はじまり(プレリュード)
いつも通り8時に鳴り響くアラームを止め……何かおかしい。
どこだここ……。
見渡す限り畑しかない。
そこにポツンと一軒だけある家。遠くに見える森、新鮮な空気、灌漑水路を流れる水の音。
目を閉じる目を開ける、頬を摘む、そんな初歩的なことではこの幻想は醒めないだろうと五感が物語っていたのだった。
事態を整理しよう。
これは異世界転生とかいうやつだったのだ。俺はタロウ・ツルタとかいうやけに日本の苗字のようなふざけた名前の少年十歳に転生していた。
最初の三日くらいは良く分からないまま思考を止め、現実を受け止めることが出来なかったが、俺にとっての二人目の両親がなんというのだろうか呑気な方達であったので、あまり怪しまれずにこの世界に徐々に溶け込むことができるようになった。
この少年タロウはどうやら十年に一度、百年に一度の才能があるなどと褒め称えられるくらいにこの辺りのーーあまり人などいない小さな村なのだがーーちょっとした有名人なのであった。どう何が凄いのかというと、まずこの世界観を知らないとわからない。
所謂この世界はファンタジー要素を含んだ何かであり、剣と魔法の世界で中世ヨーロッパを再現しているかのようなものなのだが、そこでの彼の才能は魔法しかり、剣技しかり、知力しかり、このニツポンとかいうどこか聞いたことあるような帝国の軍人のトップクラスにいづれはなることができるようなレベルらしい。
しかし、転生後の俺は魔法の使い方など露知らず、況してや世界でトップクラスに平和な国日本で鍛え上げられるはずもない剣技と、取り柄の知力も異世界転生とかいう完璧なビハインド付きでどうしようもなく、最近のライトは不調ということになっていた。
そんなわけで朝から稽古をつけさせられ、徹底指導され、一ヶ月くらいで、ある程度基礎ができるようになり、そこで親がどうやら一ヶ月前のライトには戻らないということに気づいたらしく、普通の子供として普通に農家を継いでもらうことに指針を策定したようだった。
「まぁ、異世界転生なんて現実はそんなもんか。」と半ばラノベの中にあるような英雄譚は諦めていた。
「異世界転生って?」
「異世界転生ってのは自分がいた世界から別の世界に転生すること」
「へえー、じゃあもしかしてライトが最近調子悪いのって別人だから?」
「あーそうそ…って誰?」突然聞かれた質問に無意識に答えてしまっていて何も考えていなかった。声の主の方を見てみるといかにも下級の農民らしい格好をしたライトと同じ歳くらいの少年がいた。
「やっぱり別人なんだ、僕の名前知らないとかタロウに限って有り得ないしー。僕の名前はヒロシ・タナカ。ヒロシでいいよ、前の…?ライトもそう呼んでたし。」ヒロシは既に俺が別人であることが分かりきっている風であった
「なんでって言うのもおかしいけど、なんで俺のことが別人だと信じられるんだ?」
そうヒロシに訊くと
「だってタロウは僕の稽古に毎日来てたのに、突然来なくなるし、それに弱くなってるしさ。」と自信を持って答えてきた。
「そうかい、お前稽古なんて為にならないことやってんのか。がんばれよ」と普通に言ったつもりだったが
「なんだい、お前もか、お前も為にならないとか役に立たないとかいうのかい。頑張れって言うだけまだマシだけど。僕は絶対冒険者になるんだ。」
と子供らしい夢見がちな返答をしてきた。
その夢を今潰すのはあまりにも可哀想だったので、
「そうか、悪かったな。応援してるよ。」と心にもないことを言った。
「本当かい、ありがとよ。僕頑張るよ。そうだ、タロウもならないかい?知ってるかもしれないけど、前のタロウは冒険者目指してたんだぜ?」と言ってきたが
「あ、まあ考えとくよ」とやんわりと受け流しておいた。
「そうかい、僕なんかより才能あるんだから絶対なるべきだよ」と言って走って行ってしまった。