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時を超えた約束はそして

作者: 葉風草慈

 街中が寝静まった深夜一時過ぎ。

 御崎みさき神社までの長い階段を登ると、やはり境内にアオイがいた。

 アオイはいつも通り赤と白の巫女服を着て、箒で日中溜まった枯葉を掃いていた。ショートカットの髪に枯葉が付いているのに気付いたが、可愛いので暫く言わないでおこう。

「今夜もご苦労様」

 その声に反応したアオイが俺の方を向いた。碧の瞳が闇夜に浮かぶ。アオイは俺にぺこりと頭を下げると、いつもの台詞を口にした。

「どうも。こんな夜更けに神社に何の用でしょう?」

 もう何十回も繰り返されたやり取りである。いつもの台詞が、意識せずとも自分の口から発せられる。

「別に用というわけじゃないさ。ただ、此処からは星が良く見えるからな。つい来てしまったんだ。」

 アオイも台本を読むように、いつもと一言一句違わない台詞を発した。

「そうですか。では、ごゆっくり。」

 アオイは俺にもう一礼すると、再び箒で枯葉を掃く作業に戻った。

 いつもであれば、このまま互いに一言も発せず、一時間程した後、アオイが掃除を終えて階段を下りるのを見て、それを追いかけるように俺も下りて家に帰る。半年ほどそれを繰り返してきた。だけど、今夜は違った。

 俺は口を開いた。そして、言葉を慎重に選びながら、アオイに聞こえるように一人、話を始めた。



「昨日さ、夢を見たんだ。最近、疲れも酷くて滅多に見なかったのに、久しぶりに。その夢は、凄く不思議で、懐かしい感じがした。昔の自分の写真を見るみたいに。その夢にはさ、二人の少年少女と、何人もの大人達が出てくるんだ。名前は少年少女にしかないんだ。少年はユウキで、少女はアオイって呼ばれてた。その夢にはちゃんとしたストーリーがあってさ。そのストーリーが、すごく哀しい話なんだ。

 ある海辺の町に、ユウキという十五歳の少年が住んでいた。ユウキは地元の神社に参拝した際に、偶然同い年の神主の娘、アオイに出会うんだ。アオイは、碧の瞳を持っていた。何度か神社に赴き、アオイと会ううちに、ユウキはアオイに恋心を抱き、ユウキはその思いをアオイに伝えた。アオイはその思いを受け止め、二人は恋愛関係になる。だけど、秋のある日巨大な地震が起こって、町は甚大な被害を受けた。「神が怒っている」と町の人々は考え、生贄を一人捧げることにした。そして、その地方では有名な占い師が占った結果、生贄にアオイが選ばれた。神主は町中の総意に故に、反対することもせずアオイを生贄に捧げることに決めた。アオイはそれ以来外出禁止となり、ユウキと会うこともできなくなった。ユウキがこの事実を知ったのは、生贄の儀が行われる前日だった。自宅が倒壊し、集会所に避難していたユウキは、集会所の玄関にある掲示板に生贄の儀を行うという紙が貼られたことで、初めて知った。

 生贄の儀って、良く考えるとすごく残酷な事をするらしいんだ。まず、杉の木で作られた棺に生贄を入れるんだ。そして、端に重石を括り付けられたロープで棺をグルグルに巻いて、それを船で沖まで運ぶ。その後、半日かけて神儀っていうのを行って、それから海へと棺を投げ落とすっていうものらしい。生贄は、棺の中で何も出来ずに餓死して、いつかは海中で分解される。本当、苦しいし寂しいと思うよ。

 ともかく、ユウキはそれを知り悲しむと同時に、なんとかアオイを救う方法は無いかと必死に考えた。だけど、結局いい方法は浮かばなくて、生贄用の棺に入れられる前の清浄の儀の間に誘拐するしか思いつかなかった。清浄の儀の間は一般の観覧も許されてるし、生贄の周りにいるのは数人の大人だけになるみたいだからね。そして、アオイが生贄になる日がやってきた。日が昇る頃、陽の光が暗かった足元を照らす。ユウキは、何度もイメージした逃走経路を頭の中で何度も反芻しながら、清浄の儀の執り行われる場所までやってきた。家から持ってきた水筒と少量の食料を風呂敷に包み、肩にかけて来た。地震から未だ一週間ということもあって、やはり観覧者は少なかった。ユウキはこれなら計画が比較的簡単に実行できると喜びながら、もしアオイが逃走を望んでいなければどうしようかという新たな疑問も浮かんだ。だけど、そんな後ろ向きの事を考えていては失敗する。そう思って、直ぐに頭から振り払った。清浄の儀が行われる場所は周囲を注連縄で囲ってあって、その中心にアオイがいて、アオイの周りには数人の大人達がいた。アオイは、いつも着ていた赤と白の巫女服とは違って、真白な服を着ていた。アオイは顔を伏せ、目を閉じて、ただ静かに正座していた。大人達もまた、同じように正座していた。ユウキはそれを見て、目を閉じ、そして大きく深呼吸をした。そして、自らの意思を確かめるように大きく頷くと、注連縄を潜った。一気にアオイの元まで駆ける。大人達がユウキに気付く。だけど、何故か大人達はすぐには動き出さなかった。たぶん、状況がうまく飲み込めなかったんだろうね。ユウキはアオイの元に辿り着くと、アオイの手を持って言った。逃げよう。此処から逃げよう。アオイはその声にすこし驚いたようだったけど、すぐに目を開いてユウキを確認した。アオイもやはり状況が飲み込めていないようだったけど、とにかくユウキの言っていることは分かったようで、ユウキに手を引かれるまま立ち上がり、走り出した。ユウキ達がその場を去ってから暫くして、ようやく大人達はユウキ達を追い出した。

 ユウキはただ走った。実の所、どこに向かうかというのは決めていなかった。ただとにかく、人目につかないように山沿いに逃げるつもりだった。だけど、その計画は早くも潰えた。隣町に出るためのトンネルが、地震の影響で封鎖されていた。どうやら、昨日の夜の余震で一部が崩落したらしい。ユウキは山を越えようかと思った。だけど、アオイを見てそれを諦めた。アオイは酷く疲れたようだった。地面に座り込んで荒く息を吐いていた。ユウキは水筒を取り出すと、アオイに水を飲ませた。ユウキは、アオイを近くの剥き出しの大きな岩に座らせて、少し休むことにした。ユウキもアオイも、互いに何も言わなかった。ただ、時間だけが過ぎた。

 どれだけそうしていたのだろうか。ユウキは複数人の足音に気付いた。ユウキは立ち上がり、アオイの手を引いた。アオイはやはり何も言わず、ユウキに手を引かれるままに山を登り始めた。

 怒号が山にこだました。どうやら、大人達に気付かれたようだ。ユウキはアオイの様子を確認して、山を登る足を速めた。

 気が付けば、木の下で休んでいた。身体を幹に預け、足を投げ出して。夕陽がユウキの顔を照らす。膝の上で、アオイは寝ていた。ユウキは、アオイの寝顔を覗き込んだ。やはり可愛い。思わず頬が緩む。アオイがそれに気付いたのか、一度寝返りをうった後に目を覚ました。おはよう。二人は同時に言った。そして笑う。遠方で騒ぎ声が聞こえる。だけど、その声は徐々にユウキ達へとゆっくりとだが、確実に近づいている。アオイがユウキに聞いた。お腹が空きませんか。ユウキは頷き、風呂敷からお握り二つを取り出して、一つをアオイに手渡した。二人がそれを食べ終えたとき、既に光は消えていた。大人達の声が一層近づいていた。だけど、ユウキもアオイも動こうとはしなかった。闇が二人を覆う。ユウキは空を見た。満月だった。そこに広がる星々は、今までの短い人生で見た中で最も美しかった。ふと横を見ると、アオイもまた同様に空を見ていた。月が綺麗。アオイは呟いた。ユウキは月を見て答えた。うん、綺麗だ。アオイは言う。約束をしませんか。ユウキは答える。うん、約束しよう。そして、ユウキは声に出さず呟いた。遅すぎた。

 怒号が二人の耳に入る。ユウキとアオイはゆっくりと立ち上がり、大人達と対峙する。大人達は手に槍を持っていた。もはや、生贄などどうでもいいのかもしれない。いや、代役の立てるのかも。そんなどうでもいい事がユウキの頭をよぎった。大人達の一人が言う。その少女を此方に引き渡せ。ユウキはアオイを見た。アオイはは頷いた。ユウキは答える。断る。別の大人が問う。貴様の選択がどういう事か分かっているか?ユウキは再度答える。分かっているさ。問うた大人が言う。ならば、力づくで渡して貰おう。

 総員、構え。その掛け声と共に、大人達が一斉に槍を構えた。狙われるのはユウキの心の臓。そして、ユウキが構える間もなく、無慈悲な宣告が下される。大人達が一斉に突きを繰り出した。肉が裂ける音がする。崩れ落ちる肉体は、ユウキではなくアオイ。大人達は目を見張る。ユウキもまた同様に。アオイの肉体は動かない。ただ身体から冷たい血液を流すだけの肉塊と化した。大人達の間に、微かな動揺が走る。だが、二回目の構えの掛け声に、従順な人形なように槍を構え直した。ユウキは空を仰ぐ。そして願う。アオイとの約束が果たされんことを。直後、ユウキの意識は消えた。」



 俺はアオイの顔を見た。アオイは笑っていた。

「随分と遅かったですね。」

 待ちくたびれましたよ。そうアオイは言った。だろうな。俺は苦笑する。

「待たせてすまなかった」

 そう言うと、アオイは声を出して笑い出した。つられて俺も笑ってしまう。そして、お互い笑っているのを見て、更に笑ってしまう。謝るのは似合ってないように思いますよ。アオイが小声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。でも、待たせたのは事実だろ。そう問うと、アオイは首を横に振った。いえ、実はあまり待ってません。

「私も思い出したのは最近なんです。」

「いつ頃思い出したんだ。」

 即座に問いかける。返すのがあんまり早かったせいか、アオイが苦笑する。そして、ゆっくりと答えた。

「あなたと初めて会う前日ですよ。」

 それでも半年前か。此処までの年月を考えれば、一瞬にも満たないじゃないですか。そうだな。

 実際の時間的な接触時間は、半年の更にその二十四分の一以下だ。だが、俺たちはずっと探し続けていた。待ち続けていた。互いのことを。そして、それぞれが思い出すことを。時を超えた約束を。

「あれは今から何年前なんでしょうかね。」

 ふとアオイが呟いた。確かに。あれは何年前なんだろうか。いや、何百年前なんだろうか。それすらも覚えていない。だが、それはどうでも良かった。出会いと別れ。そして約束。それらは忘れることなく記憶の中に留まり続けた。それが重要だった。

「今まで何度すれ違ったのだろうか。」

 その呟きにアオイが答える。

「何度だって良いじゃないですか。」

 その答えは的確だった。過程なんてどうでもいい。こうして幸せな結果があるのだから。今日のこの日まで、何十回も何百回もすれ違ったかもしれない。互いが互いを思い出す前に。だけど、約束は果たされた。それは何百も繰り返された普通の中の奇跡かもしれない。そんな奇跡に、俺たちは感謝しなければならない。


 ーーいつかまた平和な時に逢えたなら。そして選択が許されるなら。その時は最期の一瞬まで僕たちは共にいようーー

初めて完成させたショートストーリーです。

眠いながら二日に分けて書いたもので、経験などが非常に浅いため、文体などが統一されていません。

現在、御崎神社を舞台とした別のストーリーを考えています。なので、もしかするとパラレルワールドものになるかもしれません。


その際はよろしくお願いします。

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