女神聖祭 Battle of Crusaders -3-
———解放。
それは見たまんまだった。スプリガンとの混合種だと名乗ったゴーギャンは、自分の中の魔力を解き放つ。
リトルビットの小さな身体に凝縮されていた筋肉が、その本来の質量に合わせた大きさへと変貌を遂げた様に思えた。
まさに巨人である。超絶巨大とは行かないが、それでも3メートルはゆうに超えるだろうな。
「この状態になると、スプリガンの血が騒ぐんだ。———手加減はできねぇぞ? 死んでくれるなよ?」
飄々としていた雰囲気から一点。より一層凶暴性を増し、鋭くなった視線を向けると、巨人とは思えない程の早さで肉薄する。
リトルビットとしての速さを失わずに、コレだけの質量の物体が高スピードで迫ってきた場合を想像してみる。
ダンプカー以上だ。
いや、電車に跳ねられた時の衝撃の方が近いのかもしれない。
「貴方こそ忘れない様に。ただの力だけで物事を制圧できると思ったら大間違い他という事を」
流石に巨大化してしまった相手に柔術は使い辛い。いや、逆に掛けやすくなっているのかもしれないが、このスピードを受け流し、自分の力として利用できるかと言ったら、俺の柔術は達人の域まで言っている訳じゃない。
簡単に言えば無理だ。
だが、相手が高スピードで、高質量で迫って来たとしても。
いくらでもやりようはある。
身体だけは丈夫に出来てるからな。
『クボヤマ! 巨大化し迫り行くゴーギャンにどう対応するのかァッ!? あああっ!? クボヤマいきなりしゃがみ込み、両手を地に着けた!? こ、これはッ———!?』
「ハッ!!!!!!!!」
『と、止まったああああああああああ!!!!!!! 流石ゴッドファーザー!!! 恐ろしい速度で狭い来るゴーギャン・ストロンドをピタリと止めてしまった!!! 一体何が起こったのか!? 激突の瞬間が速過ぎて見えませんでした!!! 二人が止まっている場所には大きな地割れが出来ている!!! この衝撃、計り知れません!!! こっちにも爆風の様な物が飛んで来た様に錯覚しました!!!!』
相変わらず喋りが止まらない野郎だこと。まさしく実況向きと言う訳だ。
ただいまの様子が、中継カメラを通して、闘技場の上空に空鯨と共に浮遊している運営から化してもらった巨大モニターにスロー再生で映し出されていた。
『さぁ、問題のシーンデス。うるさい実況に変わってワタシが解説シマース!』
おい、マジか。
聞き覚えのある声が、闘技場に響く。
『彼が両手をつけマシタ。ここでストップ。この体勢、何処かで見た事がありマス。相撲中継デスネ!』
『そして、スーパースローカメラですらコマ送りにした状況なのデスガ、次の瞬間には彼が消えてマス』
『謎は迷宮入りなのかあああああああああ!?!?!?』
『イイエ、コレはカメラに写りえない程のスピードで彼が動いた結果にしかならないのでデス。つまり、ワタシもどういう事か判りません!』
漫才でもやってんのかよ。
思わず転びそうになるのを我慢する。
「寸分狂わず、俺の突進力を相殺するなんてな。てめぇもとんでもねぇ野郎だぜ」
「キングクラーケンとぶつかり合いをした経験がありますからねッ!」
ガップリ四つのようになった体勢から、そのまま下手投げにて転がしに掛かる。超絶重たい。身体が巨大化してる分、重心をズラすのがかなり難しくなっているので、パワーのみになるのだが、先ほどのぶつかり合いで思いのほか力を消費してしまったので今ひとつ決め手にはならなかった。
「良くわかんねぇ武術を使いやがって! マジで神父職なのかよ!?」
「おぶッ!」
頭をわしづかみされ、そのまま押しつぶされる。投げようと踏ん張っていた体勢だったので、簡単に叩き付けられてしまった。
そして逆にマウントポジションを取り返され、ボコボコと拳を連続で叩き付けられる。もちろん両腕で顔面はガードしているのだが、時間が経てば腕ごと粉砕されかねない。
神聖なる奔流にて力を放出すれば、彼を消し飛ばす事も可能だ。むしろ、安全に行くなら天門にて転移すれば良いだけなのであるが、コイツには身体のぶつかり合いで勝つ必要がある。
プライドから徹底的にボコボコにしてやらなければな。
そう言う訳で、俺はガードしながらこっそり靴を脱いだ。足の指を少し体操させて柔軟に動く様にする。
そしてマウントポジションを取り、俺を殴り続けているゴーギャンのゴリラの様な背中の毛を、足の指で摘むと一気に引っ張った。
「あでぇぇええええええ!!!!!」
『く、クボヤマ! いつの間にか靴を脱ぎ捨てて裸足でゴーギャンの背中の体毛を毟り取ったああああああ!!! これは痛いぞ!!!』
実際には背中まで足が届かなかったので、腰付近の体毛なのである。
毟られた部分に手を当てたゴーギャン。攻撃が止んだ。そしてマウントポジションに押さえつけていた部分が浮いて隙間が出来ている。
脱出のチャンスである。
俺はゴキブリの様な素早さで、彼の下を這いずり出た。
「てめぇ! マジで馬鹿にしてんのか!? マジでキレちまうぜ!?」
「戦いってのは生き残ってなんぼ何ですよ。馬鹿弟子にも見習ってほしいですね。泣を入れるぐらいなら、卑怯な手を使ってでも生き残って逃げろってね」
「……へぇ。良く知ってんじゃん」
「同時に貴方の弱点もわかりましたけどね」
そう。彼の弱点は、卑怯な所を突かれると、脆く崩れ去ってしまう所。
故に彼は正々堂々と力で真っ向から勝負を仕掛けて来る。自分の力を誇示して相手を同じレールに載せてこそ、彼は本領を発揮できるのでは無いか。
「……それがどうしたんだよ。卑怯な手を使っても真っ正面からぶち破ってやるぜ? この俺の筋肉でよ」
「いや、別に責めてる訳じゃありません。———逆に私もそう言うのは嫌いじゃないですよ?」
『く、クボヤマが脱いだあああああああああ!?? な、なんだあの背中の傷は!? と、いうか意外と絞り込まれている体つき。コレが今の神父のトレンドなのか!?!?!?』
ゴーギャンに合わせる様に俺もいつも着ている上着とカッターシャツを脱いで上半身裸になる。
実況の近くで『キャァー役得デスゥー!』と聞こえたが気にしない。
「どういう事だ?」
「喧嘩に種族も何も関係無い。って事ですよ」
動きを確かめる様に軽く肩を回す。頭の中で俺の急な脱ぎっぷりにざわめいているモン○ッチー共を無視しながら、ゴーギャンに近づいて行く。
「聖域・範囲指定。設定領域内を神聖なる奔流で満たせ」
闘技場のバトルフィールドが、今俺達が立っている部分を残して全て消滅した。この様子を見ていたゴーギャンが目の色を変えて驚愕する。
「……何故最初からソレをつかわねぇ……?」
「貴方は正面から殴り倒したかったからですよ」
「まだ根に持ってんのかよ! マジでしぶとい野郎だな!」
長方形に残された小さなフィールド上で、俺達二人はニヤッと笑った。
「あーあ。どうすんだこれ?」
そう言いながらゴーギャンは巨大化を止めて小さくなって行く。
「貴方もよく理解なさっているようで…。気絶して倒れた方が場外負けですよ!」
「勘違いすんなよ。せっかくお前が真っ正面から殴りに来てんだ。俺もてめぇのツラを殴りやすくする為だよ。あとな、コレは本気の中の本気なんだぜ?」
ゴーギャンも本筋を感じ取っている様だった。予測だが、巨体化は、スプリガンの血に従い、純粋な魔力とパワーを増大させる様な物なのだろう。
だがこの戦いは違う。場外に倒れた方が負けなのである。
ゴーギャンの土俵に上がっている様に見せかけて、実際は俺の土俵なのだ。どれだけ身体が痛み付けられても、気絶しなければ、参ったと言わなければ負けは無い。
そして俺は圧倒的なマインド値。
いや、精神力の塊と言える程の人間だ。
それに対抗する様に、ゴーギャンもリトルビットとしての本来の身体に戻ったのである。だが、本気中の本気と言っていた。
もしかしたらスプリガンとしての凶暴性も兼ね備えているのかもしれないな。リトルビットは自由を求めて旅をする。そして誰よりもその心は縛られない。
小さき種族故に、困難もより一層多くある。だが、それに打ち勝つ程の心を持ち、おとぎ話や酒の会話に出る程に繁栄した種族なのである。
ドワーフは頑固で。
ミゼットは柔和で。
リトルビットは自由なのである。
その精神も。
ゴッ!
俺達は同時に殴り合った。
お互いが戦い方を判っている風に、お互いの拳を避けずに、構わずに殴り続ける。
———彼の拳の一発一発が重たい。
———コイツの拳は妙に効きやがる。
———響く様に俺にダメージを重ねる。
———この痛み、懐かしいぜ。
———確かな意思がそこに宿っているのを感じる。
———真っ直ぐな目をしてやがるなぁ…。
——————本物だ。
『殴り合いデスマッチ!! 最後まで立っていた勝者は——————クボヤマあああああああああああああ!!!!!!!!』
こんな展開じゃなかったんです。
なんかもっとクボヤマが最強必殺技を使ってそのままゴーギャンがぎゃあああって負ける予定だったんです。
どこからこうなった?