中央聖都ビクトリア2
魔法と魔術とは括り方の違いでもあります。
魔法の中に魔術は含まれますが、魔術の中には魔法は含まれません。と言うのもまた一つ湾曲した解答で、魔法を人族がより使いやすく導いて行ったものが魔導であり、それを更に細かく術として発展させて行ってます。
判り辛いですね。すいません。
何気に初めて出向く、中央聖都ビクトリアの大教会。
大教会の資料室には、高位の神聖魔法を盗み見る際に一度だけ来た事があるが、それだけである。
エリック神父、いや、ここで言う所の法王エリック。
俺の恩師にあたる彼に呼び出され、俺は聖王国ビクトリアの中心都市にある大教会の頂部へと足を伸ばしていた。
ちなみに、神聖魔法といっても異常状態耐性やら回復やらの高位呪文である。結界や聖撃系は学んでない。
聖撃魔法とは、光属性の攻撃魔法の中でも、少し特殊な聖属性を纏う攻撃魔法の事で、悪魔やアンデットには最強の弱点特攻魔法である。
光属性魔法自体が対魔物相手に幅広く有利な属性で、それを更に魔物の中でもアンデットや悪魔に対象をしぼったものが聖撃魔法という。
幅広く有効な光属性魔法であるが、四大元素の属性魔法に比べるとオールラウンドな分、弱点を突いた際の差が激しかったりする。
例えば、樹木系の魔物に対して光属性を放つより、火属性魔法を放つ方が良いのである。
じゃ、無属性は? となるが、現段階で無属性魔法を攻撃魔法として使っているのはウチのギルドの危険人物のみなので、説明する事は無い。
質量兵器だって?
なんでもありじゃないかそんなの。リアルスキンモードは現実での物理法則に多少乗っ取っていれば基本なんでもありなのである。
だがしかし、そこに魔法やら魔術という不確定要素やらも混在しており、究極物理法則の外を行く事も可能なのであるが、それは圧倒的レベル差があってこそ成り立つ事であって、戦いのステージが同じな場合、物理法則と言う物は重くのしかかって来る。
そんな事を考える俺は、聖撃魔法と言っても聖十字もしくは、聖火しか使えないのであった。とことん物理方面な神父なのである。
仕方ないさ、魔術を扱うには魔力を使う。俺にはそんなINTが無かったんだから、しかもINTも鍛えれば伸びるというのに、間違った鍛え方をしていた俺には何も出来ない。
あれだけやった瞑想も、普通であれば体内の魔力の流れを感じ取りそれを循環させて身体に馴染ませる行為であったりするのだが、俺の場合ひたすら体内の魔力を体外へ放出して外の魔素を感じ取る事を熱心にやって来たんだからな。
フォルが『結果的に魔素という魔力を更に細分化した物を感じ取れる様に地力が育っていたのは良かったの』と言ったので救われました。
普通であれば、体内の魔力の流れを感じ取り、それが発展して体内の魔素を操れる様になってこそ上位の魔術師として認められるそうなのだが、俺はそんな物をすっ飛ばして魔素を操っていたそうだ。
そう言えば、降臨も体外の魔素を掻き集めて消費するスタイルだったしな、何気に雪精霊であったり、聖書や魔物を外に広げた魔力ちゃんを通じて感じ取れる様になっていた気がする。
そして、クロスを通じて聖なる魔力を飛ばす聖十字や体外に魔力ちゃんを永遠に流し続ける修行が実を結んだ結果。
力の源が全てMINDに置き換わったお陰でINTによる稼働制限が開放された。MINDのスペシャリストである俺が、聖核によってその誇れる魔力を存分に扱う事が可能になったのである。
——そう、溢れ出る聖なる力の奔流は、聖核によって制御され、相手を飲み込む破壊力を生み出す。
「——強く……なりましたね!!」
元々聖撃魔法は、光属性を内包する。
それ故に、その攻撃速度は光速。
「コレを回避するなんて! 化物ですかッ!?」
法王エリックは、力任せに振る舞う俺の聖撃魔法を回避し、さらに反撃を仕掛けて来る。
聖核に溢れる力の事を神聖力と名付けた。それは、透き通る様に純粋な浄化の力であって、聖核によって体外の魔素を無限に置換できる機能も備わっていたりする。コレはクレアが降臨を元にして勝手に作った機能なので誰でも出来るだろう。
故に、魔術や魔導などでは生温い程の力を持つ。
『神聖なる奔流』は、純粋なる魔法であってコレ以上も以下もない。
「最近貴方は巷でこう呼ばれているそうですね! ——ゴッドファーザー」
「この世界の噂の広まり方って本当に尋常じゃない位速いですよね!」
「貴方は私の愛弟子として、有名ですからね! あと、私が広めています!」
「ありがたいお言葉ですが……法王てめー!!」
「おっと、何故逃げるんですか? 接近戦は貴方の得意分野でしょう?」
遠距離での戦いは埒が明かない。
法王は接近戦を仕掛けて来る、だが俺は過去のトラウマから否応無く距離を取ってしまう事を強いられている。そして、距離を取り逃げ回りながらだと隙が出来やすく、動きが読まれやすいので光の速度で放つ『神聖なる奔流』も躱されてしまうという訳だ。
今戦っている場所は、法王エリックのプライベートエリアである。
ああ、過去のトラウマが蘇るようだ。
だがしかし、今の俺にはフォルやクレアがついている。
(そうなの!)
(が、がんばるです!)
そう意気込んだ所で、法王エリックの動きが停止した。
人が覚悟を決めた所で、一体どうしたというんだ。
「その神聖力の波動ですが、似ていますね。神の力に限りなく近づいた聖なる力と言う物なんでしょうか?」
「いいえ、コレは運命の女神フォルトゥナと聖核クレア。神と聖なる力の塊が合わさった物です」
「そうですか。ああ、確かに」
法王な何かに納得した様に頷く。
「——女神の力を受け継いでいるんでしたね」
どこまで知っているんだこの人は。
言い当てられた事実に、俺は返答が判らず息を呑む。
「流石新神の力ですね。ですが、この世界の人間ほぼ全てから信仰されている女神の本元を知っておいた方がいいでしょう」
そう言った瞬間、法王の右手に一冊の白い本が生まれた。それは俺の運命の聖書の様にシックな金具が飾られていたりとか、そんなものではなく、ただ純粋に白い一冊の本だった。
「——女神聖典」
今回、神聖なる奔流以外にも本気を出せば勝てると踏んでいたんだが、どうやらかなり難しいようである。
運命の聖書と同じステージかつ、最上位の物が出て来たのだ。
(あ〜お姉ちゃんなの!)
(え、フォルちゃんのお姉ちゃん!? は、初めまして)
黙れモ○チッチ共!
「そ、それは……?」
「御察しの通りですよ。貴方が聖火を使用できる事は彼女を通して把握していますよ。そして、そんな私も同じ様に限定条件かで聖光を使う事が出来ます。それは、この女神聖典を顕現させている時です」
(上から来るの!)
「———ッ! 運命の祝福!!」
眩い光に包まれて、俺の身体は一瞬で蒸発した。だが、聖核に施した運命の祝福により一瞬で再構築される。
それは、一時期不死身と謳われていた頃の自分が受けると、その身の回復さえ間に合わない圧倒的な力だった。
(クレア! 大丈夫か?)
(フォ、フォルちゃんが守ってくれました!)
(クボは平気なの?)
俺は二人が大丈夫ならきっと無事である。
「更に不死身性能が増しているようで何よりです。遠距離から攻撃して来るなんて、ちょっと師匠より強くなった所を見せて驚かせてやろうと言う意思が見えましたので、ノーモーションによる聖光をお見舞いしてみました」
「私も師匠としてのプライドと言う物がありますからね」と、テヘペロする法王は、本当に洒落にならない。
確かに、少し勝てるとか思ったけどさ、死んだらどうすんだよ。
「……おっかないですね……」
「師とはそう言う物です」
それは貴方の理想でしょうが。
「どうします? これで私は貴方と同じステージですよ。……お互いに本気を出しましょうか」
そう言いながら法王は懐から十字架を取り出すと「クロス・マテリアル」と呟いて、額に当てた。額に当てられた十字架は吸い込まれる様に法王の額に埋まって行く。
(クボ。信じられないかもしれないけど、今法王の存在が聖人化したの)
フォルから衝撃の事実が告げられる。
くっそ、なんでもかんでも一つ上を行く法王だ。
(俺の相手って、毎回途中で凄いパワーアップしたり、強いのだったりするよね)
(それ、もう毎回で慣れたの)
(はいです〜)
それもそうか。
それじゃ、今回も必死こいて生き抜きましょうかね。
「聖火!」
再び消滅させんとする閃光を、同等の神の力である聖火を用いて弾く。これで法王の聖光に対応できる事が証明された。
今まで『神聖なる奔流』の放出に使っていた力を、全身に満遍なく満たして行く。降臨状態よりも上の顕現よりもまたさらに上の聖化である。俺は聖人になり得ない、だが聖核と聖書の力を借りて三位一体になる事は可能なのである。
本気を出した俺達の戦いは、光の速度で進行する。
天門を瞬時に展開し、後ろを取る。そのままチョークスイーパーの要領で首を捕り圧し折ろうかとも考えた。
だが法王はそんなに甘くない。
まるで気付いていたかの様に後ろを取ったと思った瞬間、法王が此方を向いていた。一瞬だが、天門での転移をミスったかと思ったが、それは無い。
フォルが管理しているからな。
だが、法王は此方を向いていて「及第点です」の一言と共に掴みかかる事から咄嗟に殴る事に変更した俺の腕を利用してクロスカウンターを顔面に決めた。
俺の拳は、またしても法王に届かなかった。
同じステージに居る者同士の戦いは、物理法則に乗っ取って、俺は相応の打撃ダメージを負ってしまった。聖人になった法王は、単純なSTRダメージ無効の俺の身体に、MIND値にダイレクトで強烈な一撃を与えて来る。
そして、俺の意識は吹き飛んだ。
———
「ふむ。なかなか良い連携でしたね。北の聖堂へと旅路はお疲れ様でした。では、仮で担ってもらっていた特務枢機卿の役職ですが……」
え、これでこの雄臭い十字架からも開放されるんですか?
マジですか?
「正式に特務枢機卿として認められます」
盛大にずっこけたよ。
法王の執務室で、ええ。
「法王様」
「エリック神父でいいです」
「……エリック神父。私は、もうお腹いっぱいなんですが」
もう勘弁してくれな俺に対して、少し影の入ったいつもと変わらない笑い方でエリック神父は告げた。
「ははは、何を言ってるんですか。もう引き下がれない所まで貴方は来ているんですよ?」
「エリック神父だって、始まりの街の教会で神父やってたじゃないですか!」
「もちろん法王の責務はちゃんとやってますよ? 貴方もやればいいじゃないですか」
この人は、更に魔法学校の理事も行っているし、各国に精通する雲の上の人物なのだ。
そんな仕事人間と一緒にされたくないね。
これ以上駄々をこねるのは辞めておこう。
「貴方に贈る物が、ちゃんとした役職の他にもう一つあります」
エリック神父は、そう言いながら懐からあの懐かしきクロスを一つ取り出して、俺に手渡す。
「……クロスたそ」
「たそ?」
「いえ、何でも在りません」
危ない所だった。
危うく、危ない人間だと思われてしまう所だった。
「無事に北の聖堂から帰還して、その道中の貴方の活躍は伺っています。お疲れ様でした。このクロスも再び貴方の元へ戻る時を心待ちにしていたようですね」
おかえり。
——ただいま。
そう、聞こえた気がした。
嫁揃った。




