第十三話 ミッションコンプリート
その静寂を破ったのは、高く響く哄笑だった。
いやほんと響く響く。側に立っていた大臣が耳を塞いで悶絶するくらいには。
その元凶……もとい爆音……改め音源である陛下は、ひとしきり笑ってから、まだ余韻の残ったような笑みを僕に向ける。
「そうかそうか、友のために戦う、か。世界平和の為に、などと物語の英雄に感化されたような事は言わんだけ大人というものか?いやはや、アレクとそう変わらぬ歳でそこまで達観しているとはなぁ」
すっかり素の口調の陛下だが、それを諌める者は未だ立ち直っていない。まあ今更いいだろう。
「分を弁えているのです、僕の腕では世界などとても手が届きません。精々この国と、家族と友人で手一杯、という所でしょう」
「くははっ、お前それで謙遜してるつもりか?敵は魔族だけじゃねぇ、同族だって狙ってるような国だぞ」
人的資源と、神の使徒の一族という名前の価値か。世界征服を目論んでいるという噂を聞くソヴェート帝国か、神の威信が国の権力に直結しているアステラ神聖国。あるいは、六大国には含まれていないが、隣接する帝国の脅威にさらされ、対抗する為の戦力を欲しているヤウリッペ連合国あたりかな。
「問題ありませんよ。この国の守護者は僕だけではありませんからね。勿論父様達の事でもありますが、僕も耳にしていますよ?円卓騎士団の精強さは」
円卓騎士団。
それは、我がバリタイン国が誇る最強の騎士達。シューティングスター家と並ぶ守護の双璧、その一角である。
一人一人が万夫不当、一騎当千の勇士であり、各部隊長達は伝説の騎士に準えられる程の実力者揃いだ。というか準えられる事こそが円卓騎士団の名の由来なのだが。
「ほう?そうかそうか、なんだかんだ言ってもお前も男だな。やはり騎士には憧れるか?おい、クラウス!」
「はっ」
短い応答。
かちゃり、と着込まれた鎧が打ち合って僅かに音を鳴らす。だが、それだけだ。ただそれだけの物音でその騎士は僕達との距離を詰めていた。
隠密に特化した者ではないのでその接近を知覚することが出来たが、騎士としては優れた体捌きだ。鎧など着ればガチャガチャと騒々しい音が鳴り響くのが普通だろうに。
「こいつがその円卓騎士団の団長のクラウスだ。事実上この国の騎士の中では最強ということになるな」
「ご紹介にあずかりました、円卓騎士団長及び第一部隊長クラウス・ジェンキンスです。騎士といずれ共にこの国を守護する同志となるでしょう、末永くよろしくお願いいたします」
陛下の紹介を受けた彼は腰を折り、僕に向けて頭を下げる。身長差のため下げられても顔が見えるのがなんとも言えないが。それにしても若いな、まだ二十代後半だろうにもうその地位なのか。実力主義、かな。
「クロム・シューティングスターです。未だ若輩の身ではありますが、一刻も早く皆様と肩を並べられるよう精進したく思います」
「そうですか、それは楽しみですね。ですが、如何に神童といえどそう容易く手が届くほど我らの剣は甘いものではありませんよ」
先程と同じ低姿勢のまま、僅かにその自信を覗かせる。己の職務に忠実かつ勤勉、また自分自身と組織自体にも誇りを持っているのだろう。この国は善良かつ優秀な人が本当に多い。もしかしてそういう世界なのだろうか?
なんにせよ、僕は変わらない。変われなかった。
彼等の血と汗と涙の果ての研鑽も、それに伴って培われた実力とプライドも、全て、総てを見て、吸収して、凌駕するだろう。
昔からそうだった。今もそうだ。僕に【天才】の因果が付き纏う限り、これは絶対の法則だ。
達成感も何もあったものじゃない。伸ばせば手が届く程度のものなのだから。
だから、せめて速度だけは他人に合わせよう。
過度な努力はしない。成長を加速させてしまうから。
高みは目指さない。世界最強になる必要はない。
必要なだけ、魔王を倒せる程度の強ささえあればいい。この国の中で最強、くらいが妥当だろうか。
でも、それは秘密だ。
「承知しています。ですが、魔王を相手取るならばその程度のハードル、越えられなければ話にならないでしょう?」
嘘だ。承知などしていない。なんてことのない障害を、加減して越えるだけだ。
クラウス団長は相当の実力者だ。今の僕とは隔絶した差があるのは明白だが、本気で四年、加減しても七年だ。相手もその間に成長することを加味しても、八年で超えるだろう。
魔王の実力如何ではある程度の調整も必要かもしれないが、問題はないだろう。
もう少しクラウス団長が話すかと思いきや(実際彼は口を開こうとしていたが)、それを遮ったのはまたしても陛下の笑い声だった。
「バリタイン最強戦力の一角相手にその程度ときたかっ!!くははは、おいクロス!お前どういう教育したらこんな傲慢なやつができる?」
傲慢かな?あ、呪刻に傲慢があったな。じゃあ傲慢だ。
「クロムは傲慢なんじゃない。自分の才を理解しているから素直にそう思っただけなんだよ」
傲慢じゃないらしい。じゃあ傲慢じゃないよ。呪刻あるけど。
「そうかよ。さて、いつまでも無駄話してちゃ話が進まねぇ。必要な事だけさっさと済ませちまおう」
ふむ、というと?他に何かすべき事はあっただろうか。あちらの都合ではあるのかもしれないな。
玉座で居住まいを正した陛下は、再び統治者としての顔を作り直して口を開く。
「お前の覚悟、確かに聞き届けた!ではクロム・シューティングスターよ、今よりお前に魔王討伐の任を与える。期限は設けぬ、必要ならば支援も惜しまない。我ら人類の希望として、世界に平和をもたらすのだ!頼んだぞ、次代の英雄よ!!」
ああ、そういうことか。支援の確約、そして魔王の討伐命令。これで僕は予言などというあやふやなものだけでなく、現実的に魔王を倒す義務が生まれた訳だ。もともとやるつもりではあったけど。
「拝命いたします。必ずや陛下の、人類の期待に応えてみせましょう」
命じられたら臣下としてはこう言うしかない訳で。……あれ、なんだろう。自分に違和感がある。特に内面。ステータスオープン。
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名前:クロム・シューティングスター
種族:人間
年齢:五
属性:【火】【水】【風】【土】【雷】【氷】【木】【金】【光】【闇】
魔術:精霊魔術
魔力:B+
称号:神童 未来の英雄
特性:流星眼 天才 呪刻(全)
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なるほど、称号獲得に伴い項目がアンロックされたのか。必要なのかな、これ?
せっかくだから他人のステータスも確認したいが、勝手にステータスを見るのは失礼だと言われているし、そもそも流星眼は魔力の消費が大き過ぎる。魔力の枯渇は意識の消失を招くからみだりに使う事は出来ない。
「……陛下、謁見はここらで終了といたしましょう。あまり長引かせてはパレードに間に合いませぬ」
復帰していた大臣が不機嫌そうな顔で進言する。そういえばこの人ずっとこんな顔だ。年とともに緩む表情筋を引き締めてでもいるのだろうか?
「ん、ああ、そうだな。正直まだ物足りんが、本題は済ませたから一応良しとするか」
陛下も納得された。何はともあれ、謁見はこれでお開きだ。
「……おー?えっけんはおわったのか?うむ、おれもたいくつでたいくつでしょうがなかったところだ!クロム、あそびにいこう!おまえにしろをあんないしてやるよ」
さっきまで船を漕いでいたアレクが目を覚まし、トットコと歩み寄って来て僕の腕を引っ張る。うん?この後の予定を知らないのかな?主役なのに。
「それはありがたい申し出だけど、この後はパレードだよ?謁見も少々長引いてしまったし、準備のことも考えると時間的余裕はあまりないと思うな」
「むむ?ぬう、そうだったな……ぱれーどなどめんどうでしかないぞ、ふたりでいっしょにあそびにいかないか?」
「そうもいかないさ。今日のパレートはね、みんながアレクの誕生日をお祝いするために何日も前から計画されていたことなんだよ。国民のみんなが君が生まれてきたことを感謝する日なんだ。それなのに主役のアレクが面倒だから、なんて言って居なかったら可哀想でしょ?」
「む、むむぅ……そう、か。かわいそうなのは、よくないな…………うむ、しかたない。あそびにいくのはまたこんどにするとしよう」
やんちゃな印象を受けるアレクだが、しっかりと言葉にして諭せば理解してくれるようだ。年齢の割に立場相応の責任感は持ち合わせているらしい。
さて、参加の意思を確認したところで、僕のもう一つの任務を果たすとしようか。折角だから父様や陛下達にも内緒のサプライズで。
「アレク、ちょっといいかい?耳を貸して欲しいんだけど」
「む?みみ?かまわんが、あとでかえせよ?」
勘違いしているようだけど、それはさておきアレクに小声で耳打ちする。
「…………おお、それはいいな!おもしろそうだ、絶対やろう!!で、みみはいいのか?」
「うん、もう借りたからいいよ」
「いつのまに!?」
今度慣用句を教えてあげよう。
練習の時間は取れないけど、そう複雑な事でもない。緊張さえしなければアレクでもできるだろう。
「クロム、アレクに何を言ったんだ?だいぶはしゃいでいるようだが」
「申し訳ありませんが、秘密です」
「ひみつだぞー!」
「なんだかわからないけれど、いつの間にか仲良くなったのねぇ……」
幼馴染です。5歳からの付き合いなんですよ。
「さて、父様、母様。そろそろ戻りましょうか。僕達も準備をしなければいけません」
「ふふ、そうね。でも大丈夫よ、こんなこともあると思って衣装は持ってきて馬車に置いてあるから」
知ってた。けど、できる女感を出したい様子だったので黙っておく。
「おお、そうだったのか!流石はレシアだ、やっぱり気が利くなぁ」
ほら、父様もその辺は心得て……あ、これ本気の顔だ。嘘でしょう?後方に隠す様子もなく置いてありましたよね?
この五年で既に理解してはいたが、僕の両親は少々残念なところがある。二人とも能力は高い分、欠点も目立つな……
馬車へと戻る道すがら、一人事実の再確認に勤しむ僕だった。
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「やったな!だいせいこうだったぞ、クロム!!」
「うん、ぶっつけ本番ではあったけど、アレクの演技力は中々のものだったよ」
「そうだろー?これでよくじいやとかもだましてるんだぞー」
例の悪戯と、あとは仮病かな。この歳であのくらいなら十分過ぎる程だろう。王子が腹芸が得意なのは何よりだ。
都内一周のパレードが無事終わりを迎え、王城へと戻ってきた僕達は、悪巧みが上手くいった子供のように笑い合う。事実、僕達は子供だし目論見は大成功だった。
「お前達……大したサプライズを用意してくれたもんだよ、まったく」
父様が脱力したような顔で笑う。これは…感嘆と呆れの半々……いや4:6くらいかな。
「でもすっごく綺麗だったわー。流石はクロムね!」
その横で母様は手を叩いてはしゃいでいる。この表情は裏表なく歓喜100%。
「ははははははははっ!!いやはや、面白いものを見せてもらったぞ。偽りの功績とはいえ、息子が注目されるのは喜ばしいものだ」
陛下も上機嫌な様子で笑っておられる。こちらも混じり気なしの純度100%だ。こちらは腹芸できるのか疑問。
「お褒めに預かり光栄です、楽しんでいただけたのならば僕達も企画した甲斐があったというものです」
「だな!」
僕達がやったのはそう複雑な事ではない。
アレクが指さし、僕がその方向へ魔術を放つ。ただそれだけだ。
とはいえ一応パフォーマンスであるため、ディテールには少々こだわった。
アレクが上に指を向ければ空へ花や竜を模した花火を打ち上げ、下に向ければ群衆の頭上へ水で造った蝶を舞わせた。
アレクが火と水の二重属性だったのでその二つのみで行ったが、それでも十分な効果があった。この歳であのレベルの魔術を使うのは非常に珍しく、そもそも高度な魔術を扱える者自体が少ないためアレクへの注目度はこれ以上ないほど高かった。
しかし、誰が魔術を行使したか、というのはわかる人には分かるものらしく幾人かが僕を見ていた。
が、無論これも計算の内だ。
アレクが主役で、僕はおまけ。目立ち過ぎず隠れ過ぎずという母様の要望に答えるためにはそれくらいは必要だ。
ミッション・コンプリート、ってね。
「だが少々やり過ぎだな、あれほど造形にこだわった魔術をアレクが扱えるまで十年はかかるぞ」
先程まで弛緩していた顔を一瞬で引き締めた陛下は、一転して計画の瑕疵を指摘する。
そうか、僕は一般的な魔術のレベルを知らなかった。だから今の全力から三割ほど加減して行使してみたが、それでも平均を逸脱するものだったらしい。想像より習熟していたらしい。
しかしこれで大体掴めた。次は失敗することはないだろう。え、直近の問題?ああ、アレクの実力が理想と乖離しているという話ね。無問題。そもそも陛下と僕の見立てが違う。
「それは僕が指導いたしますので御安心を。それに、陛下は御子息を少々過小評価しています。アレクならば独学でも八年で修得できるでしょう」
加えて僕の指南もある。本人のやる気次第ではあるが真面目にやれば五年もかからないだろう。
「そうか?お前が言うのならそうなのかもしれんな……アレク、お前クロムに修行をつけてもらえ。おそらくその方がお前にとってもいいだろう」
「おおー、おれもあんなのができるようになるのか?それならばそうしよう!たのんだぞ、くろむー」
はしゃぐアレクが僕の手を掴んで飛び跳ねる。この調子なら想定通りに実力を伸ばしそうだ。
「さて、それじゃ俺達はそろそろ戻るか。夜会に向けてまた準備もしなきゃいけないからな」
「ええ、そうね。そちらでもクロムに似合う服装に吟味を重ねないとね。どうしましょう、時間足りるかしら」
おおっと、マネキンタイム再び、のようだね。ことこれに関して母様達の熱意は凄まじいの一言に尽きる。分身及び空蝉の術の開発を急ぎたい。忍術が魔術に含まれるのかは不明だが。何せ日本ないからね。
「それじゃあまた後でね、アレク。夜会を楽しみにしてる人もいると思うから逃げちゃ駄目だよ」
「わかってるとも、おうぞくとしてそれくらいはやらねばなるまい。ではなくろむ、あとでまたあそぼう」
後で?なるほど、理解した。
手を振って一時の別れを告げ、そのまま王城を後にする僕達。
パレードは国民への王子のお披露目だが、夜会は貴族達がメインだ。アレクとの顔繋ぎのためにバリタイン中から集まってくるのだ。彼等は夕暮れまでには王都に到着するらしいので、王城ではそれまでに貴族達を迎える準備の総仕上げを行っている筈だ。
本来ならそういった場では貴同士の水面下での争いなどが頻発しているものだが、どうもこの国はその辺りが平和過ぎる。
今夜もどうなることなのやら。
駄目だった……
次こそ、次こそこのぐだっとした流れを断ち切れると信じてる……!!