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WORLD ONE ~遥かなる流星~  作者: 二毛猫
第一章 金色の転生者
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第十六話 羨望

少し長め。

 別荘倒壊より三日と半日ほど。僕は一人、とある作業に専念していた。


 今まで落ち着きのなかった対象も縛り付けることでようやく大人しくなり、額に薄らと吹き出た汗を拭いながら得られた達成感に笑みを浮かべる。


 それにしても、思いのほか手間取ってしまった。以前の僕ならばもっと手早く済ませられたのだが、如何せん未だ五歳のこの体では身体強化を施したとしても体力的な不足がある。


 それに、これをリセリアさんに任せる訳にはいかなかったからな。


 瞼を閉じ、両手を組んで改めて祈りを捧げる。生きるためとはいえ、森に生きるものの生命を奪うのは少々の申し訳なさがあった。

 彼らに罪はない。ただ、人間()に抗う(すべ)なく蹂躙されてしまっただけなのだ。


「願わくば、君達が彷徨うことなく神のもとへと行けますように……」


 地球もそうだが、この世界は神が多すぎて誰に祈ればいいのか分からない。何となく創世神に祈るのは嫌なので、冥府の神に片っ端から祈っていく事にした。


 ……よし。これで命を奪った者としての義務は、その死を無意味なものにしないことのみとなった。


 組んだ手は獲物を握り、悼んだ心は現世へと帰る。

 迷いはない。既に断ち切った。挙げた右手は、ただ真っ直ぐに振り下ろされる。


 カン、と。高く硬質な音が木霊した。


 それは、命の音としては、あまりにも軽かった─────



「リセリアさん、屋根出来ましたよ」


 こうして、僕達の第二、いや第三の家は完成した。

 ありがとう、森の木々達。君達の犠牲は、僕達が無駄にはしない。

 ───────────────────────


 住むべき家を失った僕達が最初に立てた目標は、やはり家を建てる事だった。

 近くにあるのは森のみ、最寄りの都市もここから数時間は歩かなくてはならない、魔獣(モンスター)とも遭遇する可能性があるという環境であるために、いざとなれば立てこもることのできる住居は必須だった。地下室という手もあったが、流石にそれは健康に悪い。


 住居建築にあたってまず用意すべきは材料と工具だ。

 幸い地下室に換金できる貴金属がある程度と僕の持ち合わせがあったため、工具、それに釘や縄を購入するために単身都市までの道を駆け抜けた。僕のように身なりの整った子供が一人で買い物する様は不審に思われたようだが、代金さえ貰えれば文句はないらしく特に追求されることはなかった。


 その後、建築材料である木材は森の木々を伐採して調達し、いよいよ建築に着手する運びとなった。


 それにしても、魔術とは本当に便利なものだ。おかげで木材の伐採も乾燥もスムーズに行うことが出来た。特に風属性は切断力が高く重宝する。太い木の幹も、人の首の骨も断ち切れてしまう程だ。


 工具も木材も魔術で用意できれば良かったのだが、生憎と木属性や金属性などの物質形成系の魔術は時間経過で消滅してしまうものなのでそれは叶わなかった。


 友人に、自在に金属を生み出せる能力を持った者がいた。彼がいればもっと丈夫な家を作れたのだが、ないものねだりはしても仕様がない。彼、転生していたら面倒事に巻き込まれそうだよなぁ……。


 閑話休題。


 今回、匠(無資格)が建築したのはログハウスです。現地の木材をふんだんに使用し、テーブルや椅子など、一通りの家具も揃えてあります。大自然の香りに包まれて生活できる匠の心意気。


 欠点としては、雨漏りや塗料がないため防腐加工が出来ていないこと等が挙げられる。


 尤も、これは次に両親が来るまで雨風を凌ぐために建築したのであり、永住する予定はないので問題ない。

 恐らく一週間ほどでやって来ると思われるので、それまで耐用できればそれでいい。後は父様達が手配してくれるだろう。


「わぁ……凄い、凄いです坊っちゃま!こんなにあっという間におお家を建てちゃうなんて、とても五歳とは思えませんよー!」


 ログハウスの中に入るなり、歓声を上げてはしゃぐリセリアさん。やっぱり神童は違うんですねぇ、などと感嘆の声を漏らすその姿には慚愧の年に苛まれていた面影は既にない。

 ミスは多いが後悔を引きずらず立ち直りが早いのがリセリアさんの長所だろう。


「多少不便かも知れませんが、当面の生活には十分に耐えられると思います。僕はちょっと出出掛けてきますので、リセリアさんはゆっくりしていてくださいね」


「はーい!……あれ、坊っちゃまはどちらへ?」


 一転、不安そうな表情を見せるリセリアさん。新築の家の高揚も、見知らぬ地で一人になる心細さには勝てないということか。


「そんなに時間はかかりませんよ。まだ寝具が完成していないので、その調達です」


 ───────────────────────


 魔獣(モンスター)と、呼ばれる物がある。

 物である。一般的には生物としては扱われていない。何故ならば、それは生物なのかそうでないのか、未だ解明されていないからだ。


 魔獣は体が高密度の実体化した魔力で構成されており、ゴブリンやペガサスなど空想上の生物や実在する生物の姿を象るものが多い。


 地域によって生息する魔獣に違いがあったり通常を逸脱した個体には固有の名が付けられる事もあるがそんなものは今この瞬間にはどうでもいい事だ。


 重要なのはたった二つ。

 魔獣は仕留めた後も大気に霧散せずその死体が残ることと、今数匹を捕獲していることだ。


 トラバサミに足を取られた個体、括り縄で無惨に吊るされた個体、クローズラインで首が飛んだ個体など様々だ。


 これらの罠に関しては、狩人の友人に教授してもらった経験がここで生きた。現代のロビンフッドと言われる彼のサバイバル能力は僕も一目置くところがあった。ちなみに彼もクラスメイトだ。


 捕獲したのは前方に向かう鋭利な先端の角を持つ子羊型の魔獣、名称は確かバトルシープ。見た目に反して雑食で非常に好戦的らしい。稀に人型の魔獣が騎乗している事もあるそうだが、意外と泳げたりするのだろうか。戦艦(バトルシップ)


 他生物を視認すると突撃しその角で貫くらしいが、膂力、速度共に高くはないので下位の魔獣に位置付けられているらしい。実際罠から逃れられずジタバタともがき続けていることからそれはよく分かる。


 よって今の僕でも簡単に首を落とせる。こうスパスパと。


 大人しくなった後は羊毛を狩り、解体して中の球状の結晶体を取り出す。

 これは魔獣の核と呼ばれる物で、魔獣の心臓部にあたる。これが魔道具(マジックアイテム)の動力になるらしい。所謂電池だ。

 現状必要な訳ではないが、あって困るものでもないし回収する。


 そして血抜きをし、肉を小さく分けて袋に詰める。

 これで食糧問題も解決するだろう。いつまでも保存食や木の実というのも良くはない。

 問題があるとすれば──────


「リセリアさん、魔獣の焼肉なんて食べられるかなぁ」


 街までの道程は彼女には険し過ぎる。リセリアさんにちゃんとした食事を食べさせられるのはまだ先の話だろう。


 ───────────────────────


「えぇ……魔獣のお肉って…………食べられるんですかぁ?」


 話を切り出すと、予想通り難色を示された。先程まで「わぁーいっ!フッカフカのお布団だー!!」と喜色満面だったというのにこの落差はなんだろう。表情の移り変わりが激しい人だ。


「魔獣って確か汚い魔力でできてるんですよね?そんなもの食べたらお腹壊しちゃうんじゃないですか?」


「ああ、瘴気の事ですね。それについては心配ありませんよ。魔獣の瘴気は全てこの核に凝縮されています。ですので、他の部位は通常の魔力です。食べて健康を害することはありません」


 魔獣の成り立ちは、瘴気と呼ばれる澱んだ魔力が密集し核を形成する事から始まる。

 その核を中心に周囲の魔力が密度を高め、実体化したものが魔獣だ。

 ここのポイントは、魔獣の瘴気は()()()()()()事だ。

 故に、魔獣の肉部分に瘴気が含まれているといったことはない。混じり気なし純度100%の魔力である。


 その旨を懇切丁寧に説明すると、リセリアさんは至極すんなりと受け入れてくれた。

 曰く、「坊っちゃまが言うことなら間違いありませんよー」とのこと。信頼が厚いようで何よりだ。

 リセリアさんに単独で生きる術がない以上、言い方は悪いが彼女の生殺与奪権は僕が握っているようなもの。疑心を抱かれてしまっては保護する事もままならない。

 そういった意味で、彼女の素直さは非常に助かる。



「坊っちゃまが羨ましいです」


 薪を集めて火を起こし、肉を焼いていると、リセリアさんがポツリと呟いた。


「はい?」


「坊っちゃまはまだ五歳なのに、とっても頼りになります。あんなに簡単に魔術を使って、家を建てて、魔獣まで倒してきちゃいます」


 口を挟まず静かに、彼女の言葉に耳を傾ける。焚き火の火花だけがパチパチと相槌を打つ。


「私は十二歳で、坊っちゃまよりもずっと年上です。なのに、私はちっとも坊っちゃまのお役に立てていません。別荘を壊して、外で暮らす不安に怯えて、何もかも坊っちゃまに任せ切りで、坊っちゃまのお手を煩わせるばかりです。もし坊っちゃまお一人だったら、もっと楽だったのでしょう」


 否定はしない。できない。彼女は素直だが馬鹿ではない。下手な慰めを口にしたところでより心を傷つけるだけだろう。


「坊っちゃまはすごいです。すごくて、私なんて道端の石ころと同じです。私だけじゃなくて、ほかの誰でもそうだと思います。坊っちゃまは私達にとって、お星様くらい遠い存在です」


 私にもそんな力があったならと、半ば独白の様に呟いて俯く。それきり言葉は続かない。


 パチリ、と火花が飛ぶ。


「僕も、リセリアさんが羨ましいです」


「え?」


 顔を上げ、驚いた様子で僕を見つめる。僕の口からその様な言葉が飛び出してくるとは予想だにしなかった、という顔だ。


「さっき、リセリアさんは僕を自分達とは違う、遠い存在だと。そう言いましたね」


「……」


「同じですよ。僕にとっても、リセリアさん達は遥か遠い存在なんです。意思の疎通もままならないほど」


 さながら、異星人の様に。


 焼きあがった肉を地下にあった皿に置き、次なる生肉に手を伸ばしながら続ける。


「リセリアさんが言った私達、という言葉は一つの世界を共有した群体を指したものです。同じ価値観、同じ能力、同じ心の人達。そんなもの、僕は会ったことがない」


 自分と同列に並べられる人間と巡り会ったことがない。

 それは他者を見下す増長し切った主観ではなく、客観的に自身と他人を比べ続けた末の結論だった。


「自分は人間ではない、もっと別の存在なのではないか。人間以外にも目を向ければ、自分と同等以上の相手など五万といるのではないか。そんな風に考えたこともあります」


 そしてそれは結果として、全くの期待外れに終わった。

 吸血鬼、人狼、九尾……数多の魑魅魍魎、悪鬼羅刹と比較しても尚、自分に超えられないもの、否。自分を超えるものなど唯の一人としていなかった。


「だから、自分と同じと言える人達がいて、自分より上だと言える人がすぐ近くにいるリセリアさんが……僕はとても、羨ましいです」


 理解できるとは思わない。納得して貰わなくてもいい。ただ、知って欲しい。

 天才は、決して羨むようなものではないと。


 話は終わる。

 僕もリセリアさんも、もう口は開かない。


 聞き手であり続けた火花は、静寂の中パチパチと騒がしい話し手に回った。

ようやく主人公の自分語りができた……ただこれでもほんの一部だし、他は本人が語るとは限らない。

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