閑話・2日目の温室
大変遅くなりました。
今回は魔法回です。
見慣れぬ天井が視界に入り、一瞬警戒したがすぐにそれを解く。
(昨日から引っ越したんだったな)
ベッドから出ると、六の刻を知らせる鐘が鳴った。
明け方にようやく眠り始めたので、あまり寝た気がしない(事実、ほぼ眠れていない)が、時間的に寝なおす訳にも行かない。
身支度を整え、軽くトレーニングをし、まだ魔導師が眠っていることを気配で確認してから、騎士団の食堂に朝食を食べに行く。
朝の訓練が始まる時間だから人はまばらにしかいなかった。相変わらずここのベーコンは旨いと思う。
七の刻になる前に藍の宮に帰ると、リディも起きていた。
「あ、アーシェイドさん……じゃなかった、ロギルさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。リディ、さん付けも敬語もいらないと言ったはずだが」
今日のリディは、ちゃんとした丈のローブ(紺)を着ている。
あれは王宮の外に出る時用なのか。
「これはもう癖のようなもので……」
「……まぁいい。今日は何をするんだ?」
「えっと、概ね昨日と代わりはありません。私は魔法師の業務は免除されてますので、基本的には魔法研究をしています。その代わり、色々やらなければいけないこともありますが、今のところその予定はありませんので」
「そうか。昨日は確か"豊穣魔法"だったか? 今日はなんの研究をするんだ?」
「昨日の続きをしようかと思ったのですが、どうやら昨日間違えてしまった箇所以外の改良点が実際に使わないとわからないので、裏庭の温室に行きます。ちょうど株を増やしたい植物もありますし」
「……温室って確か人喰い花とマッドウッドがあるんじゃなかったか?」
「はい。でも今日行くのはマッドウッドとかそういう樹木は無い比較的安全な所なので大丈夫ですよ」
「それなら、良いんだが……」
『樹木"は"』ってところに、大変嫌な予感がする。
そして、その予感は悲しいことに当たっていたようだ。
「なぁ、ここは『比較的安全な所』じゃなかったのか?」
「安全な所ですよね?」
「そうか、俺の常識では空気を汚染する毒草の群生地は安全な所とは言わないんだがそれはおかしいことだったのか」
「うーん、どうなんでしょうね? 物理的に攻撃してこないので安全だと思ったんですが……あ、あまり離れないでくださいね、浄化の魔法は毒草が枯れてしまうので広範囲にはかけられないんです」
「ほかの場所に物理的な攻撃をしてくる樹木が群生してるここの温室がおかしいんだ!」
「えー?」
「えー、じゃねぇよ………!!」
俺がおかしいのか、いや違うはずだ。なぜコイツはこんなに平然としてられるのだろうか。いろんな意味で頭がおかしくなりそうだ。
「あ、ありました。これです、この株を増やしたかったんですよー」
リディが指さす場所には何やら草が一株あり、ワサワサと揺れている。
「あぁ? そりゃなんだ」
「マンドラゴラです」
「は?」
「マンドラゴラです」
「……それは俺が知っている魔草で合ってるか?」
「ほかにマンドラゴラってありましたか」
「いや俺は知らんが」
「じゃあそのマンドラゴラですね」
「叫ぶやつか」
「叫ぶやつです」
「聞いたら死ぬアレか」
「そうですねー…これはまだまだ小さめの個体ですし死にはしないでしょうが少なくとも2~3日は気絶するでしょうね」
「……」
俺はもうどうしたらいいんだ。言いたいことはたくさんある。あるのだが、もう……
「なんなんだアンタは……!」
「魔導師です」
「知ってる……」
「別に怖いことなんてないですよ? 魔法かけるだけですしね」
「別に怖がってるんじゃねぇよ! 俺が知ってる限りじゃ、マンドラゴラはがゴロゴロ出来るくらいの魔力溜まりみてぇな場所にしか生えてないし、それが王宮に生きたまま処置もされずに温室に生えてるのがおかしいんだ!」
リディが、心底わからなそうな顔してるのが何故かとても憎らしい。
「生えてるって聞いたので私がちょっとテレポートして周りの土ごと植木鉢に移して持ってきたんですよ。もちろんアセルス様に許可は頂いてますし。特に温室は毒や虫が出ていかないように結界を張っていますから大丈夫です」
あとは、と足元を指さされる。
そこを見ると、なにやら艶のある石がゴロゴロ置いてある。
「そこに置いてある魔石を砕いてマンドラゴラに与えてますから、枯れないんですよ」
「はぁ!?」
一般家庭に普及するとはいえ、それは小さな魔石の話。家庭で使える程度の魔石なら、数は少ないが採掘場で採れる。
しかし、リディが指差した先には明らかに家庭用よりも数倍大きいものだ。
それを砕いている、しかもマンドラゴラに与えてる、だと?
「もったいなくないか、俺は魔石をそんな使い方するなんて聞いたことないが」
「それは私が造った魔石です」
「造れるのか!?」
「魔力を適当な石にバーッと込め続ければ出来るのでお手軽なんですが……力ずくで魔力を込める分、石が魔力に耐えきれなくて。とても脆くなってすぐ壊れてしまうので、こういうことにしか使えません。魔力耐性の強い石をネックレスなどにして常に身につけていれば、ゆっくり魔力が入っていくので普通の魔石になりますが、大きさによりますが結構時間がかかりますね」
「それはそれで凄いな…流石は魔導師と言ったところか」
「まぁ、それは置いといて。そこの魔石取ってくれませんか? 砕いて撒いたら魔法を使います」
「ああ、わかった」
魔石を持つと、感覚的に脆いことがわかった。なるほど、確かにこれは脆すぎる。土で作った団子よりは固いか、くらいで、ほとんど変わらない。
リディは魔石を受け取ると、流れるように唱える。
「〈エスペラール・シュタイン・ツェアシュラーゲン〉石を砕け」
「〈エスペラール・ヴィント・フェアヴェーエン〉風よ撒け」
二つの魔法により、魔石は砕けてマンドラゴラの周りに撒かれた。
一応、と沈黙の魔法も唱える。
「〈エスペラール・シャル・シュヴァイゲン〉黙れ」
「これで最後です。〈エスペラール・アイナ・ゲヴェクス・ヴァックストゥーム・アインス〉大地の精よ、このマンドラゴラを増やして」
唱え終わると、マンドラゴラが激しく動き出し、二つに分裂した。
「……やった、成功しました!!」
「おお……スゲーな」
「でも、私が研究してる豊穣魔法とは違うんですよね。豊穣魔法は土地自体を豊かにする魔法なんですけど、この魔法は植物を増やす魔法になります。豊穣魔法ではなく増殖魔法ですね」
「それでも十分じゃないのか」
「植物だけ増やしても、実は意味が無いんですよ。その増えただけの植物が成長するだけの栄養が必要になるんです。増やすだけだと、ただ土地を枯らすだけになってしまいます。今のところ、土地の養分を増やす魔法はないんですよね」
まぁ、貴重なマンドラゴラを増やす方法が出来たので良しとしますか、と、リディは少し肩を落としながら言っているが、新しい魔法を創ったのだから誇れることだと思う。
「とりあえず、今日はここまでですね。藍の宮に帰って、研究書まとめて明日にでも魔法院に提出します」
俺が頷くと、同時に昼を告げる鐘がなった。
今までの人生で一番濃い午前中だったように思う。
この後、研究書をまとめ始めたリディは寝食を忘れ没頭し、暇な俺は研究室を片付けた。
サッと埃を取り除いて散乱した資料をまとめるだけだが。
流石に飯を食わないのはどうかと思ったので、断りを入れてから一度外に出て、侍女に食料と調味料を持ってきてもらった
食堂(ここは使われた形跡すらなく、埃を取るだけで終わった)軽く作り、リディに食べさせた。
リディはいたく感動したらしく、これからの食事を賄って欲しいと頼まれた。
流石にしばらく考えたが、任されることにした。
そうしないとコイツは絶対に食事を抜く。
食事をした後は、また研究書まとめ始め、夜がふけていった。
まさか二日目も徹夜するとは、と思ったが、突然リディが机に頭をぶつけ、動かなくなったのを見て確信した。 どうやらリディは休憩や中断と言ったものが自分で出来ないタイプらしい。
騎士団にも数人いた。副団長の補佐とか。
確認すると、リディはまるで魔石が魔力切れを起こした時のようにぱったりと眠っていた。
流石に年頃の娘を机に放置するのは気が引けて、片付けたソファに移動させ、俺の上着をかけておいた。
研究室に1人置いとくわけにもいかず、同じソファの端っこに座り、仮眠を取ることにした。
途中、違和感に気づき起きると、俺の尻尾を枕にしてリディがスヤスヤと眠っていた。
俺の尻尾はよほど寝心地がいいらしい。幸せそうな顔をして眠っている。
が、流石に起こした。
獣人にとって尻尾は重要なものだ。けして気安く枕にしていいものではないのだ。
起こすと、しばらくふにゃふにゃ言っていたが、状況を理解すると土下座する勢いで謝ってきた。
もういいからとにかく部屋で寝ろと言った所、ダッシュで部屋に戻っていった。
その道中2回ほど転んだ音がしたのは俺の胸にしまっておく事にする。
二日目は、昨日よりは早く寝られそうだ。
思ったより長くなってしまい、更新が遅れました
更新できてホッとしてます
今回はジャンジャン魔法を使っていただきました。←
ちなみに呪文は外国語の単語の組み合わせです。9割はドイツ語をカタカナに直したものです。あとの一割はどこの国かわかりません←おいこら
しかもカタカナも翻訳も合っているかはわかりません(笑)
ファンタジーとしてお考えください!