第十七話 正体不明の石
アニメの前に転スラ読んでみました。
今まで何となく敬遠してましたけど面白いですね。新たな毎週の楽しみです。
野外生活者の朝は早い。小鳥のさえずりと共に目覚め、硬直した体を解す。
起きてすぐに屋根、壁の確認及び整備。万が一不備があった場合家の倒壊を招く事になる。
次にベッドメイキング。誰だって毎日健やかに気持ちよく眠りたい。やってくれる人がいない以上自分でやるのが当然だろう。
それが済めば家を出て、近場の川まで水を汲みに行く。川は驚く程澄んでいて飲用水としても問題ない。また魚も生息しているため、朝食に何匹か獲っていく。帰り道に食べられそうな木の実も少々。
家に戻ると、水や魚を置いて寝ているリセリアさんを起こしにかかる。彼女は少々朝に弱いらしく、覚醒まである程度の時間を要するのでその間に朝食の準備をしておく。
冷蔵庫もキッチンもないため、自然食事は保存食となる。干し肉やドライフルーツではあまりにも味気なさ過ぎるため、森で取ってきた食材を調理する。
街まで走った際、購入したのは工具やロープだけではない。こういった事態も見越して塩などの調味料も購入してきている。高額ではあったがそれだけの価値はあると思う。今日はこれで塩焼きを作ろう。
外に出て、魔術で用意した簡易的七輪に一手間かけてから魚を並べ、木炭を入れ着火し焼く。可燃物があれば込めた魔力が切れても残り続けるので火属性は持続性が高い。
焼きあがった頃にリセリアさんが目元を擦りながら歩いてくるので、設置していた木製テーブルに食器を置き盛り付けていく。
「ふぁ……おはようござい、ます…………今日の朝ごはんはお魚ですか……?」
「おはようございます。ええ、今朝川で獲ってきたばかりなので新鮮なものですよ」
小さく欠伸をしながらスンスンと匂いを嗅ぐリセリアさんを手招きし、手を洗ってから席に着く。
「では、恵みに感謝を」
「恵みに感謝を」
これがこの世界のいただきます。ごちそうさまにあたるものはない。
「……あれ、このお魚美味しいですね。焼き魚は私も作った事ありますけど、もっとお塩の味にばらつきがあったんですが……」
寝起きのため表情の変化に乏しいが、それでも目を見開いて驚いている。
「ああ、それでしたら簡単です。魚を焼く前に一度塩水に浸したんですよ」
立て塩、という手法だったと思う。満遍なく塩味をつけられるだけでなく、浸透圧で余分な水分や臭みの元となるトリメチルアミンも抜けるため塩焼きには有効だ。
「へぇー、それでこんなに美味しくなるんですね。やっぱり本当になんでも知って……」
ふと、言葉が途切れる。昨夜の会話を思い出したのだろう、気まずそうに視線を逸らし黙々と食事を続ける。
僕も特に話題を提供することはなく、朝食はそれ以降静寂の中行われた。
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「それでは、夕食を取りに行ってきます。なるべく早く帰還するつもりですが、遅くなると思うので昼食は残っている物を消費してください。それと、あまり森の奥までは立ち入らないようにしてください。下位とはいってもバトルシープも魔物です、十分な脅威となり得ますので。退屈なようでしたら僕が持参した本があるのでそちらを読んで待っていてください」
「はい、わかりました……行ってらっしゃいませ」
表情暗く、気力も感じられない声で返事するリセリアさん。普段溌剌としている彼女が今は暗雲が立ちこめるかのように落ち込んでいる。
リセリアさんは孤児で、昔父様が拾って執事のギルベルトさんの養子にしたと聞いている。その事に恩義を感じ年齢に見合わぬ責任感も持ち合わせているリセリアさんは現状を許容出来ないのだろう。
使用人である自分が、一切雇用主側の役に立っていないという現状が。
昨夜その心境を吐露してしまったことで、今まで通りに心の内に抑え込んでおくことが出来なくなったのだろう。
……羨ましい。
あの時は彼女に釣られて僕までその思いをを暴露してしまった。それも彼女を戸惑わせ、葛藤させている要因の一つだろう。
当然だ。自分が噛み締め、嫌悪すらしているだろう無力感を、あろう事かその元凶とも言える存在に羨ましいと言われたのだから。
…………羨ましい。
だが、それは僕とて変わらない。
リセリアさんだけではない。誰もが僕を天才、神童と褒め讃える。
非凡な存在だ、自分とは違うと持ち上げ、僕を隔離する。
僕が生まれながらに持ち、世界を渡って尚共に在るこの万能感を、特別な、素晴らしいものと信じて。
………………妬ましい。
無力と万能は表裏一体だ。
力なき者は困難に挫折し大多数故に共感され、力ある者は壁を容易く乗り越え極小数故にただ嫉妬、崇拝されるのみで理解などされない。
……………………妬ましい。
無力は万能を知らず、万能は無力を知らない。
故に、互いに妬み、嫉み、羨む。
互いに想いは同じである故に、分かり合うことはないのだ。
……と、思考(の一部)を負の方面に没頭させている間に、森の反対側に辿り着いた。
このシェワードの森はそれほど広大な訳では無い。外周を回りさえすれば容易く越えることができるのだ。なら森の中を突っ切って行けばもっと速いだろうと思うかもしれないが、そうはいかないのだ。
この森の厄介な点は、中心部に近づくほど空間が歪むことらしい。
なんでも森の濃密な魔力が原因らしいが、詳しい事は分からない。
中心部に存在するのはバトルシープなど及びもつかない魔獣ばかりで、調査する事もままならないという。
そういった理由で、この森は迂回した方が迅速且つ安全に通過できるのだ。
……何となく、こういう場所の深奥には魔獣に転生した者などが居そうな気がする。蜘蛛とかゴブリンとかスライムとか。
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わざわざここまで来たのは、食事に変化を与える為だ。
そう長い期間ではないとはいえ、毎日似たようなメニューでは飽きるというもの。
同じ森の中とはいえ、反対側ともなれば採れるものにも多少の変化はあるだろうと思い、やって来た次第だが…………
「一面花畑、というのは予想外だったかな……」
視界に入るのは、周辺一帯に咲き乱れる色彩豊かな花々だった。
紅、白、蒼、翠……世界中の色という色が全てこの場所に集っていると思わせるような美しい風景だ。臨死体験の際に見る花畑というのは、恐らくこのような場所なのだろう。
そういえば、この森にしか咲いていない希少な花があるという話を聞いたな。あまり詳しくは聞いていないが、母さんも摘みに来たことがあるらしい。
この辺りに生えているのかな、と思いながら全体を見渡していると、その遥か先で、瞳が異物を捉えた。
それは、銀色だった。僕の髪が陽の光を受けて輝く黄金ならば、それは月光を透し煌めく白銀。
この世の美を集めた花園に不釣り合いな、人類の言葉で言い表せる概念を超越した別次元のナニカの結晶体。有象無象の中の一輪では役不足極まりない。
……心がざわつく。
流星眼を発動させる。
魔力の消費量が大きく、有事に備えて使用は控えていたがそんな事を言っている場合じゃない。今こそがその有事だ。
正体不明を暴くべく、その姿を食い入る様に凝視する。
神の使徒の特権、魂の深淵を覗く魔眼を持ってその全てを白日の下に曝け出す!!
しかし──────────
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エラー:UNKNOWN
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「なっ……」
かつてない反応。想定外の結果に、思わず絶句する。
未知との邂逅。
白昼夢のような儚い白銀。
あれは一体、なんなんだ!?
凪いだ水面に、轟音を伴う一石が投じられた。
あまり流星眼の設定を生かせてないなー、と反省中。これから使いやすくなっていくんですけどね。