第十八話 金銀邂逅
10/26 語感の問題で魔物から魔獣に変更しました。
精霊魔術から精霊術に変更しました。これも語感で。
一昨日から始まりましたね、ONILAND。放置してたスルト・フェンリル頑張りましたよ。
困ったな、流星眼が機能しない。そういえば血縁者以外では同格以上の者のステータスは見えないんだった。この格の基準ってなんだろう。
未知の存在に最初は少々取り乱してしまったが、魔眼で見えないなら肉眼で見ればいいだけの話だった。地球ではずっとやってきたことだ、何も難しくはない。
落ち着いて、ゆっくりと目視すればそれが何なのかははっきりと認識出来てくる。
それは、銀色だった。僕の髪が陽の光を受けて輝く黄金ならば、それは月光を透し煌めく白銀。
この世の美を集めた花園に不釣り合いな、人類の言葉で言い表せる概念を超越した別次元のナニカの結晶体。有象無象の中の一輪では役不足極まりない。
……などとさっきは慌てた時の妙なテンションでその姿を形容したが、要は銀髪の美人さん。恐らくは少女だろう、僕とあまり歳は変わらなそうだ。花の中に座り込み、何かを探しているように見える。
眼は碧眼……明るいな、黄緑か。むむ、数十メートルも離れてると流石に見辛い。視力強化を施すか…………おや?
「…………きゃあっ!」
少女が、可愛らしい悲鳴をあげる。美声と呼んで差し支えないだろう、鈴の音の様な透き通った声で叫び、何かに足を取られたように体を前に投げ出す。
身体強化。
足りないな。
「風精よ、我が意に従え」
周囲の空気を操作し意図的にスリップストリームを発生、更に後方から押し出す様に加速。
彼我の距離を瞬く間に詰める。同時に事態を正確に把握すべく少女の足下付近を観察する。
あれは……ミミクリープラントか。周囲の植物に擬態し気付かず近付いた獲物を捕え、蔦で絞め殺す魔獣だ。本来はツタ属の植物なのだろう。
その特性ゆえに脅威度はバトルシープよりも上位とされているが、それは未発見時のみの話。一度姿を現せば正体は爪も牙もない、ただの植物。本体が脆弱故に奇襲に頼っている訳だ。
恐らく倒すのは難しくないだろうが……さてどうするか。
一番有効なのは火だが、二次被害が大きい。周辺の花も、絡まれている少女も巻き込まれるだろう。雷も同様だ。
やっぱり、風かな。実に安全で汎用性の高い属性だ。
選択、即時実行。
「風精よ、我が魔力を糧とし、鋭き刃となれ」
放たれた風刃は飛翔し、少女に仇なす蔦を切り離す。
そのすぐ後に、僕自身が到着。強化された足で遠慮なくミミクリープラントを蹴り飛ばす。
矮小な魔獣は孤を描いて吹き飛び、十数メートル程離れた場所に落下した。花がクッションになってギリギリ生きているかもしれないが、当面は大丈夫だろう。
……異世界にもサッカーってあるのかな、久しぶりにスポーツも悪くない。
それはさておき、今しがた災難にあっていた少女を改めて間近で見る。
それは、銀色だった。僕の髪が陽────これはもういいかな。
彼女の正体がどうであれ、まずはコミュニケーションを取ることを試みるべきだろう。
「やあ、大丈夫だったかい?」
地面に尻を着いている少女に手を差し伸べる。
呆然としていた少女は差し出された手に手を伸ばし返し、ハッと何かに気付いて躊躇する様に引き戻し、やがて意を決した様に再度伸ばして僕の手を取る。
その瞬間、少女の肩が跳ねる。背中に氷を入れられたような、そんな反射的な動きだった。
ふたたび離れそうになる少女の手を掴み、引き起こしてやる。
今の不審な動きば気になるが、それはそれとしてやる事がある。
「僕はクロム。森の向こうから来たんだ。君の名前を教えてくれるかい?」
知性体同士の交流ならば自己紹介は必須だ。身を隠すためにここに来た以上姓を明かすことは出来ないが、名だけで特定される事はないだろう。
「…………アリス、です。家から、来ました」
少女、アリスは辿々しい口調でそう名乗った。それは年齢故の覚束無い口調というよりは、驚き、怯えを含んだような類のものだったが……
初対面の相手なのだから仕方がない。人見知りするタイプなのだろう。
「そっか。よろしくね、アリス。ところで、アリスはこんな場所で何をしているんだい?君みたいな子が一人で居るには危険の多い所だけど」
そう言われると、アリスは親の言いつけを破った事がバレた子供のように目線を横に逸らし、所在なさげにもじもじとしている。事実その通りなのだろうな。
「え……えっと、シャロンが病気でね、大人しく寝てなさいって言われてるから、お見舞いにって思ってクエナの花を採りに……」
クエナの花は母様の言っていたこの森にしか生えていない花のことだ。病に効く薬の材料になり、この森の濃密な魔力の中で育つため魔術の触媒にもなるという。
また、見目も麗しいため彼女の言う通り見舞いの品としても有用だ。大体その後すぐ薬にするが。
「シャロンは友達?」
「うん。すごく可愛いの…」
ニュアンスからして犬か猫かな。その病気になった友達のためにここまで来た、か。
「よし、じゃあ僕も手伝うよ」
「え……いいの……?」
「いいとも。友達の友達もまた友達だからね、協力しない理由はないさ」
目を丸くし、パチパチとまばたきするアリス。
「友達……私と?」
「勿論。僕はそのつもりだったけど、嫌かい?」
「ん……ううん、嬉しい」
ゆっくりと微笑む少女。ようやく警戒心が薄れたようで何よりだ。
さて、クエナの花を探すとなると……ここじゃないな。
「じゃあアリス、場所を移そうか。少し森の奥に入らないといけないよ」
「え…どうして?ここなら花も沢山あるし、きっとクエナの花もあると思うけど……」
「残念だけど、この辺りの魔力濃度じゃクエナの花は育たないんだ。いくら探しても見つからないと思うよ」
このシャーウッドの森は、バームクーヘン状の四つの層に区分されている。
今居る、森の端の部分が第一層。大気中の魔力濃度が薄く、強力な魔獣も現れないため比較的安全な場所だ。
そこから中心に近付く度に第二、第三と呼ばれる層に入る。数字が小さい層程魔力濃度が濃くなり、より高位の魔獣が徘徊するようになる。また、この第三層から空間の歪みの影響が出てくる。
そして第一層。この層こそが最大の難所で、空間の歪みが一際激しくなり、災害レベルの魔獣が跳梁跋扈する魔窟となっている。
件のクエナの花は、最低でも第二層程度の魔力濃度がなくては咲かない非常に希少な花なのだ。第四層ならば雑草の如く生えまくっているのではという説もあるそうだが真偽の程は定かではない。
そう言った旨を伝えると、アリスは目尻を下げて不安そうな顔をする。まあ先程魔獣に襲われたばかりなのだ、警戒するのは当然の事か。
「大丈夫、第一層との境界付近まで立ち入るだけならそれ程危険じゃないよ。身体強化は使える?」
「う、うん。できるよ」
「それなら魔獣に遭遇してもすぐに逃げられると思うよ。いざとなったら僕が時間を稼ぐから安心していいよ」
「……わかった。ありがとう、クロムくん」
どういたしまして、と返答し少女の右手を取る。今度は躊躇われなかった。
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「この辺りからが第二層、だね」
「うん、魔力がさっきよりずっと濃いみたい」
僕達は手を繋いで、第一層を抜け第二層へとやって来た。
さっきまででも通常より濃厚だったが、ここはその倍以上だ。これでまだ下から二番目なのだから、この森の恐ろしさが伺えるというものだ。
「あまり、僕から離れないようにね」
「……うん」
キュッと、互いに握る力が我知らず強くなる。
瘴気は魔力が淀むことによって生じる。
特に洞窟や森など、魔力の流れが滞る場所では頻繁に発生する。
そしてその瘴気が結集し核を形成する事で魔獣が誕生するのだが、魔獣のランクは核の大きさ、即ち瘴気の多寡によって左右される。
魔力濃度が高いということは、それだけその場所に大気中の魔力が密集しているという事であり、その分魔力の流れが悪くなり大量に瘴気が発生する。
魔力濃度と魔獣の関係性、そして第四層の脅威のロジックがこれだ。
「アリス、歳はいくつ?」
「え?四歳だけど……」
そうか、一個下か。この事を知ってか知らずかは不明だが感覚的に理解はしているのか。聡い子だな。
「それじゃ、この周辺を探すとしようか。アリスはそっちをお願い。僕の目の届かない場所には行かないでね」
「うん、クロム君も気を付けてね」
手分けして、クエナの花を探す。僕も伝聞の知識のみで実物はお目にかかったことはないが、特徴さえ分かっていれば問題ないだろう。
森の木の根元辺り、普段は鮮やかな青だが、土壌の状態によってその色を変える離弁花類の…………
空気の振動。獣の足音。葉の揺れる音。
身体強化。音を殺して駆け出し背後で地に手をついていたアリスを抱え、すぐ傍の木を一息で駆け上がる。程よい太さの枝があったのでそこに身を隠す。
「何か……」
「静かに。見付かると面倒だよ」
突然の事に目を白黒させているアリスを制し、じっと息を殺して下を見る。
現れたのは、燃え盛る炎の様な皮膚、その高温の中で鍛え上げられた刀剣の如き鋭さを持つ一本角。ライノバーサーカーだ。犀型の魔獣で、一度標的を認識すると相手が知覚範囲外へ逃れるか死亡するまで狂ったように突撃を続ける厄介な習性を持つ。
犀は視力が弱いが、代わりに嗅覚と聴覚が非常に発達している。魔獣でもそれは同じだろうから音と匂いで存在を悟られる可能性がある。
僕達の残り香を嗅ぎ付けられるだろうから散らしたいのだが、詠唱も出来ないためそれも難しい。いっそここで無詠唱を習得するか?
思案していると、つんつんと肩をつつかれた。アリスに視線だけで問うと、彼女も無言である一点を指差す。
その指し示す先にあるのは、今居る木に成っている実だ。ちょうど手の届く位置にある。これだ。
その実を手に取ってもぎ、軽く握って感触、硬度を確かめてから遥か向こうに投擲。ヒュッ、と風を切って遠くの木に激突。決して小さくない音を森に響かせる。
となれば当然、魔獣は気付く。そちらに角を向け、荒く呼気を吐き、音源目掛けて突貫する。
道中の木々を薙ぎ倒し、目的の木を貫いて尚静止せず、そのまま走り去って行く。この猪突猛進ぶりが名の由来の一つでもある。
「上手くいったね。君のおかげだよ、ありがとう」
「ううん、私じゃあっちまで投げられない。クロム君のお手柄」
「そっか、じゃあ功績は二人で折半だ」
ふふっ、と樹上二人で笑い合う。そこに当初のよそよそしさは微塵もない。
「さあ、探索を続けようか。今度は匂いを残さないようにしないと」
「うん…………あ、見て。あっちの木の中」
「え?……ああ、あれだね。あんな所にあったのか」
見れば、目当てのクエナの花は木の洞の中に生えていた。あの高さでは木に登らなければ見つけられなかっただろう。こうなるとライノバーサークにも感謝だな。
「これでよし、と。さっきの花畑に戻ろうか、あまり長居したくはないしね」
洞から大蛇が出てくるということもなく無事に採取し、アリスの持参していた小瓶に入れる。
いつまた魔獣が現れるともしれない、迅速に撤退すべきだろう。
しかし、第一層まで戻ったとしてそこからアリスを一人で帰す訳にもいかないだろう。ここまでは何事もなく来ることが出来たようだが、魔獣は平地に出てくる事もあるのだ。安全な場所まで送っていこう。
「アリス、家は何処にあるんだい?送っていくよ」
「え…?でも、クロム君は待ってる人がいるんでしょ?遅くなったらその人に悪いよ……」
第二層への道すがら僕の事情は差し障りない範囲で話していた。アリスはリセリアさんの事を言っているのだろう。
「心配ないよ、僕が居なくても数日は生活できるように準備してあるからね。それに、走れば夜までには戻れる距離だよ」
今は午後三時頃。ここから森の反対側の家まで戻るのに三時間程度。アリスの家まで往復一時間はかかると仮定すると、戻るのは七時。しかし肉体を限界まで酷使して走れば何とか六時頃には辿り着くだろう。問題はない。
しかし、それは道中何もトラブルがない前提での話。
ましてや、そのトラブルが回避不可能なほど近くまで迫っているなど予想だにしなかった。
その気配に気付き、振り向いた時には最早手遅れ。ライノバーサークの時とは違う、完全に視認されていた。いや、もっと前から……?
「おーおー、お目当てがマジでいるわ。しかも二人まとめてとか、俺ら超ラッキーじゃね?」
「確かに幸運だ。予定より二時間十七分早いな、いい予定外だ」
トラブルは事故や魔獣だけとは限らない。
時にそれは人の形をし、獣の如き暴力と悪魔の如き策略で僕らを蹂躙するのだ。
……なんて、現実逃避もしたくなる状況だな。
一番苦労するのがキャラの名前、口調などの諸設定。
先に考えてから小説書けば良かったと度々思います。




