邪神
区切りの問題で今回は短めです。すいません。
「カァッ、カァッ、カァッ!」
戦場に突如として響き渡るカラスの鳴き声。
一体何だと首を上に向けると、ちょうど【煌炎皇】の真上にあたる遥か上空に一匹のカラスがいた。
ただのカラスでは無い。家数軒が丸ごと収まるほどの体躯に、4本の足。そして強化されたステータスは確かにそのカラスが目の中に其々3つの眼球を備えている事を見て取った。
そのあまりの異様さに、多くの人が手を止めて見上げる中、【縮退炉】に熱を吸収され続けている【煌炎皇】も、そんなことは御構い無しに空を見上げた。
『ほう、【煌炎皇】めが復活したと聞いて駆けつけて見れば、我が同胞も居るではないか。だが、うむ。紛い物か。期待して損したわ。』
「なんだ、あれ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【名前】【九なる火のスクラグス】
【種族】 時間の鬼神
【称号】『火の支配者』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
解析の結果がおかしい。【名前】【種族】【称号】以外にアレには何も無い。まるで理から外れているみたいだ。
『ああ、名乗りが遅れて申し訳ない。そして代行分体で名乗る事を重ねて詫びよう。』
するとその巨大なカラス…【九なる火のスクラグス】はゆっくりと【煌炎皇】の真上に降りてきて言葉を続けた。
『我が名はヌクテメロン。貴様たちが【邪神】と呼ぶ世界の破滅を目論む物。【支配邪神 ヌクテメロン】である。』
「「「「「!?」」」」」
『焼却シマス…『薪尽火滅』』
俺たちが驚きで、身を固まらせる中、【縮退炉】の攻撃すら無視して【煌炎皇】が攻撃を仕掛ける。
『ふむ。【職業】に完全に意識を呑まれておきながらも己が宿命はその魂に刻まれているのか?だが記憶は根こそぎ失った様だな。よもやこの体に向けて火を放つとは』
大カラスを一瞬にして包み込んだ炎はいとも容易く消し去られ、【九なる火のスクラグス】は無傷の様だった。
『貴様やあの忌々しき勇者どもめによって我が84のゲニウスはこのスクラグスを含めた数体以外消滅してしまった。だと言うのにそれを成した貴様がこの体たらくとはなんたることか。これでは【星】や【迫害】も浮かばれぬ。これがあの【流転皇】の系譜とは、なんとも落ちぶれたものよな。
兎も角、我は早々に興味が失せた。貴様がいくら暴れても一向に構わぬ。全てを焼き尽くした果てに我に討たれよ。』
すると先程から何度も【煌炎皇】の攻撃を受けても平然としていた大カラスが飛び立ち上空へ登って行った。
『どれ、最後に今代の勇者どもの顔でも拝んでおくとするか。
…ふむ、『聖剣収束者』に『感応増幅魔法』おお、これは何と珍しい『魂の器』までも居るのか。だが未だに【神】や【王】、【皇】に至った者は無しか。このままでは脅威にも値せぬなっ……………!?』
すると突然、戦場をぐるっと一望していた大カラスがこちらの方を見て目を丸くした。
『【始原】!?いやそれのさらに上、雛形とは言えまさか…【源素水】だと!?』
大ガラス…【邪神】は驚きが隠せないといった様子で狼狽している。
『ふふっ。はははははははは。まさかこの様な奇跡があり得てなるのか!
【零時針】や【空魂印】、【混心光】は駄目だ。あれらは世界の礎故に取り出せば全宇宙が終わる。【異宙玉】の様な何処にあるのかも知れない物で無く、【遍無煙】や【夢層塊】の様にたどり着けぬ場所に在る物でも無い。【根源之七】で唯一手が届く【源素水】がよもや我が眼前に現れるなどなんたる僥倖、なんたる幸運。』
【邪神】の言葉の意味は殆ど分からない。だが俺にも一つわかることがある。あいつは俺を見てその何かについて言っていると言うことが。
『ああ、喜ぼう。今はこの何億どころか無量大数を超えた果ての確率でしか起こり得ぬこの奇跡に喜ぼう。そして貴様は何があろうと手に入れる。だが、今ここでは無い。数多の試練と収斂の果てにこそ意味がある。
そうとも!我は【邪神】らしく、【魔王】らしく、彼の地にて貴様の来訪を心より待とう!ではさらばだ!』
大ガラスの背後の空間が裂け、ぽっかりと大穴が開き、そこへゆっくりと消え去っていく。
突如現れた【邪神】の分体、そして叫んだ意味のわからない言葉の数々、それに放心していた人々の静寂を破ったのは再び【煌炎皇】が動き出した時だった。