歌姫
公式が開始13分で名前ばらすとは思わんやん。でもかっこいいから許す。但しチーター共、てめぇらは駄目だ。
私は音楽が好きだ。幾つもの楽器や声が響き、合い重なり合い、たった一つの歌を成すそれがとても好きだ。
だからこそ私の魔法は《重奏魔法》なのだろう。
みんなは勘違いしているようだけど私の《重奏魔法》は詠唱を繰り返す毎に威力を増幅する魔法では無い。
詠唱の完遂によって発生する世界への命令、それを遅らせて最後の一度で一気に送り込む魔法なのだ。
例えるなら蛇口みたいなもの。他の人が一度にどれだけ蛇口を捻れるかによって魔法の威力が決まる中で私は蛇口を好きなだけ捻ってその最後に一気に水が噴き出す。世界へ伝わる響の遅延、それが私の魔法。それに気付いたのはお城の中のダンジョンで戦っている時の最中だった。それ程前に気付いても私にはこれの活用方法が思い付かなかった。だからこそ、さっきシンさん…いやアマルティアさんに言われた事は私にとって天啓に等しかった。
「君達は元々戦いの少ない世界より来たと聞いている。だからこそ戦いに転用出来る力があってもそれをどう使うか思い描き辛いんだろう。だからこそ、僕が君達にその力の正しい使い方を伝えようと」
「正しい使い方?」
「そうとも。ともすれば君のその魔法は魔法使いの天敵足り在る程に強力な力だ」
「この魔法がですか?」
「君の空の魔法は世界へ伝えられる命令のタイミングを任意で弄れる。故にその力を使いこなせれば何千何万という数の魔法すら合体魔法として束ねられる。そして君の資質はその更に上、億単位の複合魔法ですら可能とする。要は束ねる力なんだよ。幾ら数が多かろうと関係なく凡ゆる魔法を一つにする。それが君の魔法だ」
「億単位…」
「君は今その力の本質を知った。そして、それは君の内に染み渡り浸透する。少しすれば君は本質的にその力を理解して使い熟すだろう。だから今はイメージする事に専念しろ」
「イメージ?」
「世界は君のキャンバスだ。どんな音を紡ぎ、どの様に混ぜ、どんな絵を描くか。君の持ち得る想像力を最大限まで駆使してイメージしろ。君の思う究極の音の世界を」
そう言ってアマルティアさんは行っちゃった。
そして私一人になって周囲の音が良く聞こえるようになった。
誰かの名前を叫ぶ声
必死に回復魔法を詠唱する声
唯々すすり泣く声
恐怖を堪えて鼓舞する声
怒り狂い言葉にならない声
いろんな声が聴こえた。
私は異世界の勇者だ。だけど万能では無い。だからこの声の全てを救う事は出来ない。でも、この声達の中にも私に救える声はある。
「行こう」
目指すのは【騎士聖】の人がいる場所。あそこならこの戦場全てに声が届く。
私は臆病な人だ。私は力は強くとも心は弱い人だ。私に出来る事なんてとても限られていて全てを救うなんてとてもでは無いが口には出来ない。
でも私は勇者の一人だ。職業的な意味での【勇者】でなくともこの世界の人々に願いを託された勇者だ。
最初は嫌でしか無かった。抗い難い運命に流されて唐突に得た身に余る力を操るだなんてただの高校生に出来るわけがない。
それでも私は成し遂げてきた。何故なら仲間たちが居たから。仲間なんて言い方は凄くこっぱずかしいと思うけど友達なんて言い方に留めるには私達の関係は軽すぎる。
仲間が居たから挫けそうな心を保てた。仲間が居たから頑張ろうと思えた。周りに流されてるだけと言われればそれまでだけど見知らぬ世界で共に戦う仲間がいるのって凄く安心するんだよ。
歩みを進めると人々の声の種類が減っている事に気付いた。死んだ人達に向けた声が薄れている。そして小さな嗚咽が聞こえる。でもこれは後悔や悲しみの声じゃない。声にならない感動みたいなものを感じる。
何が起きているのかは分からない。それでも仲の誰かが何かをしたんだと思う。
だったら私も成すべきことをしよう。この悲しみに塗れた戦場から少しでも悲劇の声を減らしたい。
「すみません」
「なんだ!・・・ああ、いやすまないアマネ殿、この事態に気が立っていたようだ」
「いえ、わかります。それで、一つお願いしたいんですけど」
「お願い?」
「はい、今から私が言う内容を戦場全体に伝えて欲しいんです」
「・・・それは意味があると言い切れますか?今この場で戦場全体に言葉を伝えると言うのは場合によってはより大きな悲劇を引き起こすことすらあり得る」
「私は意味はあると思っています。そして最終的な判断は貴方に任せます。でもこれだけは言わせてください」
「なんですか」
「私は今ここに生きる人を出来る限り多く救いたい」
「・・・話を聞きましょう」
私は、自分の意思で事をなす。
私が決めて、私がそう思ったのだから。
《条件達成を確認しました》
《個体名アマネ=マツヤの能力制限を解除します》
《【職業】が完全解放されます》
《【職業】が【重奏魔導師】から【響鳴妃】に変更されます》