第九話 希少種
なかなか話が進まないのは問題ですね。これも今後の課題です。
魔獣は、未だ全てが明らかとなっていない未知の存在である。
その起源は一万四千年以上前、現代を遥かに上回る魔導技術を誇っていた古代文明時代、通称神代の終末期に降臨した邪神の影響で、正常に循環していた世界の魔力が汚濁したことによって発生したとされている。つまり魔獣は現代文明と同等以上の歴史を持っていることになる。
にも関わらずその調査が芳しくないのは、魔獣を不浄なるもの、神に許されざる存在とする考えが根強いからだ。その筆頭が世界最大の宗教国家であるアステラ神聖国、そして各国各都市に点在する神殿などの宗教勢力である。
神と人が密接に結びつくこの世界ではその影響力は途方もなく大きく、それらが過度に干渉し規制するため魔獣研究も大っぴらに行うことができないでいるのだ。
閑話休題。
上記の理由から、魔獣については個体別の発生条件や行動原理など不明な点が数多い。知能もその一つだ。
一般的に、魔獣は生物とは扱われていないため知性などないとされているが(またそれを強く主張しているのが件の彼等だが)、その説を否定する例が幾つか発見されているのも事実だ。今回もその一つだろう。
子鬼。
姿形は人間に近似しているもののその体格は子供のように矮小で、余す所なく腫れ上がったかのような醜悪な面貌が特徴だ。
かつて異世界より招かれた勇者によって命名されたというその魔獣は本来、凡そ知性と呼べるようなものは欠片も感じさせず単体での脅威度評価は最低のF、群を成してもEが精々といったところである。
しかし今回そこに、とある例外が生じた。
これまでの魔獣の常識を打ち破る存在。百匹の内、一匹いるかどうかという程稀な個体。
それは上位個体、と呼称されるものだ。
その認定基準は、既知の種でありながらその平均を大きく逸脱している事。これには体格、知能等が挙げられる。かつて確認された上位個体では本来有していない筈の特殊技能を見せた例もあるという。
「今森にいるであろう小鬼は恐らく知能型の上位個体、小鬼指揮官と仮称しようか。それがロドア村侵攻の指揮を執っているんだと思う」
ここまで一息に語り終え、再度茶を嚥下し乾いた喉を潤して一息つく。
この茶葉、メイデンで購入したものだな。ランクとしては中の下といったところだけど淹れ方が良い。村長の長年の趣味なんだろうな。
益体もない思考を切り上げ、再度口を開く。この先は警告だ。
「……上位個体は最低でも通常個体より一つ上のランクとして扱われる。つまり今回の依頼は今持っている情報だけでもE、数によってはDランク相当。僕達のランクを考慮すると手を引くべき案件だよ」
その先は言葉にせず、どうする?と視線で問いかける。状況の深刻さは説明せずとも分かるだろうと。
小鬼、というと所詮Fランクの魔獣、と侮る冒険者は多いが、そう考えるのは真の強者か経験と知見の浅い駆け出しのみだ。
小鬼はとにかく数が多い。一体見たら十数体はいるのがザラで、数十体という時もある。数体程度の群など遭遇したら奇跡の類だ。数に任せて一斉に群がられては個人では太刀打ちできないだろう。
また人間に近い姿のため武器を扱う手先の器用さを持ち、拾った剣などを振り回していたという例もある。
さらには最大の欠点であった知能の低さも、上位個体の小鬼指揮官がいる以上幾らか上方修正しなければならない。村へ偵察部隊を出した事から鑑みるにある程度の戦略的思考が可能と思われる…………など、未知数な要素が多数ある。冒険者としては駆け出しでも、故郷で魔獣を狩っていた経験のある彼等はその危険性を充分に理解しているはずだ。
殲滅するだけならば僕一人でも問題ない。数で勝るだけの相手ならば広域殲滅魔術を行使すれば恐れることはないだろう。
ただそれには多大な消耗を余儀なくされる。特に魔力の浪費は僕にとっては致命的だ、リスクとリターンが釣り合っていない。
もし彼等が引き下がるというのなら、僕は異を唱えるつもりはない。行きよりも安全な手段でメイデンに帰ろうと考えている。
しかしその場合、この村は────
「もし俺達が帰っちまったら、この村の人達は皆死ぬんだろ?」
しかし彼は引かなかった。安全な道を選びはしなかった。
その瞳は、死の可能性を前にして一切の揺らぎを感じさせず、むしろその逆境を薪に燃え上がるかの如き炎を宿していた。
「だったら俺は逃げない。ここで見捨てて味の悪い飯を食うくらいなら、小鬼どもと戦って死んでやる!」
「……あんたそれ、後味が悪いって言ってんじゃないでしょうね……わかってんの?死んだら何もかも終わりなのよ?お金も剣も何の役にも立たない、あたし達の夢だって叶わなく──」
「俺の夢は英雄になる事だ。知ってるだろ?」
「ああそうね知ってたわよあんたがどうしようもない馬鹿な事くらいー…………ほんっとに馬鹿なんだから」
気炎を吐く幼馴染を呆れ返ったような顔で諭すリィ。
しかしその決断も、返答すらも予想通りだったようで、さして強硬に反対する事もなく投げやりな態度だ。
「二人とも、立ち向かう方に決意は固まったようですね。全ては神の御心のままに…………勿論私も同行しますが、クロギリさんはどうします?」
終始泰然とした様子のエルが祈りを捧げ、僕へと視線を向ける。
彼には先程から迷いや躊躇いなどは感じられず、ただ他者の意志を確認しようとしていた。
あれは自身の力量に絶対の自信を持っている、というよりは、もっと別の…………
いや、今はそんな事は重要じゃない。求められているのは僕の同行の是非だ。
難度は最低Dランク、敵の戦力未知数。対するこちらは僕を覗いて三人、彼等の実力はDランク相当なれど冒険者としての経験に乏しく僕との連携も心許ない。
不安点も枚挙に暇がない。しかし──
「皆が行くなら僕も一緒に行くよ。その方が僕の目的も効率よく果たせそうだしね」
回答は是だ。悩むまでもない。
懸念点も僕ならどうにでもできる範囲だし、上位個体を含む小鬼の軍勢の排除となれば、ギルドの査定にも大きく影響する。段飛ばしのランクアップも夢ではない。
第一、友人を見捨てるという選択肢は僕にはあってはならないものだ。
やはり考えても考えなくても答えは変わらないな。
「小鬼は恐らく夜、少なくとも日が暮れて見通しが悪くなった頃に来ると思う。今はまだ昼だから時間的猶予は十分にあるんだし、僕としては村で防戦に徹するよりもこっちから先手を取って仕掛けようと思うんだけど、どうかな?」
「賛成だ。逃走は英雄のする事じゃないが、奇襲奇策はむしろ本分だからな。村に被害が出ないだけむしろそっちの方が英雄らしいくらいだ」
「そうね、村人が死んで報酬なしとかじゃ骨折り損にも程があるしね。あ、小鬼の核も忘れずに回収するのよ?上位個体のなんてきっと通常の何倍にもなるわよ」
「私は構いませんよ。万象は全て神のご意志によるもの。我等下僕は御許にて天命を全うするのみですが……願わくば、私達の前途に幸あらん事を」
異論なしの満場一致。それぞれの思想はあれど、皆向かう方向は同じだ。
僕はそれにただ従うのみ。それが僕に与えられた行動指針だから。
「それじゃあ今から出発だ!目標は小鬼共の巣食う森、強襲作戦決行だ!!」
「「「おー!!!」」」
意気込みが隠密行動のそれではないけどね。
次回ようやく森へ突入。
迷宮て戦闘描写省いたのは失敗だったかも?
第一章を書いたのも大分前なので、今読み返すとやはりあらが目立つのは否めません。
大筋は変わりませんが文章をある程度改稿せねばならないと考えています。




