対魔王戦
「てめぇが散々邪魔してくれるから、俺自らお前を殺しに来てやったぞ」
空中にてそう宣った黒い衣服を身に纏った子供。彼は、そのまま顎をクイッと動かすと、それが合図だったようで俺目がけて大量の雷が襲来する。
一撃で天門を破壊する程の力を持つ雷撃である。それが、ぱっと見ただけでも十数発以上纏めて連続的に俺を襲う。慌てて飛び退くが全部を躱しきれる事が出来ない。
(フォル! クレア! 自動治癒と聖域の発動を早くしてください!)
(だ、ダメなの! 雷撃を受けた傷跡に理解不能な状態異常が発生して、復元が出来なくなってるの!)
(く、聖域も雷撃の大本である空に近づかない限り、展開が出来ませんんん!)
着地に失敗して転ぶ。
立ち上がろうとすると、力が入らずに転んでしまった。
「うぐッ……」
「とんでもない生命力だな。本当に人間か?」
右腕と左足を付け根から、右足はくるぶしから消し飛んでしまった半分ダルマ状態で呻く俺を見下ろしながら、彼は腕を組む。
「ま、こんなもんだな。てめぇには、ただ憂さ晴らしだっただけだし。図に乗って勝てない喧嘩をしたベラルークも悪い。仕えない部下を持つと大変だぜ……さて」
まるで遊び過ぎて壊してしまった人形を見つめる子供の様な目で俺を観察していた彼は、ニヤッと笑いながら続ける。
「第五都市を落としたお陰で中央聖都の結界も弱まってるし、あとは一番厄介だった聖王都に封印された邪神の力を目覚めさせれば完了ってこった」
「やはり……人間の大陸にもあるんですね。邪神教」
「はは、むしろ、何故お前らの場所に無いと思ったんだ? 邪神教はお前らが考えるより遥かに古いぞ。それこそ神時代よりもな」
不可思議な力が働いて、治りが遅かった手足も回復の目処が立った。闇の空から放たれる雷には、聖なる力が働きにくい効果が備わっているようで、部位欠損以上の大けがを一瞬で治す事が難しいんだそうだ。
コイツ、天敵だ。
「貴方は一体何者なんですか?」
「こっちからすれば、お前らが何者なんだって話だけどな」
嘲笑う様に質問に質問で解答される。
全く持って話が進まない。
まるで俺の事など眼中に無いかの様に、子供姿の何かは無防備に空に浮かぶ。小馬鹿にされているようだ。俺の腹の中でもふつふつと、ベラルークとの戦闘で昇華不良だったモノがわき上がって来る。
「わぁお! 相変わらず化物性能だな! 奇人法王とはまた違った力の使い方だ!」
雷の効果による邪魔もクレアが全力で聖域を発動させ中和させた後、フォルが自動治癒にて身体を再構築させる。その時、俺の体内から外に溢れ出した神聖力を糞ガキに放出する。
ま、あっさりと躱されたが。
それを皮切りに、糞ガキは上から雷を。俺はしたから神聖なる奔流を張り合うかの様に連続で射出する。
どちらも光の速度でぶつかり合い、轟音が幾重にも渡って聖王国の広々とした草原を駆け抜ける。
「邪神の力を取り込んだ魔王の雷をここまで防ぐなんて、本当にとんでもねぇな。やっぱり殺しに来て正解だったぜ」
「魔王の雷……って事は貴方が邪神教のトップという事ですか?」
「どうだろうな? まぁ、これほどまでに邪神の欠片を集めた奴は、どこを探しても俺くらいしかいないだろうぜ?」
糞ガキはそう宣いながら魔王の雷を連射する。まるで子供が向きになったかの様に、此方の弱点を執拗について来る辺り——。
このままこの状況が長引くと、確実に俺が殺気の二の舞になる事を知っている様だった。実際にジリ貧だしな。
向こうは指先一つで何発も闇からの雷を射出できるのに、俺は連発と言っても俺単体から必死こいて上空へ向けて神聖なる奔流を撃ちまくっているだけに過ぎない。
(クボ! 明らかにステージが違うの! エリック神父と同じ域に存在する物なの。このまま無駄撃ちを続けると、その他の機能に影響が出かねないの!)
フォルから叱咤の声が響く。ゲーム的に言えば、MINDの塊である。全ての技が膨大なMIND値によって賄われているに過ぎない。いくら大量に精神力を持つ聖核であっても、使いすぎればそれはいずれ枯渇する。
(意外と早く、そのレベルの敵さんが来てくれましたね)
(よ、予想外なの)
(しゅ、しゅこし疲れましたぁ〜)
いかん。クレアが疲れ始めている。
ってか聖核であるお前が疲れるって一体どういう事だよ。
「聖域!」
「ん? その光線攻撃はもう終わりか? お次ぎは広範囲結界魔法でガードってか? 生半可なモノは通じねぇから……おろっ?」
神聖結界魔法であれば、即行でぶち破られて全く持って結界の意味を成さなかったであろう。糞ガキは意表をつかれた様な声を出す。
それもそのはず。
聖域は物理的なモノを弾く為にあるのではなく、魔力干渉によって自分のフィールドを強制的に作り出す作用を持つ。
魔力によって作り出された攻撃は、聖域の前では無に等しい。ゆくゆくは自分に敵性を持つ相手にのみ適応される常時発動型へと改善して行きたい所であるが、今は防御用の技としてこんな物でいいだろう。
てか、地を司ると豪語していたベラルークの魔力を圧倒する程の聖域である筈なのに、この雷を完全消滅させる事は出来ず、逸らす事しか出来ない。
「うざってぇけど面白いな! おらおらおら!」
どこまで壊れ性能の威力を誇る雷なんだよ。
このままでは、聖域もガリガリ削られかねないので即行手段に移す。
「天門! 誓約の聖十字!」
聖火はまだ使わない。
コイツは絶対に必殺技を持っている。俺の経験が告げるのだ。
基本的に戦闘って取ったもん勝ちが後だしジャンケンだからな。正々堂々ジャンケンしましょうなんて無い。ジャンケンするまでもなく一瞬で蹴りがつく、もしくは、後出して手の内を読み合いながら探って行くしか無い。
そもそも、エリック神父と同域に存在するのであれば。真っ向勝負で勝てる筈も無く、一瞬で勝負を決めなければならない筈。それも、一撃必殺の技を持ってしてだ。見切られたら確実に次は効かない。
天門にて上空に転移した俺は、隙をついてオース・カーディナルを放り投げる。相手も俺の弱点属性であるが、俺も相手の弱点属性な筈だ。神聖な力を宿したオース・カーディナルならば物理的なダメージも与える可能性を見いだせるかもしれない。
断じて、この巨大な十字架をぶっ壊してくれたら良いなとか思ってないからね。
そして糞ガキは、転移した俺の動きにも余裕で対応して来る。なんで一瞬で移動してるのに既にこっちを向いてるんだよ。あの時殴られた記憶が蘇る。
だが、それがあったお陰で今の俺には隙がない。この状況でも攻撃を放って来る奴がいる事を知っているから。
「雷落とした時から疑問だったけど。ソレ、ただの転移門じゃないな? 転移門だとしたら確実にもっと時間がかかる筈だぜ」
「元々は邪を昇天させる為の攻撃技だったんですよ」
「なるほどね。ハァ、魔法じゃない理屈で動いてる奴が一番面倒なんだよな……まぁいいや。取り込んじまえば問題ない闇の深淵」
糞ガキの目から光が消える。光すら吸収し尽くしてしまうブラックホールの様な瞳が対象を見据える。
すると、虚空から黒い腕の様な物が出現し輝くオース・カーディナルを拘束する様に包み込む。糞ガキの下方に出現させ、オース・カーディナルごと押し込めようとした天門も、同じ様に黒い腕が包み込み、同時に消滅させた。
「……この糞ガキ」
「おいおい、誰が糞ガキだって? サタン様か魔王様って呼べよ。格上だぞ?」
思わず悪態をついてしまうと、嘲笑うかの様だったこの糞ガキ。いや、魔王サタンの表情が少し変わる。
NGワードでも出してしまったか。
十中八九、糞ガキって言葉だな。
「しかし、他にもやる事あんのにすげぇしぶとい奴だな。もういい加減面倒だ。とりあえず一遍死んどけ? ———闇の深淵」
瞳に現れたどこまでも深い闇は、全ての物を吸収する。冥界で現れたベヒモスと同質もしくはそれ以上の力を宿しているコイツは、正真正銘の化物だ。
幾重もの黒い腕が俺の身体を締め付ける様に包み込んで行く。これに包まれてしまうと、何やらとんでもない事が起こりそうだ。
プレイヤーである俺は身体を奪われる心配は無いが、その身体の力の一端を奪い尽くされている感覚がする。この世界で戦って来た俺の身体の記憶というか、歴史というか、蓄積された経験が奪い尽くされている様だ。
このままでは、聖書と聖核がヤバイ。
第一、この攻撃から推測できる。魔王サタンは、プレイヤーとこの世界の人を区別する事が出来る程、世界を知っている。
俺が知っている人物の中で初めからプレイヤーの事を理解していた人物。それはエリック神父だった。
やっぱり化物はどこまで言っても化物で。俺がどう足掻いても勝てる相手ではなかったのかもしれない。
だが、悪あがきだけはさせてもらう。
完全にジャンケンだと負け確定の状況だが、俺の愛する二人を吸収されるくらいなら、俺は負けても良い。
俺の中では、二人を守れれば勝利と言えるからな。
(フォル、クレアを連れて今すぐ私の精神空間から離脱してギルドの大聖堂に安置されている聖書の中へ戻っておいてください)
(でも! 貴方はどうするのなの!)
(良いから早く! コレに取り込まれるとマズいのは判っているでしょう?)
(……わかったの。絶対またいなくならないでね)
声だけなので表情は判らないが、雰囲気から伝わって来る物がある。フォルは頭の良い子だ、色々と考えた上で納得してくれて助かった。クレアは、どうすれば良いのか判らず押し黙っている様だった。
それにしても"また"か。
前科持ちだもんな、俺。
とりあえず、戻って来いよ"でっかいの"。
まだ誓約は残ったままだろ?
「お? 俺と同質の力を、お前も持ってたんだな? 流石だぜ、ゴッドファーザー」
フォルとクレアが念のために残してくれた力が有る。聖火を一発分放てるだけの力。奔流に例えれば数十発分という意外と多そうに見えて、実はなけなしの力。
俺を包み込んでいた黒い腕を、聖火によって燃やし尽くす。
浄化の炎はコレでおしまいだ。
俺の意思に従って戻って来てくれた誓約の十字架を持つと、消滅しかかっていた黒い腕を踏み台にして十字架で殴り掛かった。
「やけくそ君に敬意を評して、俺も一つ本気を見せてやんよ。まだ出力は万全では無いが、これでも八割くらいは出せるからな———災禍」
異常気象に天変地異だ、神の災いだ。と大騒ぎするも、自分たちの仕事を全うするべく今は亡き第五都市へ向かう商隊の最後尾を任されていた一人の青年は、出会った一人の神父の言葉を反芻していた。
今の闇に包まれた天よりも、大事なのは今後の自分の身の振り方なのだ。と商人故に判っちゃいるが、彼は聖王国の商人である。信仰は誰よりも深い。
その神父が進めてくれたものに対して、断りを入れてしまうなんて言語道断なのである。そう考えると自ずと答えは一つに決まっているのだった。
闇に染まった空に救いを求めても、手を差し伸べてくれる者はいないであろう。そう、今は自分自身で考えるべき時だ。
神妙な面持ちで闇の空を眺める青年は不思議な物を見た。
輝く神父と大きな十字架。
そして、何者かによって攻撃された神父は力を失った様に落下しながら大きな十字架と共に塵になって消えて行ったのである。
青年は思った。
(神がヤバイ!!!!)
笑
闇の深淵はもちろん拘束ペナルティがあります。
力を削ぎ落とされますので。
 




