第六話 目指すもの
エイプリルフールは、魔王アルテラ打倒の旅に忙しくて何も考えてなかった…………
※サブタイトルを忘れるという痛恨のミス
「それでは僭越ながら、このクロギリが音頭を取らせていただきます」
喉を鳴らす音が聞こえる静寂の中、視線が突き刺さる。それは僕を責め苛むような悪意ある類ではなく、むしろ期待、待ちかねたもの。急かすという意味ではやはり責めているかもしれない。
それらに動じることなく、フードを深く被り顔を秘匿しつつ、朗々と喧騒の開始を宣言する。
「僕達のパーティ初めての迷宮攻略及び先輩方のご好意で好きに飲み食いできることを祝して乾杯!!」
「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」」
ギルドに集う全ての冒険者達が、手に持つジョッキを一斉に掲げる。一度始まれば先程の静けさも何処へやら、場はお祭り騒ぎの宴会場へと早変わりだ。
「冒険者ってとにかく殺気立ってる荒くれ集団かと思ってたけど、結構気前いいもんなんだな!」
「どうだか、騒げる理由さえありゃなんでもいいんじゃないの?酒飲む為に生きてるみたいな連中だしさ」
「過度の暴飲暴食は悪徳です……が、節度を持ち敬虔な信徒たらんと努める者ならば神はお許しになるでしょう」
主役の三人は周囲の冒険者に囲まれ、背中や肩を叩かれ賞賛されている。発する言葉はどうあれ、一様に楽しそうな様子だ。
こうなった経緯、発端は僕達が迷宮から帰ってきた時だ。
倒した魔獣から剥ぎ取った素材・核はギルドで買い取って貰えるため、宿に行く前に換金してもらうつもりだった。。
【洗礼の訓練場】はここメイデンでは駆け出し冒険者の登竜門であるため、初めて挑んだルーキーは芽生えていた驕りとプライドを粉々に打ち砕かれて帰還する事が常、ある種のお約束だったらしい。
帰りが早かったから僕達もそうなったと思ったのだろう。戻った直後は出発前とは別種の、ニヤニヤとした生暖かい笑みに取り囲まれた。
尤も、それも迷宮主からの戦利品を取り出すまでの間だったが。
それならそれでまた何かしらの難癖を付けられるかと思いきや、耳に届いたのは惜しみない喝采と賞賛、そして祝杯の声だ。
そして新進気鋭の若手達の華々しい門出を祝って、メイデンの冒険者総出で宴会を開いてくれたのだ。無論代金は彼ら持ちで。思っていたより気の良い人達だ。
おかげで自分達の稼ぎの多くを明日以降の準備に使えるのだから本当にありがたい。実にありがたい。
だから遠慮なく食べる。厳しい冬を乗り越える栗鼠のつもりで蓄えるように食べる。
「おい……あれ、何皿目だ……?テーブル一つが皿に埋め尽くされてる気がするんだが……」
「知らん。見えん。数えたくない。まだ増えるとか考えたくもない」
「おかしい…!!妙だぞ!?明らかに奴の体積より食べた量の方が多い!!」
僕は燃費が劣悪だから、これくらいは食べねば冒険者などとてもやっていけない。
栄養価が高くて量が多くて携帯性に優れた安い食べ物があればいいんだけどなぁ。仙豆とかないかなぁ。
「……よぉクロギリ、楽しんでるみたいだな」
囲まれていたレン・リィが包囲から抜け出してきたようだ。どうも質問、勧誘等をしつこく受けたらしく、二人の顔には辟易、憔悴の色が見える。あ、恨みも少し?
「あんた、上手いこと逃げたわね……こっちは大変な目にあったのよ……?」
「……あー、ごめんね。なるべく注意を向けられないように気配を消してたから、気付かれなかったんだと思う」
流石に食事中は見られてたけど、幸い三人が引き付けてくれていたようで声をかける人はいなかった。
「まあいいさ。それよりも、今日はどうだった?即席でパーティ組んだわりには結構息合ってたと思うけど」
「そうね、あたしもやりやすかったわよ。最初はどうなる事かと思ってたけど」
テーブルの向かいに座り、レンが今日の振り返りを持ちかける。リィはその隣に座り皿の料理をつまんでいる。
「そうだね、僕も連携は取りやすかったと感じてるよ。三人は幼馴染だから元々動きが合っていたしね」
彼等は既にチームワークが出来上がっていたので、その調和を崩さないよう僕が立ち回る事でより良く回るようにする事ができた。全員が初対面の場合これ程上手くはいかなかっただろう。
「じゃあそっちは問題ないとして、今度は親睦の方を深めていこうぜ。身の上話とか故郷の話とかしてさ」
「賛成。といってもエルがいないけど……まああいつはほっといていいわ。どうせ本職に夢中だから」
この場にいないもう一人のメンバー、エルはといえば、未だあの先輩冒険者達の囲みの中に残っている。
見捨ててきたのかといえば、間違ってはいないが正しくもない。見捨てられたのは先輩達の方だ。
平たく言えば、エルは布教をしているのだ。
その熱意たるや聖火の如く、迂闊に手を出した冒険者達は中座もままならず粛々とした態度で聴いている。
「エルは頭良いし神官としての実力も確かなんだが……ちょっと真面目過ぎるっていうか信心深いっていうかなんていうか……なぁ?」
「狂信者、っていうんじゃない?一度熱が入ったら最低でも一時間は説教するわよ、あいつ」
幼馴染の情熱を曖昧に言葉を濁して表現しようというレンの努力を、リィはバッサリと斬り捨てる。
水の泡にされた彼も内心そう思っているのだろう、肩を落とすのみで否定しなかった。
「はは、信仰心が厚いのはすぐに分かったよ。そもそも神官なんだからそれが当たり前だしね」
確かにエルは今日一日見ている限りでも事ある毎に神を口にしていた。
しかしその程度ならば狂信と呼ぶような域でもないとは思うのだが、何かそう言われるような事がかつてあったのだろうか。
「そんな訳で、俺達だけで話してようぜ。あいつも一段落したら来るだろうしな」
「うん、今説話も佳境に入ってるみたいだからそう遅くない内に解散すると思うよ」
「あれ、もしかしてあっちの声聞こえてるの?よく聞き取れるわね、それも何かの魔術なの?」
そんな他愛のない話から始まり、徐々に互いに少し踏み入った話題に移行していき────盛り上がってきた所でエルは実に清々しい微笑みを湛えてやって来た。
「また、神の威光を広く深く知らしめることができました……………………………………………………ところで何の話をしていたんです?」
たっぷりと信仰の余韻に浸ってから、何事もなかったかのようにように参加した。僕等も何事もなかったかのように受け入れた。
触れない方がいい事もある。
「そういえば、クロギリはなんで冒険者になろうと思ったんだ?」
その話題に至ったのは、夜も深まり屋内に酒気が充満し始めてきた頃だった。
未成年の僕らの健康のため──この国では飲酒は15歳から──周辺の換気をしながら、どう答えたものかと考える。
端的に言えば、
「金銭と名誉のためだよ。どちらも手早く得られるのが冒険者だったんだ」
こうなるかな。それがゴールではないけれど。
「へえ、なんか現実的なんだな……」
「悪くはないけどなんか俗っぽいわね……ちょっとイメージと違った」
「感心とは言えませんね。欲をかいてはいけないのは無論ですがあまりにも夢がない、若いのですからもっと大きな目標をですね……」
あまり反応が芳しくない。少し端的過ぎたかもしれないな。
でも嘘ではない、僕はどうしても食費がかかるから金銭は絶対必要だ。
名誉も基本的にあって困るものではない。高ランク冒険者ならその実績を見込まれて貴族の護衛や学園の教師として雇われる事もあるのだ。
「じゃあレン達はどうして?冒険者になるためにずっと修行してたって言っていたけど」
そう尋ね返すと、テーブルを叩いて待っていたとばかりにレンが身を乗り出し、
「俺は勿論強くなるためだな!やっぱ男なら英雄位階に名を連ねる事を目指すべきだろ!!」
更に足をかけかねない勢いで鼻息荒く意気込む。
英雄位階。
この世界における超越者。その領域に踏み込んだ者を英雄と呼ぶ。
Sランクの冒険者であれば全員がその域に到達しているというが、そうでなければSランクになど到達し得ないという事なのだろう。
「へぇ、確かに大きな夢だね。とすると冒険者はその足掛かりってことなんだ。二人も同じなの?」
「まさか。そこまで夢想してるのはその馬鹿だけよ。私はお金を稼いで故郷の村の発展させるの。そういう意味では私も俗っぽいのかしら?」
「いえ、とんでもない。その気持ちは尊いものですよ。私はこの二人が志半ばで召されてしまわぬよう神の守護を代替する役目を自らに課しています。いずれは始まりの聖者様のように世界中を巡り、苦しむ人々に神の恩寵を届けに赴きますが」
リィとエルにも問い掛けると、その二人はまたそれぞれの目標を持っているらしい。
三者三様、みんな見ている方向が違う。
ああ、そうだ。もう一つ大切な事があった。
というより、全てはそこに集約していた。
「僕も他に優先する事があったよ」
呟くようなその言葉に、三人の目が集まる。
「金銭よりも、名誉よりも。僕は、友達のために冒険者になったんだ」
両手をかけ、そっとフードを背後にずらす。
久しぶりに晒すこの顔、この銀髪に、息を呑んで凝視するのを感じて、僕は薄く微笑んだ。
名前:クロギリ
種族:人間
年齢:13
属性:【火】【水】【風】【氷】
魔力:A+
魔術:精霊術
称号:なし
特性:なし
───────────────────────
久々のステータス表記は後書きに。
設定を持て余してしまっている感じがある。




