凪vsバハムート
ぶっちゃけまともな小説をかく練習になってます。
一人称でもまともに書けませんが、読みやすい様に精進します。
今回は6000文字近いです。長めです。
暗く広い宮殿の中で、プルートは膝を立てて王座に座っていた。片手でお手玉を転がす様に未だ脈打つ神父の心臓を弄んでいる。
なかなか発芽の兆しを見せない種に、業を煮やして握りつぶそうなんて考えも下が、奴には遥かなる絶望を身にやつして死んでもらわないと気が済まない。冥界の王のプライドが許さなかった。
ベヒモスに喰われた能力は『地上への顕現』である。
普通は冥界から出る事の無いプルートが地上へ出る事が出来たのもこの力のお陰で、実際冥界では絶対的な権力を誇る冥王ですら、幽星体の存在であるが故に地上への直接的な手出しが出来ないでいた。
そう、神の一端であるが故に。
神の一端だと言っても、父ハデスとは違い幽星体の域を未だでない半魔半神と言った具合である。
彼は冥界の闇よりも深い渇望があった。
それは、地上への渇望である。
サタンという名の悪魔に、邪魔な存在を消せば地上に顕現できる身体を作ってやろうと諭され、冥界の王が負ける分けが無いと高を括っていたのだが、呼び出したベヒモスをまんまと利用されて大切な顕現体を喰われてしまった。
死者を裁き続ける毎日が、やっと終る。親父が居ない間に地上へとおさらばしてしまえばもう二度と合う事も無いと夢見ていた地上への道が奴らに閉ざされた。
そして奴らは、冥界へ来た。最初は来れないと踏んでいた。もしくは来た瞬間、身体と幽体は分離して死ぬ。だが、彼等は生存し、宮殿をめちゃめちゃにしながら一直線に此方へ向かって来ている。
(面白くないね)
見飽きた宮殿の、更には座る事も反吐が出る程の王座に座りながら、幾度と無くこの心臓を握りつぶそうとした物か。だが、堪えなければならない。
(ククク、あんな奴らは発芽したモノに絶望して、ベヒモスに喰われて消えてしまえば良い、ククク)
彼等の存在にはらわたが煮えくり返りそうなプルートは、ただひたすら己が殺す者の事とその殺し方を想像してほくそ笑み、悦に入る。まさに、捕らぬ狸の〜と言う物であった。
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最奥の大きくて重厚で骸骨が絶望に身を宿しているポーズが掘られた悪趣味な扉をハザードの『振り子の破城槌』が破る。城門を一撃で葬ったそれが、破るのに五回掛かった時点でこの扉の頑丈さが伺える。
「ッチ。賢人の哲器が大分無駄になったな」
舌打ちしながら亜空間に破城槌をしまうハザード。だが扉は開かれた、その先の悪趣味な王座に座るのはプルート。
「…よくきたね。でも今度こそ死んでもらうんだけどね」
この神父の心臓ももうすぐ逝くね。と、生々しく心臓に浮かび上がる根っこを見せつけながらニヤついていた。なかなか発芽の兆しを見せなかった種子も、ここへ来て急速に心臓へ根を伸ばし始め、後少しの所で発芽という所まで来ていた。
己の手の中で、脈打っていた心臓の鼓動の速度が、根の締め付けによって弱まっているのを感じる。少し力を込めると、ビクンと今にも弾けそうに動くピンク色の臓器。
妙な愛着が湧いてすら居た。この強力な精神エネルギーを宿した心臓から発芽すれば、一体どんな魔物が生まれて来るのだろうか。それを考えるとニヤニヤが止まらなかった。
「フェンリル!!」
それを目の当たりにしたエリーが怒声と共に氷狼の精霊を繰り出す。エリーの感情も伴っているのか、辺りを乱雑に凍り付かせながらプルートへと迫る氷狼。だが、近づくに連れてその勢いは収縮して行き、鋭く身を包んでいた氷もパラパラと床に落ちて消えて行く。
「これ、感情論って奴? 精神体に冥界は毒だね。ま、肉体よりか頑丈に出来てるけど、今の僕の近くはマズいよね」
そう言いながら、力を失ってもなお主人の意思に従って噛み付こうとして来た氷狼を座ったまま乱雑に蹴り飛ばす。
「フェンちゃん!」
氷狼の精霊は、命令を果たす事が出来ず、悲しそうな目をして消えて行った。いや、冥界にて存在が消えてしまう前にエリーが精霊界へと引き戻した。
「ってか、一人によってたかって卑怯だと思わないの? ねぇ?」
改めてこちらを向いて立ち上がると、プルートの回りに三つの召喚魔法陣が浮かび上がった。そして、冥界の強者が再び召喚される。
「きたか」
「んな事言ってる場合じゃねぇな。おい、凪。本ばっかり読んでんな。お前もこっち側だろ」
「ん、出番? 早く続き読みたいからさっさと終らせてよね」
「いや凪様、数的に貴方は戦闘メンバーとして数えられています。私はエリー様達と完全防衛に徹しますので、あしからず」
(その通りです)
ハザードが感嘆の声を上げる。
それを嗜める様に魔法陣から出て来た小柄な鬼を見据えながら言うユウジン。
仲間のピンチ以外、冥界に興味すら示していない凪。
それを丁寧に補足してあげるセバスである。
「ベヒモス、バハムート、冥鬼さんを倒し切れたら、僕が相手して上げるね」
そう言ってプルートは再び玉座に座った。
「判ってるだろうな」
とハザードは再び対峙した巨大な黒い化け物を見ながら言う。
「じゃ、俺は鬼で」
ユウジンは、甲冑を身につけたグレーの鬼を見据える。この鬼が召喚された瞬間、自分の心の中の鬼が歓喜した。それに引きつられて高揚して行く。武者震いが起こりそうだった。
「え、あたしまさか、あのドラゴン? 本当にいってんの?」
凪は神智核を持った本-ウィズ-を片手に、召喚され宙に羽ばたいて此方を見下ろすドラゴンを二度見しながら言う。
それぞれが最上位クラスの力を持っている事が伺えた。実際にバハムートは冥界が好みのファントムドラゴンの最上位種で、冥鬼は冥の名を冠する地獄鬼の最上位種である。
実際に冥王という立場は、それを纏める事の出来る頂点なのだが、プルートからそのような雰囲気は全くと言っていい程臭って来ない。
三人がそれぞれを相手取って、外へと飛び出して行った。プルートが指を鳴らすと巨大な部屋の真ん中から魔法陣が出現してホログラムの様に戦いを映し出していた。
魔本の力で空を舞う。
ハバムートの飛行速度はかなり速い。幽体特有の慣性を感じさせない動きをし、かなりの空中機動を誇っているようである。
それに追い縋る様に魔本による風魔法を駆使し、飛行する凪。
魔本による飛行性能は、魔法学校特待クラスの風魔術師であるエアレロよりも遥かに高い物になっていた。元々ヘルプ機能を詰め込んでいた世界大全が前身の魔本である。
魔本の中にも色々と種類があるのだが、破壊付加属性が付属してある原典クラスの魔本は、ただ一つなのである。
それなら、最上位クラスの魔本をノーマルプレイから移行できるんじゃないのかと言った考えもあるが、白紙の世界大全はただの壊れない鈍器である。
そして、運営も流石にそう言う裏技はダメだと思ったのか、ノーマルプレイのヘルプを無駄に凝った重厚な本タイプではなく、スクリーンに浮かび上がるテキストにした。
そんな事があって、智慧の本と化した世界大全は、この世に一つしか無い原典としての価値を持つ様になった。
正式名称は『智慧の本・世界大全』である。自我を持つ本は聖書とはまた違った意味合いを持つ。
「あーもう。特級クラスの風魔術制御でも追いつくだけで精一杯なんてやってらんないわ!」
嘲笑うかの様に赤黒い冥界の空を舞うバハムートに悪態をつく。
『凪様。長らく解析を行っていました魔法学校の特級魔法ですが、特級魔術概論の作成が完了しました。これにより術式ではなく魔法の頂点への仮説が立ちます』
「あんたにしては意外と時間がかかったわね!」
『仮説が立つレベルまでレポートを仕上げていたら、色々な憶測も浮かびまして、全ての謎を処理し終えてから仕上に入っていたらこんな時期になりました。申し訳ございません』
「あんたも結局本の虫って事だわ。私に似てるのね」
『はい、精神的影響は凪様に由来しています。ヨシト・ウィズ・シミズと読んで頂いて構いません。何ならそっくり象る事も可能です』
「それはやめて」
夢を打ち壊されたくない一心で、少女漫画の主人公そっくりの魔本を想像してすぐかき消した。彼なら、イメージ通りの清水芳人を演じれるだろうが、既に凪の前提に『魔本が演じる』という物がある為に、どうしても想像したくなかった。
どうせ私に似て影でこっそり本の虫と化している清水芳人なんて、と想像したくなかったからである。
そんなマンガの世界の清水芳人が天才である事をそのままに、爽やかな雰囲気を消し去ってかなり口数を少なくしたのが、ハザードである。という事の方が凪からしてみればどうにも信じられない事実だった。
彼を知れば知る程、コミュ障のくせに何なのかしらと一人で彼のギャップに憤慨した事もある。自分の汚物を文句を言わずに処理してくれた事にときめいたのは内緒だったが、彼程自己中心的な人は初めてで、憧れの清水芳人に外見だけ似ているというのが許せない時期もあった。
自己中心的というのは実にブーメランな感想なのであるが、なんだかんだディーテの一見で彼の中の真を見た凪は、その評価を反転させていた。
この辺はミーハーな高校生である。本の虫であるが故に、しっかりした性知識やら恋のジンクスおまじない等もその頭には入っているので、地頭にはかなりの知識も吸収されているが、基本的には脳内少女漫画と言っても過言ではなかった。
最近ではダークヒーロー物の少女漫画が出始めて、王道よりかはそう言う葛藤に悩むイケメンも良いかもしれないと心変わりし始めている凪につられる様に、魔本の挙動もどんどん自由になって来ていた。
『続きですが、その仮説から新たに次元と重力の魔法則を導き出しました。現段階では重力魔法の初歩的応用が可能となっています』
「なんでもいいわ。やっちゃって」
そう言うと、風魔術で推進していた身体が不意に軽くなるのが伺えた。重力制御にて空中機動がよりやり易くなっていた。
ついでに言うと、ウィズの行使する力は、人間の範疇である魔術とは一線を画して、世界の魔法則を解析して行使している真の魔法である。魔術と魔法の線引きは、曖昧な線引きの中に確かな隔たりが存在している。
『同時に、特級魔術概論と融合魔術概論の両立によって全元素融合が特級化。これによって完成された滅魔法を行使できます』
全元素を合わせる事によって、言わばパレットの上の混沌の絵の具状態である。それは限りなく黒に近い黒ではない何か。
闇属性の魔法と違って滅魔法は一つしか無い、ただひたすら相手の存在を魔素に変換し空気中の魔塵にしてしまう恐ろしい魔法である。
ただし、制限もあるのだが。
かなり上位に位置する重力魔法も当てにならないので、最大火力を誇る滅魔法を当てるしか無い。
「いいわ。とりあえず雷魔法で動きを阻害してから確実に当てて行くわよ」
『了解』
そう一言ウィズが返した瞬間。ハバムートに落雷が落ちる。光の速さで衝突したエネルギーを躱す事も儘ならないまま、幽竜は一瞬怯む。
普通の魔物であれば消し炭になる程の魔法ですら、その光量にただ驚いて一瞬動きが止まるだけだった。
だがそれが特級魔術概論を得て発動の根本を変える事に成功した滅魔法の格好の隙となる。
自分の回りに展開した重力フィールドがそっくりそのまま滅魔法の範囲となる。本来であれば、混沌に輝く魔力を相手に飛ばし消滅させる物だったが、早くも重力魔法の応用を行使する魔本。
恐ろしい。
嘲笑うかの様に飛行していたバハムートは、凪の危険性を何段階も改めて居た。
初めは追いつくだけで精一杯だった物が、慣性の法則を乗り越えて、そして更には自身の存在を脅かすまでに発展を遂げている。
たまたま魔本のレポートが丁度仕上がって、パワーアップしただけであるが、それを知らない相手には急に強くなった様に感じてしまうのである。
もっとも、魔本からすれば。戦いの最中に仕上がって勝利は確実だと確信していた。だから凪を戦いの渦中に引き止めずに送り出しているのである。
そして狙いは幽竜の力の解析である。
竜種の中でもいくつかある頂きの一つに君利するバハムートである。
この竜の知識をもっと知りたい。
なんだかんだ言って、この本の根本的思考は、凪の才能『探究心』からより強く引っ張られているのである。
「魂を滅ぼす竜である我を滅ぼしに掛かるとは、恐ろしい娘。いや本だ」
バハムートは空中で急停止して、此方を向くとそう一言告げて紫色の炎を放つ。消される前に消してやるとばかりに、幽星体へと直接的なダメージを及ぼす煉獄の炎が凪を襲った。
『私を盾にしてください』
「ヤバそうだけど、大丈夫でしょうね?」
『冥界にも法則はあります。それに乗っ取っても私の破壊付加属性は破れません』
魔本の言葉を信じて、盾にする。確かに、相応の衝撃は通るが致命傷には至らなかった。しかも、煉獄の炎を直接浴びた魔本はその情報を取り込んで解析してしまった。
つくづく規格外だと、凪も思う。
「馬鹿なッ!!!」
バハムートは狼狽える。
冥界へやって来たいかなる存在も、消滅させて来た炎である。冥界その物の力を持つプルートには聞かないまでも、怪物や冥鬼を滅ぼせる自信があった。
『幽星体の解析を完了しました。今の知識では存在昇華はなし得ませんが、消滅させる事は可能です。許可を』
「おっけー。やっちゃって」
重力フィールドが次第に縮小して行き、一本のラインが魔本とバハムートを繋ぐ。
「魂核への直接攻撃だとッ!?」
更に驚くバハムートを無視して、その魂の核を繋ぐラインに魔本は滅魔法をダイレクトで送り込む。そして魂の核は抵抗する事も無く消滅し、バハムートは音も無く存在しなくなった。
『魂核から幽竜の知識を引き継ぐ事に成功しました。滅魔法が最上位の消滅魔法になります。竜の知識を元に竜の魔法則を憶測レベルですが確立。これは期待ですよ、凪様』
そんな事を宣う魔本をシカトして、戦いが終わった凪は新たに蓄積された知識に没頭しながらエリーやセバスが待機する場所へと戻って行く。
久々に凪の出番でした。
真の化け物になっていますが、基本的に戦いよりも本。本よりも少女漫画みたいな事になっているので、こういう時以外なかなか出番はありませんが、何やらハザードと一悶着が起こりそう?
この物語と汚物は密接な繋がりがあります。
これからも出して行きます。




