第十一話 淡い期待は完膚なきまで
クロム・シューティングスター、五歳です。
はい、昨日五歳になりました。
なので、五年間やらずにとっておいたイベントを行います。
すなわち……
「さあ、魔術の練習だ!!」
そんな訳で立っている、昼の広い庭での出来事である。
……少し気分が高揚していた。でも無理はないだろう。異世界だ。異世界に来ているのだ。超能力は見慣れているが、自分で使うのは初めての経験だ。無論超能力と魔術は別物だということは承知している。超能力とは人間の能力の延長線上にあるものであり、どこまで行っても自分一人で完結するものだが、魔術の類は違う。精霊や悪魔、果ては神など、あらゆる超常の存在との取引によって奇跡を実現させる術だ。人の理を持たぬ者との対話は困難を極める。なにせ価値観が異なるのだ。金銭はただのがらくた、生命は無制限に湧き出る塵のようなものと捉えている事も有り得る。一人を呪うために五人の生贄を要求してくるといった事もあるだろう。命は全て平等で尊いものである、という意識など欠片もないのだから。しかしそれは人間にも言えることだろう。命を奪うことはこの世でもっとも罪深い事だなどと言いながら鬱陶しいからと蚊を叩き潰す。男女差別はいけない、偏見を持つのは悪いことだなどと教えていながら男のくせに力がない、女のくせに料理ができないと平然とのたまう。恵まれた立場の者が語る平等は無価値だ。乞食に縋られれば彼等は邪険に振り払うだろう、敗者の未来など気にもとめない。多くの人間は、口で善性を騙りながら、己の悪性から目を逸らす。正義を名乗って弱者を蔑むのだ。なんと醜いことか。人間とは醜悪、醜悪こそが人間であると言え────────────────────
思考が脇道に逸れている。逸れ過ぎて道を見失っている。魔術の話がどうして人間批判に繋がる。大方昔読んだ本の内容でも思い出したのだろう。
閑話休題。
要は、何でもいいからとにかく魔術を使いたい、という事だ。人と書いて不細工と読むなんて話は微塵も関係してこない。
使いたい、と思ってはいるのだが、使えなかったとしてもかまわないと考えてもいる。
しかし完全に使えないのは周囲の期待を裏切ることになるので、せめて人並であればいいと切に願う。
昔から、習得しようとした技術は全て苦もなく物にしてきた。だから、異世界に来て初めて経験する魔術にはどうしても期待をかけてしまうのだ。
適正よ平凡であれ、苦労を重ねて習得したという実感が欲しい、と。
書庫の本を読み漁って蓄積した中から、魔術の知識を思い起こす。
魔術とは、神の権能の模倣であるという説と神への祈りによって授けられる奇跡であるという説が────違う。今必要なのは定義ではない。
魔術史におけるもっとも高名な魔術師は七十二柱の─────違う。かつての偉大な魔術師はソロモンでもマーリンでもアレイスターでもこの場に関わってこない。
魔術には複数の体系があり、代表的なものとして精霊術が挙げられる─────これだ。今回は魔術の中でこれを試す。
魔術を構成するのは、主に魔力と術式、制御の二つだ。
しかし今回使用する精霊術は、術式の構築を精霊と呼ばれる存在に一任し行使するものであるため、必要なのは魔力と制御のみ。
精霊術は十種類あり、行使にはそれぞれに対応した属性適性が必要なのだが、僕は全て持っているので関係ない。
…………余談だが、属性適性は本来一つのみらしく、二重属性でも百人に一人程度らしい。十属性…………。
瞼を閉じ、自身の内側に目を向ける。精霊との繋がりを意識して、その繋がりを通して魔力を捧げ、言葉を介して意思を伝える。俗に言う詠唱だ。
「闇精よ、我が魔力を糧とし、我が前に、夜の帳を下ろしたまえ」
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気が付くと、周囲は暗くなっていた。といっても、魔術に熱中し過ぎて日が落ちた訳ではない。その場合は薄暗くなるのみで、今のように視界を遮られるほどではない。
詠唱から分かる通り、使用したのは闇属性。他の属性では制御に失敗した時などに被害が出てしまう可能性があったため選択したが、これはこれで問題が発生していた。
「みぎゃぁぁぁぁぁ!!?な、なんですかなんなんですかこれぇ!?夜ですか昼ですか世界の終末ですかぁぁ!!!??」
「お、落ち着きなさいリセリア。魔力を感じるわ、恐らくこの闇は魔術によるもの。まさか……敵襲!?いったいどうやって敷地内に……」
すみません、内部犯です。でもわざとじゃないんです、想定より範囲が広くて屋敷にまで効果が及んでしまっただけなんです。
「光精よ、照らしたまえっ!……くそっ、屋敷の結界で感知できないとはな……相当の手練か。全員、明かりを灯せ!クロム、リセリアの安全確保を最優先にしろ!!」
許してください父さん、そのクロムの仕業なんです。今解除の方法を模索してますので落ち着いてください。
「……あら?あなた、この魔力ってもしかして、クロムのじゃないかしら?」
「何?……本当だ、確かにクロムの魔力だ」
そうなんですよ母さん、気付いてくれて何よりです。解除の目処が立ったので今……
「つまり今クロムは侵入者に襲われているわ!これはあの子からの助けを求めるサインなのよ!!」
「なにぃ!?あいついつの間に魔術を!?」
「そんなの土壇場で使えるようになったに決まってるわ!!あの子天才なんだもの!」
「そうか!ってこうしちゃいられない、クロムっ!何処だァァァ!!」
えーと、何故その結論に至ったんですか?母さんが少々天然ボケなのは把握していたけど、まさか父さんまで判断力を失っていたとは。もともとうっかり者ではあったけど。
ともかく、先ずは魔術の解除を優先しよう。精霊術は精霊に願う魔術なのだ。ならば先程と同じ要領で停止を要請すれば……!
「大いなる闇の精霊よ、もう十分です、本日は誠にありがとうございました!!」
「無事かっ、クロォォォォムッ!!!」
精霊との繋がりを閉じる。周囲の闇が晴れるのと、僕の声を聞き付けた父さんが扉を蹴破って庭に出てくるのはほぼ同時だった。
その後集まって来た皆に事情を説明して謝罪すると、叱られるどころか、もう魔術を使えるのか、今夜は祝杯だ、などの大喝采だった。何とも甘く優しい世界だ。
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次の日、父さんが直々に魔術を教えてくれるらしい。本にも基礎的な事しか記されていなかったし、昨日の失敗もある。有難く御教授頂こう。
「こうしてお前に父親らしいことをしてやる機会ってあんまりないよな、俺そこまで忙しい訳じゃないのになー」
父の仕事は緊急時の王都の守護と、一族の取りまとめ。そしてたまに魔物の討伐、騎士団の訓練の教官役を要請される程度だ。確かに忙しくはないだろう。
これはただ単に、僕が何でも一人で学んでいくため教える事がなかった、というだけの話だ。
「そうですね。でも、だからこそこういう時間は特別な気がして好きですよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるな、こいつめー」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。これは地球の父さんにもよくやって貰っていた。なんだか懐かしいな……
「さて、では早速魔術の講義といこうじゃないか。準備はいいかな、クロム君?」
「はい、先生」
「よろしい。まず昨日の事だが、お前精霊魔術の制御に失敗したよな?」
「…はい、反省しています」
言葉通り、反省はしている。しかし同時に、その失敗を嬉しく思ってもいる。
なにせこの僕が失敗したのだ。いくら特性:天才といっても、もしかしたら魔術は対象外かもしれない。
「ああいや、別に責めてる訳じゃないんだ。ただあの時、お前完全詠唱しただろって事を言いたかっただけで」
完全詠唱?その名称から察するところは……
「本に記述してあった通りに詠唱しましたが、それの事ですか?」
「そうだ。本来ならそれが正しい詠唱なんだが、あんな長いのを戦闘中にダラダラ言ってられないだろう?」
それはその通りだ。遠距離や後衛ならばまだしも、近接戦や単独戦闘で詠唱などしたら隙ができるだけだろう。
「つまり詠唱を省略する手法がある、ということですね」
小説などにもよく登場している技術だ。その答えに辿り着くのは容易い。
「お前は本当に物分かりがいいな、そういうことだ。魔術の教本には乗ってないが、一般的に省略詠唱と呼ばれていてな。で、それにも種類があるんだ。例えば昨日クロムが使った闇精よ、我が魔力を糧とし、我が前に、夜の帳を下ろしたまえ、っていう四節の詠唱。あれを闇精よ、我が魔力を糧とし、夜の帳を下ろしたまえ、とするのを三節詠唱、闇精よ、夜の帳を下ろしたまえ、とするのが二節詠唱だ。で、当然その次に来るのが……」
「闇精よ、の一節詠唱ですね。無詠唱による魔術行使は可能なのでしょうか?」
無詠唱魔術も、小説などでよく見るものだ。最速で発動できる分、難易度も相当に高いものだが。
「ああ、可能ではあるが、実現するのは至難の技だぞ。精霊術は詠唱とイメージで精霊に意思を伝える事によって発動する魔術だ。それを無詠唱でやるってことは、イメージだけで魔術になり得る程の集中力と想像力が必要ってことだからな」
「なるほど、そこに時間がかかり過ぎて無詠唱のメリットが消える訳ですね」
恐らく無詠唱でなくとも省略すればその分イメージの比率は増していくのだろう。
「しかもそれだけじゃない、精霊術は詠唱を省略すればするほど威力が落ちていくからな、無詠唱で効果を発揮しようとすればとんでもない量の魔力がいるぞ」
魔術は注いだ魔力の量によって威力が変化する。多いほど制御の難度も上昇していくから、無詠唱は意味が薄いか。
で、話はだいぶ逸れていたが、
「つまり、昨日の魔術は注いだ魔力の量が少々多かった上に完全詠唱してしまったためにあれほど範囲が広がってしまった、という事ですね」
「ん?あ、ああ、そういやそういう話だったな。俺はどうも話が脱線し過ぎて駄目だな……。ああ、あとな、もう一つあるぞ?」
「まだあるんですか?」
やばい、頬緩みそう。
「クロム、お前ただ漠然と闇ってだけイメージしただろ」
「……!なるほど、範囲の指定がなかったために、魔力量と詠唱に応じた闇の展開が成された訳ですね」
「……お前は本当に物分かりがいいなぁ」
父が呆れたようにもう一度呟く。
「では、今お教え頂いた事を踏まえてもう一度挑戦してみます」
「おう、頑張れよ。お前なら一発だよ多分」
「闇精よ、我が魔力を糧とし、夜の帳を下ろしたまえ」
「あ、魔力量の調節とかじゃなくていきなり省略詠唱なのな……」
父が何か言っているが何か間違っただろうか?まあいい、詠唱を一節省略、魔力量を約七割減、イメージは掌で球を作るように……
「……出来た」
出来てしまった。ただ二度で。あっさりと。
「おお、上手く出来てるじゃないか!やっぱりお前は天才だなぁ!父さん鼻が高いぞぉ!!」
本人以上に喜び舞い上がり、再び頭をくしゃくしゃに撫でた上に胴を抱えての高い高いをする父。
……まだだ。もしかしたら闇属性にだけ適性が高かったのかもしれない。一度試したから、ということもあるだろう。
その体勢のまま続けて魔術を行使する。
「風精よ、我が魔力を糧とし、隔たる囁きを届けたまえ」
風属性精霊術、遠方の声を聞く魔術。範囲は屋敷二階使用人休憩室。これならば……
「ああ、デウス様……貴方のアメジストの様に煌めく知的な瞳、私に囁きかける透き通るような甘い声、その全てが恋しゅうございます……」
「昨日会ったばっかりじゃないの、何よその遠距離恋愛みたいなテンションは。第一あんな二股どころか七股かけてるような男のどこがそんなにいいのやら。まあ確かに顔と性格と気前がいいのは認めるけど……」
……聞こえた。二人のメイドの会話がはっきりとこの耳に届いた。他の場所の音を拾う事はなかった。
「んー?どうしたー、クロム?何か聞こえたのか?」
一人胴上げに移行していた父に話しかけられるが、そんな場合じゃない。
「水精よ、我が魔力を糧とし、そよぐ草木に天の恵みを!」
庭に水飛沫を撒き散らす。成功。僕と父には一滴も降りかかることはない。
「火精よ、我が魔力を糧とし、遥かな天に輝く華をっ!!」
空に花火を打ち上げる。炎色反応による色彩豊かなものでこそないが、それでも確かに青空に飾られる雲に一輪が挿した。
「クロム、クロム?どうした、はしゃいでるのか?まあ無理もないよな、俺も魔術を使えるようになった時は調子に乗ってぶっ倒れるまで使いまくったもんだよ、懐かしいなあ」
魔術……使える……そうだ、どの段階で習得したと言えるんだ?この程度はまだ初歩の初歩、中国拳法のようにAランクでようやく習得したというレベルのものなのかもしれないそういえばリセリアさんのステータスには魔術欄に記載されていたないや彼女が実は魔術の天才だったという可能性もあるそうだステータスだ自分のものは流星眼なしで確認出来たな(この間0.01秒にも満たない)
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名前:クロム・シューティングスター
種族:人間
年齢:5
属性:【火】【水】【風】【土】【雷】【氷】【木】【金】【光】【闇】
魔力:B
魔術:精霊術
特性:流星眼 呪刻(全種)
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魔術欄に精霊術が記載されている。あれで習得したということになるらしい。
……これは、認めざるを得ないのだろうか。僕の才は、魔術にまで及んでいると。
いや、まだだ。サンプルが少ない、決めつけるにはいささか早計だ……
「それにしても本当に凄いよなー、俺は十二歳でようやくお前くらいの域に達したのにな。大体詠唱省略なんてそのくらいの時期から覚え始めるもんだからなぁ」
ハートブレイク。
僕の心へのダメージを最低限に抑えるため、慎重に判断しようとした矢先に打ち砕いてくるスタイルなのか父様。
優しい世界だなんて思っていたが、実際は無意識で辛く厳しい世界だったらしい。
書いてる途中から書き忘れていた設定や思いついた新設定が浮かんできて辛い。
行き当たりばったり、その場その場で考えて書くのを改めるべきか……
これからちょっとした設定が唐突に説明されることがあるかも




