
現在はファトゥス歴一万四千七十二年である。これは、ファトゥスの創った世界で人類が文明を確立してから一万四千七十二年、ということらしい。
もちろんその間ずっと平和でしたという事は無い。彼方より現れた邪神との全面対決や、今尚生き続けるその眷属達による侵略など、演劇の題目に事欠かないくらいのことはあった。この世界独自の神話だけでも十分読み物として楽しめるだろう。
問題は、独自の神話だけではないことだ。
地球と地形の似通っているこの世界は、神話までもが共通していた。
ギリシャ、北欧、ケルトはもちろんインドやエジプト、中国やシュメールまで、地球のほぼ全ての神話が揃っているといっても過言ではない。……神道とクトゥルフは見つけることが出来なかったが。
しかし、内容まで完全に同一ではない。なんとそれらはこの世界では、みな等しく一つの神話として共存しているのだ。創世神王ファトゥスを頂点として。
各神話にはそれぞれの創世神話があるものだが、全て世界を創った、あるいはそれを指示したのはファトゥスとなっている。そもそも、全ての神の祖であるらしく、あらゆる神の功績は全てファトゥスに繋がるらしい。
地域、個人によって信仰される神に違いはあるものの、誰もが他の神の存在を認め、創世神王を最上位とするのは共通のようだ。
一柱の神を数多の神話の絶対的頂点として、神話同士の格差を無くしているわけか。これなら宗教戦争が起こることもないのだろう。
もしこれが意図的なものだとすれば、なかなか上手い考えだと思う。さしずめ発案者はファトゥス自身かな?
それにしても、なんだか神がゲシュタルト崩壊しそうだ。
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「坊っちゃま、そろそろ戻りましょうか」
あれからもずっと僕は本を読んでいた。声を掛けられるまで気が付かなかったが、もう日も落ちていたようだ。
むう、もう少しでドワーフ語の読解が修了するところだったのに。
普通このくらいの年齢の乳児なら既に就寝していてもおかしくはないが、正直全く眠くない。
もっとも、ここで無理を言って両親を心配させるのは得策ではない。発育に影響が出るか可能性もあるし。
僕が大人しく頷いたのを確認すると、執事はテキパキと本を片付けて再び僕を抱え上げた。
そのまま部屋に戻ると、両親がいた。僕を待っていたようだ。
「おかえり、クロム。今日もたくさん勉強してきたのかい?」
「まだ四ヶ月なのにすごいわね。将来は学者かしら?」
「ああ、学者でも魔術師でも軍人でも、この子はきっと世界一になれるだろう。なにせシューティングスター始まって以来の天才だからね。」
「そうね、けど忘れちゃ駄目よ?何よりもまず、クロムは私達の可愛い息子なんだから」
両親は、僕を挟んで嬉々とした表情で話している。執事から母の腕へと移動した僕を、ベッドへ寝かせて毛布をかける。
「愛しい愛しい、私達のクロム。たとえ貴方の未来がどれほど過酷で耐え難いものでも、私達は一生貴方の味方だから」
僕を寝かしつける母の言葉が、なぜだかとても印象的で────
今回はクロムが睡魔に襲われていませんが、これは理由があります。