第十話 誕生日と幸福な日々
2019年4月10日、ストーリーの見直しの結果呪刻の設定は不要と判断し削除。
2019年7月17日、地雷のため文末の謎ポエムを、削除。
光陰矢の如し。
転生してから五年程度が経過した。
そして、今日はこの世界での僕の五歳の誕生日となる。
こちらでも誕生日は祝うものらしく、皆が今夜のパーティの準備をしてくれている。
僕も手伝おうとしたのだが、「坊っちゃまは主役なんだから、大人しく楽しみに待ってればいいんですよぉ」と追い払われた。
以前はどこか距離を置いていた節のあったリセリアさんも、今ではこうして気安く話せるようになった。大抵の事は時間が解決してくれるから助かるものだ。
さて、パーティまですることもないので、外出することにしよう。
山のようにあった本も、毎日通いつめたせいか二歳になる頃には全て読破し、それ以来はリセリアさんと共に屋敷の外へ遊びに行っていた。
最初は敷地内のみだったが、徐々に行動範囲を拡大し、今では王都中を庭同然に歩き回っていた。
そうそう、言い忘れていたがここは王都なのだ。
名はランドネウム。周囲を壁で囲い、外縁から平民達が暮らし、市場等が存在する市民街、貴族達の邸宅が集中する貴族街、そして中央には白亜の王城が鎮座する、バリタイン最大の都市である。
近々第一王子の生誕五年目を祝う舞踏会があるらしく、その時に僕もシューティングスター家の継嗣として顔見せに登城するらしい。
それはさておき、早速いつものルートを辿って散歩に出かける。今日は一人で出かけるため、買い食いのためにとお小遣いを貰った。
僕の体は燃費が悪いので、いつもリセリアさんに奢って貰っていたのだが、今日は自分で購入できるようだ。
この国の通貨は上から順に王竜白金貨、精霊金貨、大魔銀貨、騎士銅貨、国民鉄貨といい、それぞれのモチーフの意匠が施されている。
日本円に換算すると千万、十万、一万、千、百円といったところか。他の国の通貨も大体同じように金貨、銀貨、銀貨、銅貨、鉄貨らしい。白金貨に値するものは国によって異なるらしい。
今回僕が持たされたのは、大魔銀貨一枚に騎士銅貨三枚、市民鉄貨十枚、計一万四千円である。
これくらいなら夕食まで持ちこたえられるだろう。
「すみません、鳥串十本ください」
屋敷のある貴族街から市民街へと辿り着くと、早速馴染みの屋台でおやつを買う。
「あ?おお、シューティングスターの坊ちゃんか!今日は嬢ちゃんは一緒じゃねぇのかい?」
「ええ、今日は僕の誕生日パーティを開いてくれるということで、その準備の間は追い出されてしまったんですよ」
「ははは、そうかそうか。今日は坊ちゃんの誕生日か。ならサービスしねぇとな。ほらよ!」
そう言って店主のガストさんは、十三本の鳥串を手渡した。
「いいんですか?ありがとうございます」
「なに、いいって事よ。常連のめでてぇ日に色の一つも付けねぇようじゃケチくせぇ男だと思われちまうからな!」
がはは、と豪快に笑うガストさん。それほど売れ行きがいい訳でもないだろうに、彼は昔から、お近づきの印や、自分の結婚記念日だから、などと言ってこうしてよくサービスしてくれる。
「そういや坊ちゃんが前に言ってた鶏皮とか軟骨の鳥串だけどな、最近経営に余裕が出てきたからそっちも試してみる事にしたぞ。試作品が出来たら試食してくれよ」
「本当ですか!それは楽しみですね、新商品を一番に食べられるなんて光栄な事です」
「それもいいってことよ、なんせ余裕ができたのもどっかの誰かがバカスカ買いまくってそこらじゅう食い歩いてくれるからだしな!おかげで千客万来、大儲けよ!!」
そんな誇張を多分に交えたセリフでまた笑い出す。
この鳥串のというのは、焼き鳥のことだ。こっちにもあると知ったのはこの屋台を見て初めてだった。
しかしもちろん完全に同一ではない。
種類はもも一つのみで、タレも存在せず味付けは塩を振るだけだ。
ある程度親交を深めてから皮や軟骨を勧めたりはしたが、流石にタレを教えることはしなかった。
地球の技術で儲けたいわけじゃないからね、これと同様にブレイクスルーを避ける為に工業技術等を広めるつもりはない。
…………日本人としてそろそろ米は恋しいけれど。何処かで稲作やってないかな……
その後もガストさんと軽く話し、最終的に十五本の鳥串を頂いて再び歩き始める。
本当に大丈夫なのかな。
小説などでは平民と貴族の関係性は決して良いとは言えないことが多いけれど、この国ではそのような事はない、むしろ良好と言える。
王都の貴族達は皆、「俺様は何爵の〜」「下賎な平民風情が〜」といったような己の立場を鼻にかけた高飛車な様子は一切見受けられず、比較的腰が低い。
市民街を平然と一人で彷徨き、知り合いと思われる平民とは気さくに挨拶を交わす。
病に苦しむ平民がいれば高価な薬品を惜しげもなく与え、悩みを抱える貴族がいれば自ら進んで相談に乗る。
そんな理想的とも言える両者の関係が、この都市では築かれていた。
それは神の使徒と呼ばれるシューティングスター家でも例外ではなく、多少(信心深い人には特に)敬われたりもするが、先程のガストさんをはじめ、ランドネウム少年警備隊の面々、職人気質の鍛冶屋のグスタフさん、かつて高名な冒険者だったというエッヘバンさんや怒ると王都一恐ろしいと評判のロザリーさん、寝惚けて魔獣を通した事のある守衛のアレストさんや七股掛けていると噂のデウスさん等、皆好意的に接してくれる。
税率が厳しくない、国王自身が親しみやすい人物である、など様々な理由はあるだろうが、やはりそういった穏やかな人柄の人々なのだろう。彼等が争っている姿を見た事がない程だ。
仕立て屋のカヨさんに七股とは何かと尋ねてみると、どうやら急用を思い出したらしくどこかへ走り去っていった。その後、貴族平民を問わず女性七人でデウスさんを囲んで楽しそうに笑っている姿が目撃されるなど、友情とは身分と性別を越えて育まれるものだと再確認させられることもある。
異世界に転生した今、やりたい事、やらねばならない事は積み上がっているが、居心地の良いこの国に少しでも長く居たい、という気持ちも芽生えている。
いつか世界を巡る旅に出るつもりだが、ここには直々帰ってきたいと思う。
お小遣いも貯金分の銅貨二枚を残して使い切った。そろそろ日が暮れる、夕食も近い頃合だろう。
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シューティングスター家パーティ会場の状況は、中々賑やかなものになっていた。
「それじゃ改めて、誕生日おめでとう、クロム!!」
クラッカー代わりの小爆発で音頭を取る父。テーブルクロスとカーテンに引火した。
「危険です、お止めください奥様」
「これくらい大丈夫よ、それに私前からこういうのやってみたかったの……あら」
周囲の制止を受け流してシャンパンタワーを作る母。あ、溢れた。
「え、えとえと、あっ、そそれじゃあケーキ切り分けますねっ!?……あつ!!?」
緊張して段取りが頭から飛び、火がついたままの蝋燭が刺さったケーキを切り分けようとするリセリアさん。ナイフが宙を舞った。彼女はドジっ娘属性も完備している。
「「「「「おめでとうございます!!」」」」」
唱和するギルベルトさんをはじめとする使用人達の祝辞。消化して、清掃して、回避して手当てして。仕事が増えて落ち着く暇もないというのに、声は揃える辺り彼らのチームワークは中々のものだ。
親友達を思い出す。あの時教室にいた彼等は、僕と同じくこの世界に来ているのだろうか。
そうだったら嬉しいな。彼等は皆僕に届き得る希望だ。もし彼等がこの世界にいるなら、探し出す事は僕のやるべき事の一つだ。
この世界にも彼等と同じ、あるいはそれ以上の逸材はいるのだろうか?
思考の一部を割いて彼方に思いを馳せるとともに、此方も見据える。
張り切り過ぎた、と頭を搔く父。
どうして上手くいかなかったのかしら、と首を傾げる母。
あうぅ、と半泣きになるリセリアさん。
両親の軽はずみな行動に苦言を呈するギルベルトさん。
四方八方で忙しく駆け回る使用人の皆。
今の家族を眺めて僕は微笑む。
「皆さん、ありがとうございます」
地球だろうと異世界だろうと変わらない。
僕が天才である限り、僕の在り方に変化は必要ない。
彼等を満たせているのなら、自分も満ちるはずなのだ。
クロムの内面に少し触れられました。
一応主人公の異常性を主題とした物語のつもりなんですよねー。