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発火雨

作者: とりをとこ

ハッカ飴を舐めている。

私は後部座席から新宿の街を眺めていた。

無限大に薄く引き伸ばされたような甘さと草原のような爽やかさが味覚を刺激して鼻腔を通る。

私はハッカ飴を舐めている。

ものすごい安全運転のこの車は西武線のガード下を抜けて歌舞伎町に近づいているのであった。

そんな時、雨が降り出してきた。

「雨ですね」

私がぽつりと誰も言葉を発しない車内に波紋を齎すと、瞬間。隣に座るガタイの良い男が無言で私の口を大きな手で塞いだ。

とてもくるしい。

私がなにをしたというのだ。

私は言葉を発しただけだというのに。

私はハッカ飴を舐めていた。

飴は小さくなって噛み砕けそうな大きさになってきた。

雨は大降りになって、ゲリラ豪雨というやつだ。

ゲリラ豪雨は夏によく降るなぁ、と思うと同時にいま私が、ここにいるこの場所は夏だった事を思い出せた。

口を塞ぐ手にかかる力はまるで私に殺意を抱いているかの様にぎりぎりと音を立てていた。

飴を歯で砕いてやろうと思ったけれど上手くいかない。

舌を噛んでしまいそうだ。

塞ぐ手は同時に草原の爽やかさが抜ける先も通せんぼしていて呼吸が阻害されている。

酸素が足らなくなると脳が活動できなくなって死ぬ。

たしかそんなことを何処かで聞いた。

だけれど、私はそんな状況も、俯瞰して観て、聞いて、感じていた。

たすけてとは言わない。

口を塞がれたそのままで眼球を動かして外を見てみると西口へと差しかかろうとしていた。

そこで。

「もう東京はおしまいだな」

と声がして、それは運転手が発した言葉だった。

彼の口は塞がれなかった。

「呼吸をさせてやれ、死んでしまったらなにも聴けないでしょう」

塞いでいた男の上司であろう運転手がそう言うと、やっと爽やかさが鼻腔を抜けた。

そして私はカチリと小さくなったそれを噛み砕いて運転手に問く。

「雨ですね」

「そうだね」

「この後も降り続けるのですかね」

「さぁ、どうだろう。もう天気予報もろくに聴けなくなってしまったからさ」

1秒。

「そうですか」

5秒。

「さて、単刀直入に聴くけれどこの街の現状は君が起こした事なのかい?」

25秒。

長い間があった。

「いいえ、私だけではないですよ。私と友達のふたりでやりました」

その街は死んでいた。

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