第九話 お父さんに聞いてみた
前回から行間を開けるようにしてみましたがどうでしょう。
転生してからおよそ六ヶ月。
この頃になるともうおぼつかない足取りながらも歩けるようになっていた。その姿を母に見られた時、いっそのことどこまでが許容範囲なのか確かめてみよう、と開き直って言葉を発することにした。
歩けるようになったのね、とかなんとか言って喜んでいる母に片言ながらも母様、と呼んでみると、その瞬間顔から全ての表情が剥がれ落ちた。あれ、まずいかなと思うも次の瞬間には屋敷中に響き渡るほどの嬌声を上げて抱きついてきた。
母親の愛情というのはこの程度では揺らがないということが良くわかった。代償に耳がキーンとするが。
その声に父、そして全ての使用人達が業務を放り出して駆け付けて、興奮して語彙力の低下し切った母に事情を聞くと皆どよめいた。
それから同じように全員の名前を呼んでやると(六ヶ月もあれば、使用人の名前を把握するくらいわけない)、同様に歓声が上がる。
六ヶ月の内にわかったことなのだが、この屋敷の人々は皆僕を恐れるということがない。
喃語すらすっ飛ばして話し始める、個人差というレベルを超えた成長の早さの僕を、驚きこそすれ化け物だの悪魔の子だのと罵ることは一度としてなく、また表情にすら出ない。
耳に入るのは天才、神の使徒、先祖返りといった賛辞ばかりだ。
それらから察するに、これは血統に関係がある事なのだろう。神の使徒の一族ならば常人とは異なってもなんら不思議はない、ということなのかもしれない。
これは心情的には複雑な思いがある反面、情報収集には非常に有利だ。他人の目を気にする必要がない、というだけで行動の幅が広がる。
さしあたって、まず初めに取るべき行動は……
「父様、海人族言語の勉強がしたいのですが、書庫にはそれに関する書物がありません。購入していただけないでしょうか」
「お前急に流暢に喋るようになったな!?」
あ、片言で話してたんだった。
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そんなこんなで、阻むものは何もなくなった僕は今まで以上に読書に耽った。一心不乱に耽った。広大な活字の海に沈みゆくように耽った。
「ぼ、坊っちゃま、あまり根を詰め過ぎない方が……」
「ご心配なく、今のところ体調は良好ですので三日徹夜しても問題ありませんよ」
「ふええ、六ヶ月でオーバーワークが過ぎるよう……」
フィクションでしか聞かないような口調だな。
彼女の言葉通り、成長が早いと言っても僕はまだ一歳にも満たないので、未だこうして使用人が付いてまわる。
尤も、それは全てこの少女メイド、リセリアさんに一任されているため、ある程度は信頼されているのだろう。僕が。
リセリアさんは以前から取り立てて重要な仕事を任されているということもなく、使い走りをさせられている程度の様だったのでいてもいなくても差し障りがなかったのだろう。
それにしても、オーバーワークが過ぎるというのは意味が重複していると思うが、触れないでおこう。彼女にも年上の面子があるだろうし。
「ところで、リセリアさんは魔術使えますよね?」
「はい?魔術、ですか?一応、精霊術くらいなら教わってますけど……」
そうだろうね。ステータスで見たので知っている。
「参考にしたいので、よければ今度見せてもらえませんか?」
魔術についての書物は豊富にあったので大体のことは理解しているが、百聞は一見に如かず、だ。実物を見るに越したことはないだろう。
「えっと……いいですけど、坊っちゃまはまだ使っちゃ駄目ですよ?魔術を使うのは体に良くないって先生が……」
「それは肉体が未成熟な内は魔力を引き出す際の肉体にかかる負荷に身体が耐え切ることが出来ないから、という話ですよね」
「え?えーと、多分そう、です。」
「でしたら問題ありません。僕も今すぐ使うつもりはないので。一般的にはいつ頃から魔術を習い始めるのでしょうか?」
「一般的……た、確か五歳くらいだったと思います」
五歳か、一般的には五年ほどで肉体が魔力に順応するってことなのかな。
「わかりました、僕もそのくらいの年齢から始めてみようと思いますので、ご心配なく」
「そ、そうですか……」
リセリアさんは僕に対して若干気後れしているような様子が見受けられる。
一番歳が近いからと僕の専属のような扱いになったのに、これでは意味がない。
両親や他の使用人達はそういうものとして認識していたが、彼女ではまだ僕という異質な存在を受け入れることは難しいようだ。
僕の方から歩み寄ってみようと思ったが、どうやら上手くいっていないみたいだ。ままならないものだな。
少し、解放してみるか。
結果として、リセリアさんは僕に大いに心を許してくれるようになった。
やっぱり人と打ち解け合うには笑顔が最適か。
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「父様、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
読書も一段落し一度自室に戻ろうとしていた時、廊下を歩いている父の姿が目に入った。職務の詳細は分からないが、どうも今は暇そうだ。
以前から聞きたいと思っていた事があるので、いい機会だと声をかけてみることにした。
「おっ、クロムか。どうした?遠慮しないで何でも聞いてみろ」
と快諾頂いたので、遠慮なく質問することにする。
「では父様、神の使徒の一族、というものについてお聞きしたいのですが」
すると父は一瞬目を丸くし、すぐに納得したような表情を浮かべた。
「あー……そうか、そうだよな。もう字が読めるんだからなぁ」
「なにか不都合なことでも?」
「いや、そういう訳じゃない。ただ、思ってたよりかなり早かったってだけだ」
父は、立ち話もなんだと僕を近くの応接室に誘った。リセリアさんはお茶を入れてきますとその場を立ち去った。
僕達が部屋に入り、備えられているソファに腰掛けると、対面に座った父が聞いた。
「まず聞くが、クロム、お前は神の使徒の一族をどういうものとして捉えている?」
「率直に言えば、僕達の事かと」
僕達シューティングスター家、それは流星眼という魔眼を持つ一族である。
流星眼とは、他人のステータスを覗き見る異能を宿した眼のこと。
僕は沢山の本を読んだ。それらは全てこの屋敷の蔵書のみだけれど、それでもこの世界の一般常識を知るには十分な量だった。
そうして僕は知っている。ステータスとは、神が人々に授けた加護であり、本来他人が見ることのできるものではないという事を。
そのルールを覆す僕達が、神の使徒でないのならばなんだというのか。
「その通りだ。俺達シューティングスターの一族は、流星眼をはじめとした様々な恩恵を授かっている。故に、俺達は神の使徒と呼ばれている」
やはりか。しかし様々な恩恵?流星眼だけではないのか。
「流星眼に加えて、高い魔力量に多重属性など、俺達は戦闘において非常に有利な力を持っている。だから、シューティングスターはこの国において突出した戦力として数えられていて、公爵家と同等の権力を与えられているんだ」
つまり結構偉いんだぞ、と父は朗らかに笑う。なるほど、神の存在が身近らしいこの世界では、その使徒など敬われて当然か。王族と同等とまでいかないのは、王家は神より地上の治世を任されたまた別種の使徒とされているからか。
しかし突出した戦力、か。恩恵から考えて戦闘に特化したタイプの使徒なのだろうけれど。
「ということは、シューティングスター家は軍属なのですか?」
「いや、違う。戦力ではあるが、軍人という訳じゃあない。俺達だけで一つの戦力と見なされているんだ」
「僕達だけで?ですが、僕達は分家を含めても数十人程度ですよね?それだけでは精々遊撃にしかなり得ないのでは?」
「ん?あー……っと、そういえばお前まだ六ヶ月なんだったな。じゃあ、まだ魔術は使ったことがないんだよな」
「?はい、魔術の負荷については承知していますので」
多分今でも問題ないと思うが、リセリアさんにも使うなと言われたので試すつもりはない。
「なら知らないよな、じゃちょっと見せてやるよ」
そう言って父はよっこらせ、と立ち上がった。
そして、床を思いきり踏みつけるような音と共にその場から消えた。
「!?……あ」
いや、違う。辛うじて捉えられた残像は──
素早く背後に振り向くと、父様が得意げな顔で立っていた。
「お、よく見えたな。だかどうだ、驚いたろう?これが、魔力による身体能力の強化だ。ま、正確にはこれは魔術じゃなくて魔力操作による技術なんだが」
それは些細なことだ。問題は、それが油断していたとはいえ僕の目でも完全に見切ることが出来ない程の速度だったことだ。助走もつけていない短距離の移動にも関わらず。
不意を突かれたこともあるが、そうでなかったとしても今の速度で殴られたとしたら避けることは出来なかっただろう。
これほどの強化が可能ならば、確かに数は問題ではないのだろう。
「凄いだろ?術式を編めばもっと派手な事もできる。しかし、だ。それらは全て魔力の量に比例する。少なければそう大した事は出来ないし、多ければそれだけとんでもない事になる。高位の魔術師なら大体が大砲以上の威力を叩き出すぞ」
「なるほど、シューティングスターが突出した戦力というのはこういう事ですか……」
「その通り、魔力量も常人とは桁違いの俺達は、さっきみたいに高速で移動しながら魔術を放つ、走る大砲みたいなことができるんだ。だからこそ他人と足並み揃えてるより、自分達だけで動いた方がずっと強いんだ」
この世界の戦争は、量より質ということもあるらしい。文字通り一騎当千の人間が、戦局を決定付けることも有り得るのだろう。
しかし……
「常人とは違う……か」
「どうした?なんか元気ないぞ」
「いえ、なんでもありません。それより、ありがとうございました。おかげで、自分という存在がよくわかった気がします」
「そうか?まあ、息子の役に立ったのなら父として喜ばしい限りだか」
わかった、よくわかった。自分が何も変わっていないことが深く理解できた。
父に礼を述べて退室した僕は、黙って自室に戻った。
今の心境をすれ違う誰にも悟られぬよう普段通りを装って。
大丈夫、大丈夫だ。僕が変わらないのなら、僕のすべき事も変わらない。
全てはいつも通り、今まで通りという事だ。
余談だが、お茶を入れに行ったきり戻ってこなかったリセリアさんは、転んでお茶を零した上にカップを割ってしまったとかでわんわん泣いていたらしい。
人なれど、人に在らざる。ではその存在意義とは?
このくらいの字数がちょうどいいのでしょうか。