中央聖都ビクトリア5
オラン・リラ・サルマンは、まだ魔大陸へ移動を開始して居ないらしい。何者かに諭されたのか、俺がギルドへ戻って来ると、中央聖都ビクトリアから逃げる様にして自分の治める市街へ。
セバスの予想では、第三者の介入が予測されるんだとか。
十中八九、悪魔の仕業だろうな。
法王が守るこの土地でも、耄碌してしまった老獪達は手に負えなかった。忍び寄る魔の影に、人間の欲望なんぞひとたまりも無い。
如何に他を出し抜くかに執着心を置いた信仰心の欠片も無くなった馬鹿に、悪魔の誘惑に耐えきれる程の精神力があるものか。
特にサルマンは、その傾向が強かったらしい。
この騒動をあえてクエスト風に言うと、特務枢機卿専用クエスト『欲に溺れた枢機卿を粛清しろ』とかそんなんだろうな。
そう言う訳で、長旅の準備をする訳でもなく、ただ隣の市へと移動するだけの作業なんだが、敵さんのホームだからな。
どんな罠が待ち構えているかも判らない。
俺はともかく、マリアだけは確実に死なない様にしなければならない。
まぁ最悪一人で行って帰ってくれば良いだけの話なんだが、彼女がついて行くと行って聞かないものだから仕方が無い。
この光景をエリーが見たらなんと言うだろうか。
連日メールの嵐だろうな。
彼女は今リアルが少し忙しくて帰国しているらしい。どこだっけ、フィンランドかノルウェーのどこかだった気がするけど、俺の思い違いかもしれない。
サルマンを追って、彼の治める市街へ赴く上で、住人への被害だけは気をつけなければならない。流石に、治める枢機卿が民への攻撃を良しとする筈が無いのであるが、追いつめられた鼠は何を仕出かすか判らない。
そして、悪魔が彼の耳元で囁いている以上、市民への被害が無い事は確実とは言い切れないのだ。
天門を使えばすぐ移動できる距離であるが、そう簡単に手の内を見せる事は辞めておこう。
邪神の存在が関わっている事が強いのだ。ただでさえ、コレまでの旅路で仕出かした事が枢機卿達の合間で広がって、ゴッドファーザーの噂にまで発展しているんだ。
うん、情報は大事である。
派手にやらかす事は少し自粛しよう。
セバスと共に情報整理をしていたら少し出発が遅れてしまった事もある。聖王国はかなり広い、だが中央聖都からその七つ都市へのアクセスは容易である。
道が整備されているからな。その他の通行人に気をつけて飛ばせばすぐつくであろうが、あまり派手な動きをしない様に、今回ラルドは連れて行かない事にした。
ラルドの竜車を使うと、すぐにバレる。
もっとも、セバスが駆り出している事が多いので、ラルドも運動不足になる事も少ないが、ウチの子は少々特殊個体と化している様だった。
走竜種の進化とは言い切れない。竜とは既に完成された種族である訳で、走る事に特化した流として、その他竜種の追随を許さないのだ。
『走竜種』から、『翡翠走竜種』となっている。巨大化して、鬣が雄大に伸び、名前の元になったエメラルド色の鱗は、更に深みと輝きを増している。
発達した足と太い尻尾の一撃は、かつて走竜種を悩ませていた草原竜を追い払う事くらい雑作も無いだろうな。
可愛いラルドは『ギュルル……』と悲しそうな声を上げて、セバスが調達して旅商馬車に乗り込む俺とマリアを見送った。ラルドがこの安っぽい馬車を本気で引いたらすぐに壊れて空中分解するだろうな。
「……いくらなんでも安っぽくないかしら?」
旅商馬車にのったマリアが、セバスに用意された服をその魅惑のボンテージシスター服の上から着ながら文句を垂れる。
もちろん俺にも手渡されている。
俺はゴーグル付きの飛行帽を脱ぐとターバンを頭に巻く。
温度調節機能が施されている『守りの飛行帽』を脱いでターバンを身につけると、少し頭が蒸れる感じがする。コレは飛行帽が恋しいな。
「新情報ですが、第五都市の関所で検問が行われ始めました。なんだかきな臭い匂いがしますね。とにかく検問の目的自体は読めます。クボヤマ様を市街に入らせない為でしょう」
旅商人の格好へと着替えている理由である。
普通の馬車で普通に向かう筈だったのが、いつの間にか潜入作戦へと様変わりしている。ぶっちゃけ、天門があるから意味ないんだけどな。
「ですが、七つ都市にも中央聖都の様な結界が張ってありますので、例え抜けられたとしてもサーチ&デストロイは免れないですよ」
そう言う訳である。
「で、設定は?」
「夫婦の旅商人です」
「わかった」
「ちょ、ちょっと! 夫婦ってどういうことよッ!?」
思わぬ所でマリアが噛み付いて来る。
人通りが多い時間帯を狙って行商隊に混ざって侵入する金魚の糞の様な計画なんだ、四の五の言ってる暇は無いのだがな。
「嫌ですか?」
「え……嫌じゃ、ないけど……」
「なら良いじゃないですか!」
と、俺も空かさず彼女の隣へ乗り込んだ。旅商馬車と呼んでいるが、ほぼ幌馬車に似た様な物である。御者席もかなり密着してしまう形になる。
彼女は自然に俺の腕に組み付いた。
「ふ、夫婦なら、こういう感じよね?」
「フフフ、そうです。マリア様はお上手ですね」
彼女のふくよかな胸の感触が、旅商人の服の下に着ているボンテージ服のアクセサリーの刺と共に伝わって来る。まぁ夫婦ロールプレイなら致し方ないか。
ここはエリーでいう、役得という形で。
参考にする夫婦は、ケンとミキしか居ないのだが、あんまり参考にならないな。
「他設定は?」
空かさずセバスにヘルプ要請。
「マリア様と共に酒商人という事で、その馬車には樽酒の良いのを乗せております。特に売り物でもありませんので——」
「飲んでもいいの!?」
「——はい、構いませんよ」
そう、セバスは微笑んだ。それと当時に興奮したマリアが更に腕を締め付けて、服の刺が凄い食込んで痛い。どうしてSTR依存の攻撃は通じない身体だと言うのに、こうも的確に痛いのだろうか。
彼女が俺と同じステージに立つ者、もしくは、聖職者は高いMINDを持つ。ある程度精神値が高いと通じる様になるのだろうか。でも、相当高くならないと無理だろう。
そう言えば、シスターズを譲ったんだったな。
彼女の中でも少しは変化が起きているのだろうか?
「ならよりリアルに、護衛でもギルドの掲示板に依頼しようか?」
「もう律役しております」
俺の問いにすぐ答えるセバス。
流石セバス。
そうしてやって来たのは、
「おい! なんでてめぇが腕組んでるんだよ!!」
あの、少し前に一緒に食事したパーティだった。
噛み付く様に御者席に座る俺たちを指差すウィルソード。
彼を見た瞬間隣から大きな溜息と共に、俺の腕を強く握りしめる感触が伝わって来た。下心で楽しむよりも先に、マリアの不安感が伝わって来た。
本気で嫌だったんだな。
剣志君、御愁傷様。
今は夫婦ロールプレイという設定でもあるし少し驚かせてやろう。
「剣志さん……あ、じゃなかった」
「殺すぞ!?」
「ウィルソードさん、私達は夫婦なんです。なので、あまり彼女、マリアに執拗に絡むのを辞めて頂けますか?」
そう言った瞬間に愕然とした表情になるウィルソード。
「う、嘘だ! だって最初に違うって言ってたじゃないか!」
「それはそんなに簡単に夫婦だなんて言わないですよ。一応お互い聖職者ですからね。ね、マリアさん?」
そう言いながらマリアの方を向いて、ニコやかに微笑みかける。マリアも俺に合わせる様に若干顔を赤くしながら「そ、そうよね! そうなのよ! ごめんねー!」とウィルソードに追撃した。
ウィルソードは膝をついて絶望を感じている。それを見たパーティメンバーは、腹を抱えて笑っていた。
「私が依頼したのは一定ランク以上のパーティなんですが、貴方達、先ほどから些か礼儀が足りない様ですね? 高い前金を叩いた筈なんですが」
俺に失礼な対応を取ったウィルソードとそれを宥めないパーティメンバーにセバスが噛み付いた。さっき指差していた時点でその指を降りかねない雰囲気をかもし出していたけど、これリアルだったのか。
執事の鑑やでぇ、でも面白いから止めないけど。
「あ? おっさんが依頼者? そう言えばこの庭凄い広いな! 流石福音の女神だぜ! こういう高額報酬依頼の為の窓口も開いてるなんてな! ここはアレだろ? クエスト報酬の交渉の場だろ? 良いぜ、俺は諦めちゃいねぇ! 前金だけで良いぜ! マリアさんを守り切って俺の彼女にするんだ!」
前金だけで良いぜ。の下りで、ギルドメンバーがお前何言ってんの的な表情になった。だが、ウィルソードはべらべらと口を止める気は無い様だった。
「前金だけで良いってのは、男の方は万が一があるかもしれないから——」
「黙りなさい!!!!」
セバスの怒声が響く。いつの間に抜いたのか、剣を仕込んだ杖をウィルソードの鼻先にちらつかせていた。
「あ、この人……ギルマスの……?」
「……いや、執務長のセバスチャンさんだな……」
アオイが何かに気付いた様に青ざめ始める。そして、藤十郎は「……ウィルソードの馬鹿野郎」と言って、目をつむりながら答えを口にする。
ってか、何気に今初めて喋っただろお前。
そして、ギルマスは俺だ。
「先ほどからべらべらと、ここは交渉の場ではありません。そして高額依頼に置ける接待の場でもありません。なぜ、下々の依頼にこの場を使わないと行けないのでしょうか? たかが日雇いハンター如きに? そして、貴方が敵意を向けているお方を存じ上げていないのでしょうか?」
「え? その、これは、ちがって。でも、そっちのオッサンはただの神父でしょ?」
ギルマスだよ!(笑)
もう笑いがこみ上げて来た。
「福音の女神の創立者であり、私達のギルドマスターです」
あー、言っちゃった。
そして、目を閉じたまま頷く藤十郎。
お前、答えを知ってていたな。
「どうも。教団の特務枢機卿で福音の女神のギルドマスターをやっています。今後ともよろしくお願い致しますね」
「へ、へぁぅッ!」
俺がニコリと微笑んで自己紹介をすると、ウィルソードの力の無い声が帰って来た。いや、別に含みを入れた訳じゃないんだけど…。
竜種は食事の質によって強さが変わります。
元々強いんですけどね。
走竜種は、走った分だけ更に発達して行きます。
走れば走る程にその身を更に走る為に強化して行く遺伝子がある訳です。
で、竜が進化する事は、無くもない。です。
マリアとの既成事実が出来ました。




