第二十二話 シューティングスターの思惑
過去最速の投稿。やれば出来る子だったのか
【シューティングスター宅地下】
「くそっ、まだ見つからないのかっ!!」
壁の照明の微かな光が照らすのみの薄暗い中で、男が苛立たしげに一族の数人が集う円卓に拳を叩きつける。
彼はある報せを待っていた。五日間待っていた。それだけ待って尚、その報せは届かないのだ。男の苛立ち、焦燥はこれ以上ないものとなっていた。
「落ち着け、クロス。シューティングスター家現当主たるお前がそのように激情に身を委ねて何とする。少しは分相応の振る舞いをせよ」
と、男を諌める者がいた。その人物は年老いているが見た目からはそれを感じさせず、事実衰えてなどいない為、彼を見て既に現役を退いていると思うものはいないだろう。
老人の名はクロウ・シューティングスター。現在は地方にて隠居同然の暮らしをしているが、シューティングスター家前当主にして、バリタイン国において個としての最高峰の戦力を有する人物である。
「しかしだな、親父!事この問題においては冷静でいられる訳がないだろう!!」
クロスと呼ばれた男は収まりが付かないといった様子で怒鳴り返すが、しかしそれで気力を使い果たしたかのように椅子に沈み込み、頭を抱える。
「冷静でいられる訳がないだろう…………クロムが……自分の息子が誘拐されたんだぞ?レシアもすっかり寝込んじまって食事も喉を通らなくなった。俺だって似たようなもんだ、これで落ち着いていられる奴は親どころか人間じゃない……」
「左様、我等は人にあらず。古の神の眷族、その末裔であり古来よりの悲願を継承する一族である。故に我等はその血を薄めることなく長き時を流浪してきた」
『天の星が落ち、太陽が月に呑まれる日。厄災の獣は牙を表し、憎悪のままに神を蹂躙するだろう。世界の寵愛者、異界の者の助力を得り、地上の流星となりてこれを討つ』
これが周知されているシューティングスター一族に伝わるの予言の内容であり、この実現こそが彼等の存在理由であると表向きには公言してある。
「ああ……その為に近親婚を繰り返したせいで一族の家系に正常じゃない奴が何人も生まれた。代を重ねて四親等以上の婚姻が可能になって長くなるが未だその名残はある。クロムはそれが良い方に働いた結果だろう」
クロスとてシューティングスターに名を連ねる者。その悲願の意義は十二分に承知していた。
しかし、いざ我が子がその宿命を背負う事になると、彼の心に揺らぎが生じていた。今までそれが正しい事だと信じて疑ってこなかった筈なのに。
「だが、だからこそ……だからこそ親父にとってもクロムの存在は重要な筈だろう!?何せあいつが……クロムこそが俺達の…………!!」
「あー、その事なんだけどさ。ちょっと様子見ないかい?」
再び抑制できぬ怒りに囚われたクロスを遮ったのは、今まで無言を貫き続けていた円卓のもう一人の列席者だった。
「……どういう意味だ、アテナ。クロムの事は捨て置くと?」
「そうじゃない、だが外れてもないね。爺様だってそういう腹なんだろ?自分の孫を秤にかけようってさ」
悪いジジイだねぇ、とぞんざいな口調の女、アテナはクロスの追求を軽く流し、クロウに水を向ける。それによってクロスの厳しい視線も対象が移り変わる。
「秤だと?…………説明しろ、クソ親父。事と次第によれば血筋の縁ごとたたっ斬るぞ」
「吠えるものだなぁ、当主様よぉ。だが俺達に武の一切合切を仕込んだのは他ならぬ御隠居様だ。他の親連中を差し置いて御自ら一世代全員物にしちまうような豪傑相手に勝てると思ってんのか?」
「……黙ってろ、レイド。これは俺と親父、そしてクロムの問題だ」
アテナに続き険悪な雰囲気に口を挟んだのは、彼女の隣に座していた男レイド。
ヘラヘラと嘲るように笑う彼に低く吐き捨てる。クロスは既に腰の剣に手をかけている。
「そうはいかねぇ、俺も同意見だからな。要するにクロムのガキが無事帰って来れるならあいつは本物。途中でくたばっちまうようならその程度、俺達の望む奴じゃなかったってことだろ?今回のはむしろ丁度いい試金石じゃねぇか」
瞬間、鈍い衝撃と空気を切り裂く音、そして鋼同士を打ち付ける甲高い金属音が部屋に響き渡る。
「…っ、おいクロス、てめぇ今マジだったな?」
クロスが抜き出した剣を激昂と共にレイドに叩きつけたのだ。間一髪それを防いだレイドだが、それは彼が幸運だった結果だ。
もし彼がクロスの対面に座っていなければ、クロスはわざわざ円卓を蹴り上げる必要もなく肉迫できていた。そのタイムロスがなければ如何にレイドが魔術の名手といえど、剣術・体捌きで優るクロスの一太刀を受ける金属など生成できはしなかった。
「当然だ、この外道共がっ!試金石だと?ふざけるなっ、クロムはまだ五歳なんだぞ!?成熟もしていないような幼子を死の危険に晒すなど正気の沙汰じゃない!」
「寝惚けた事言ってんじゃねぇぞ、このバカが!!俺達に親の情なんてもんはいらねぇ、これは義務だ!先祖代々この血脈と共に受け継いできた、過去の誰もが自分の代で果たせなかったことを悔やみ、自責し、その苦渋の全てを噛み殺して託し続けてきた悲願だ!その自分の人生の何倍もの重みを知ってなお、正気でなんかいられる訳ねぇだろうがっ!!」
「っ……それは…………」
親として、人としての怒りを叫ぶクロスを、一族の血に課せられた重責を持って一喝する。よりにもよって当主の座にある者が、私情でその責任を放棄するのかと糾弾したのだ。
さしものクロスも二の句を継げず口籠もる。
「……クロス。あんたの気持ちは理解してる、けどこっちだって引く訳にはいかないんだよ。幾らあんたの息子が群を抜いた傑物だといっても、あたしらにはあれがそうだっていう確証がない。間違いだったなんて事になったら一巻の終わりなんだ」
「…………分かっている。ああ、分かっているさ。機会は一度きり、それを失えば俺達は滅びるしかない…………分かっているとも」
室温が上昇したと感じるほど熱くなっていた二人をアテナが宥めるように諭し、互いを削り合っていた武器がようやく収められる。
再び倒れるように椅子に座り直したクロスは、もう言い争うような気配も感じられない気だるげな顔で、今の衝突の中瞠目して口を閉ざし続けていた父親に視線を向ける。
「もういい、承知した。クロムの捜索は最低限に留めよう。きっとクロスなら無事に帰ってくる、あいつが俺達の望む者であればいいんだ、もしそうならこの程度の運命は捻じ曲げてしまえるのだから…………」
後半は他人よりも自分に言い聞かせる面の方が強かった。そうでもしなければ彼自身が耐えられなかった。
彼は、彼等夫婦は一族の誰よりも優れた子を持ち、誰よりも我が子を愛した。誰よりも、非情にはなれなかった。
いずれその子が自分の子ではなくなるかもしれないとしても。
息子の姿を一瞥し、それについての感情の一切を悟らせぬ無機質な眼のままクロウはこの場を締める。
「では、クロムを暫定的に最有力候補とし、発見次第保護するものとする。第二候補以下の育成は継続、十年以内にクロムの生存が確認されない場合死亡とみなす。以上、解散だ。各地への伝達は儂がしておく」
その言葉に、列席者は立ち上がり次々と退室していく。一人は憤懣やるかたないといった様子で、一人は憂い、そしてそれを振り払うような決意の表情で、また一人は国内外に知られるその武勇は見る影もないほどの生気を失った重苦しい足取りで。
バタン、と扉が閉まる音が響く。
ただ一人、残された老人は深く息を吐き、
「儂とて何も感じぬ訳ではないのだがな…………すまぬクロム。お前をこの手で抱くこともないまま、みすみす何処の者とも知れん輩の手中へ落としてしまった」
一族の誰にも、息子にさえも見せることのなかった深い悲しみを湛えた顔で呟き、横転した円卓を元の位置に直すのだった。
重要なワードは伏せて話しているのでどうしても悲願とかの使用頻度が高くなる




