探偵の憂鬱
「謎は、すべて解けた!」
──と大見栄を張ってみたものの、本当は何一つわかっちゃいない。
このハッタリで動揺している奴は……いないか。みんな同じような反応だから区別できない。
さすがにこんなことで犯人が釣れたら苦労しない。そんな弱いメンタルで殺人なんかしないだろう。
「犯人はこの中にいます」
お決まりのセリフで間を持たせる。俺のジッチャンは普通の農家なんだけどな。
「まず、順を追って説明していきましょう」
よし、今までのことを語りながら改めて考えてみよう。それで謎が解ければ一件落着。
ダメだったら……それはその時考える。
すべては、この屋敷の当主が死んだことから始まった。自室の豪華なベッドで首を切り裂かれて殺されていたのだ。大勢の客を招いたパーティを開いておきながら姿を見せない。それを不審に思った皆が部屋を訪ねてみると死体が転がっていたというわけだ。
現場は密室ということもなく、外部の侵入者が物盗りついでに犯行に及んだのだろうと片付けられた。
しかし、第二の殺人が起こった。被害者は来賓として招かれていた某製薬会社の専務。深夜の闇を弾け飛ばすような破裂音に驚いた一同が集まった先では、専務の頭が粉々になっていた。
状況を整理して、屋敷の上階からこのレンガ目掛けて落下したのが死因だろうという結論に落ち着いた。自殺と考えて皆が目を逸らす。遺書も見つかっていないのにな。
そして第三の殺人。今回死体になったのは屋敷専属の料理長だった。自分の仕事場であるキッチンの片隅で、いくつものパーツに分解されていたのだ。むせ返るような血の臭いがリアルに思い出される。
近くには業務用と思われる大きな肉切り包丁が数本放置されており、こびり付いた血液と肉片から凶器に使われたのは簡単に想像できた。
ここでようやく、これは連続殺人なのではないかと皆が騒ぎだした。そうすると、必然的に生まれてしまうものがある。
疑心暗鬼──犯人は誰か。もしかしたら、今隣にいる奴が凶悪犯かもしれない。自分の身は自分で守らなければ。誰も信じられない。
誰もが集団行動を取ることを嫌い、他人と会いたくなくなっていく。
そうなれば犯人にとって動きやすい状況となる。獲物を刈るには恰好の場が出来上がってしまったのだ。
殺人のペースは上がっていく。その夜が明けた翌朝には、新しい死体が三つも転がっていた。一夜にして倍増した死者の数。残された人々は叫び、震え、自室に閉じこもった。
そんな日の正午。屋敷は深夜のように静まり返っている。おかげで俺も落ち着いて事件について考えることができた。
しかし、考えることができても答えが出るかどうかは別問題。いくら頭をひねっても、無残な死体の記憶しか浮かばず、恐怖に震える結果となってしまった。
そもそも、どうして俺が事件の真相を推理しているかってところも馬鹿らしい理由だ。元々この屋敷に俺がいるのは、上司の付き添いで来たからなのだ。
そして、上司というのは興信所の所長。つまり俺は探偵秘書──という名の単なる雑用係だ。推理や捜査は完全に専門外。そういえば、上司が推理しているところを見たことがない気もする。
だったらその上司が推理すればいいと言われるかもしれないが、残念ながらそれは無理な話だ。なぜなら上司は物言わぬ肉塊になってしまったからだ。
今朝増えた三つの死体。その内の一つが上司だったのだ。首に荷造り用の紐が深く食い込んでおり、それで絞殺されたのだろうことは明らかだった。
さて、続く殺人にパニックに陥った皆は、わけのわからないことを言い出した。お前は探偵の助手なんだから推理くらいできるだろう? と。
変な集団心理が働いたのか、あれよあれよと俺はこの事件の探偵役に仕立て上げられてしまったのだ。断れるような雰囲気ではなかったし、皆の心理を考えれば仕方ないとは思うけどな。
それでも俺は俺なりに頑張った。不自然な行動をした人物はいなかったか。殺人の動機を持っていそうな人物はいないか。共犯という線は考えられないか。
お決まりのように電話線は切られており、携帯電話も圏外、唯一の道である吊り橋は崩壊済みという閉鎖空間に屋敷は置かれていた。誰かが異変に気付いて来てくれるまで、少なくとも一週間はかかるらしい。食料は十分にあるというから実によくできている。
日か経つにつれて皆の精神はすり減っていき、反比例するように死体は増えていった。時には一体、またある時には複数体。
そんな中で徐々に皆の考えが変わり、団体行動をした方が安全なのではないかと言い出す者がいた。そうしたら後は早い。大波に乗るように流され、皆が固まって行動するようになった。
互いに監視を怠らず、とても脆い信頼関係の上に成り立つ集団。部屋にこもりきりという状態から脱したのは、確かに収穫だったと言える。食事だって皆で食べるようになったしな。
そんなこともあり、少しだけ考える余裕が生まれた。これだけの殺人を行うということは、動機なんでないのかもしれない。ただ人を殺すことだけが目的の、快楽殺人者。そんな可能性も浮かんでくる。
ただし、誰が犯人かということまではどうしてもわからなかった。でもこの状況をなんとかしたい。だから俺は、一念発起して行動に出たのだ。
とまあ、そんな諸々のことがあって、俺は結局のところ結論を導けずに解決編を演じることになったのだった。
事のあらましを話し終えて、改めて集まった皆に視線を巡らせる。
……ん? なんか違和感があるような。相変わらず淡白な反応をしてくれる人々の数を確認してみる。
「あれ? なんで……」
足りない。
数え直しても同じだった。足りないのだ。
「まさか……」
思わず呟き、再び回想する。今までに殺された人の数は十二人。招待客や屋敷の主人などを合わせた、最初の総人数は二十七人。
そして、今ここで俺の目の前に集まっている人の数は──十五人。
ほら、やっぱり足りない。数が合わないじゃないか。
生存者の十五と死者の十二を合わせたら二十七。それっておかしいじゃないか。
「……俺は、もしかして」
だって、その計算に俺が入っていないじゃないか。
目の前にいるのが十五人なんだから、この場にいる生存者は俺を含めて十六人でなければいけないはずだ。
でもそうしたら、数が合わなくなる。一人多くなってしまう。どこかで重大な間違いをしているのではないか。悩みながら顎に手をやる。
考えごとをするとつい出てしまう癖なのだが、この時は大いに役立った。
「そうか……俺は、もう」
かざした手は半透明で、酷く不安定に揺らめいていた。
これが、俗に言う霊体ってやつだろうか。
「俺も、殺されていたんだ」
今では明確に思い出せる。推理に行き詰まった俺は、気分転換に部屋の外へ出てしまったのだ。あてもない屋敷内の散歩をしつつ、何か手掛かりでも見つかれば儲け物と考えていた。
まだ明るいからと油断していた。突然後ろから羽交い絞めにされ、物陰へと引きずり込まれた。何が起こったのか理解する間もなく、俺の脳天にハンマーが振り下ろされて──。
そう。俺は自分が死んだことも忘れて推理に没頭していたのだ。自分の声が誰にも届いていないなんてことにも気付かなかった。
「くそっ、今になって犯人がわかるなんてな」
一人ごちる。あの瞬間、俺は確かに犯人の顔を見た。そいつは目の前に集まった奴らの中にいる。何事もなかったかのように優雅な食事を楽しんでいやがる。
「俺には何もできないのか……」
呆然としながら、俺は深い溜息を一つだけつく。
今まで味わったことのないくらいにとんでもなく憂鬱な気分は、それでも晴れることはなかった。