贄の覚悟
「やれえっ!手を緩めるな!」
「【炎魔帝】様が掛けてくれた魔法が切れる前に何としてもアイツを倒せぇぇぇ!!」
「近接攻撃系統のスキル持ちは一発入れて退避!魔法系は詠唱待機!合図で放て!三、二、一……放てぇぇぇ!!」
声が聞こえる。誰かの声が、沢山の人の叫びが聞こえる。
でも、それは絶望に暮れた声では無い。諦めて停滞を受け入れた声では無い。
それは足掻く声だ。圧倒的な敵の前に足を止める事無く。明日を掴む為に必死に足掻く人々の声だ。
『気付きましたか』
ソロモン。今どうなってる?
『マスターの発動した術式により、友軍全域に無尽蔵の魔力が行き渡り戦線の立て直しに成功しました』
そうか、良かった。
『先程までマスターは魔力欠乏及び、体力の枯渇により意識が低下した状態にありました。現在は魔力の無限供給と休息を取った事でなんとか活動が可能なレベルまで回復しています』
わかった。今周囲はどうなっている?
『<焔燼星皇>へ全軍が攻撃を加えています。魔力の無限供給により、回復魔法の使用に限界が無くなったので、致命傷を避ける形での特攻に近い攻撃が加えられています』
<焔燼星皇>は倒せそうか?
『何度か致命傷に近い攻撃が加えられましたが、心臓部分に存在する核を完全破壊しなければ再生するようです。クロヌマ様によって首を落とされても再生しました。また、『致命の暗殺撃』の即死効果は弾かれました』
流石に状態異常一発で落とせる様な奴じゃないか。
『はい。しかしタニウチ様の『死を齎す蒼ざめた馬』は効果があり、戦闘続行に支障をきたす石化や、魅了も弾かれました。これを踏まえたうえで、戦闘続行に強大な支障をきたす類の状態異常に対してのみ、強力な耐性があると思われます』
成るほど。要は攻撃力低下とか敏捷低下なんかのステータスに影響が出る状態異常は通ると。
『はい現在タニウチ様とクロヌマ様のコンボで莫大な量の呪詛や弱体魔法を付与して戦線を維持しています』
さっき言ってた核って奴は壊せそうか?
『ヤマモト様の攻撃を当てられれば破壊出来そうですが、相手も警戒してヤマモト様の攻撃のみは全力で回避されます。空間跳躍攻撃は<焔燼星皇>が周囲の空間を一時的に熱で歪める事で対策されてしまい、直接当てる必要があります』
そうか。要はもう一回アイツの動きを止めて山本の攻撃を当てられればいいんだな。
『はい。…ですがマスターは現在リソースが枯渇しており【創造】は使えません』
何言ってる?
『マスター?』
リソースならあるだろ。ここにたんまりとな
『…理解不能』
お前にも分からない事があるのか。
『マスターが指し示すことの意味は理解できます。ですがそれを実行するという考えが理解出来ません』
大丈夫だ。どうせ最後に戻ってくる。
『…非推奨』
でもやる。三十が命張ったんだ。なら、俺もそれに応えなきゃな。
『ですが彼は』
分かってる。それもひっくるめて俺の作戦だ。でもこれは俺だけじゃ上手く行かない。お前の全力のアシストが要る。やってくれるか?
『…理解不能…該当行動非推奨』
そうか。
『…ですが』
ん?
『私はマスターのスキルです。命令、了承しました。これより『叡智之王』の全スペックをフルに使用したアシストを開始します』
ありがとうな。
『いえ、これもスキルとしての務めです』
そうか。…じゃあ行くぞ叡智之王
『イエスマスター』
SIDE:<焔燼星皇>
私は今、感動に打ち震えている。私が【煌炎皇】の【職業】に飲まれて永遠の友■■■■に封印されてから幾星霜、遂に私に施された封印は完全に破れてしまった。千年前に施された封印が一時的に緩んだ五百年前とは訳が違う。■■■■の封印式の上に別の封印式を強引に重ねて再封印を行えば、いずれ綻びが出る事は予想通りだった。そして五百年前の様な戦力では私は倒し切れない事も確信していた。
だが、今目の前に広がる光景は何だ。【煌炎皇】は循環を失い、生に執着するナニカへお変貌した。それを迎え撃つのは嘗て私がこれでは自分を倒せないと断じた戦力とあまり変わらない程度の強者達。それが今、私を追い詰めている。五百年前と現在での大きな相違点は矢張り■■■■と同じ異世界の勇者達の存在だろう。今も、私や私の熱量に当てられて自然発生したエレメンタル系の魔物と戦う彼らは、誰も彼も救世を成せるだけの力を秘めている。
中でも彼らは、【煌炎皇】の循環を断ったあの少女と、たった二人で私の足止めを成した少年達、そして今も私に膨大な量の攻撃と弱体化の呪詛を流し込んでいる目の前の少年少女は別格だ。ほかの異世界の勇者達に比べて既にその才が開いている。強力な個人が万軍を上回るのはよくある話だが、彼らはそうではない。確かに強力な個人ではあるが、それ突出した部分が私に届く程度だ。彼ら彼女らはその力を以てして私を同じ位階まで落とした。足りない力を私の力を減らすことで補った。それは私達には無い発想。ありはすれどそれをここまでの規模で成す事は我々には出来ない。価値観の違いという物だろう。足りない物を補うでは無く、相手を不足させる。天秤の揃え方が根本的に違うのだ。
『素晴らしい。素晴らしい!君たちはここで私を超えていくだろう!嘗ての私達とは全く違うアプローチ、その先に何があるのかを私は知らない。それが正解の道か、はたまた弱者の道なのか見当もつかない。だが、だがだ!ならばこそ私はここで立ちはだからなければならない!超えるべき壁として、英雄達の道行きの通過点として!』
さあ、君たちの輝きを見せてくれ!その魂の煌めきが、私を焼き、いつか忌むべき【邪神】に届く事を証明してくれ!
そう思って周囲を見渡す。すると一つの影が目に留まった。あの少年だ。命を賭して私を止めた少年の相方。その彼は今、金色に輝く槌を握っていた。
さあ、それで何をする。
そう思った刹那、余りにも予想外な事が行われた。
あの少年は金色に輝く槌で自分の心臓を殴りつけた。




