冥界vs福音の女神
更新が連日遅れてしまいがちで誠に申し訳ございません。
眼下に見えるは、冥王プルートが待ち構えている宮殿。ディーテの作り出した光に包まれて、神父を抜いたパーティはゆっくりと降下して行く。焦る気持ちもあるのだがディーテの加護がしっかりと身体に刻み込まれるまでは無理な動きは出来ない。
かといって、ゆっくりしたまま無防備で居続けるなんてもっての他。侵入者に気付いた魔物達は宮殿の守りを着々と固め、対空の迎撃範囲に獲物が入るのを今か今かと待ち構えているのである。
「加護は保って一時間だ。それまでに決着をつける」
「モシ、一時間を過ぎてシマウト?」
眼下を見渡しながらハザードが告げる。それに対してもっと詳しい説明を求める様にエリーが尋ねる。
「死ぬ」
本来、冥界へ行くには特殊な工程を辿り、人成らざる者へと進化してからではないと来る事が出来ないのである。それを悪魔大王の加護によって無理矢理来れる様にしている訳で、加護が解けてしまうと肉体と魂の定着はあっさりと剥がれ、肉体は消滅し器を失った魂は無限に広がる冥界をただひたすら漂う事になる。
「ソウナンデスネ」
ゾッとした表情を浮かべながらエリーもハザードに合わせて眼下にたむろする魔物に目を向けた。
「ディメンション・砂漠の一枚岩」
ある程度の高度に達した時、弓隊が一斉掃射する。いち早く加護が定着したハザードが亜空間から巨大な岩盤を出して塞ぐ。そしてそのまま、岩盤は高所からのエネルギーを十分に蓄え落下して行く。
まだ上空だというのに、岩の衝撃が轟音となって押し寄せて来る。ユウジンはゾッとしていた。コイツともし戦う事があったら制空権だけは絶対に渡さないと。
空からの質量兵器により、宮殿の魔物はかなりの損害を与えた模様だった。それに合わせて各個遠距離攻撃を得意とする者は追撃を打ち込んで行く。
精霊使いは、氷狼を駆けさせ。
意思を保つ魔本使いは、全元素を操る。
執事は警戒しつつか弱き乙女二人を守り。
賢人は魔人となりて冥界に降り立とうとしている。
そんな中、ユウジンだけは猛る心を押さえる事に必死になっていた。精神値はクボヤマ程では無いにしろ、その才能、武芸の天凛によって全体的に高水準なステータス補正。自身も剣の道をかなり奥まで進んだ達人と呼ばれる程だ。
だが心の中の鬼が、冥界へやって来てから、ディーテの加護を身に纏ってから抑えが利かない程に暴れ回ろうとしていた。まるで、そんな加護は入らないと、俺が魂に宿っている限りこんな場所で命を落とす事は無いと、そう言っている様だった。
彼にも遠距離攻撃はある。だが、剣聖として発動できる光の剣は反応してくれない。
(クソッ。一体どうなってんだ)
今にも胸から飛び出してしまいそうな物を手を当て押さえつける。
「上位クラスが集まって来ているぞ!」
ハザードの叫び声が聞こえた。眼下を見下ろすと、巨大な岩盤が大きな音を立てて持ち上がっていた。全身からドロドロと煮えたぎるマグマの様な物を吹き出しながら、岩盤を持ち上げた魔物はお返しとばかりの此方に向かって投げ返す。
「マジかよ…!!!」
当然ながら、ハザードの質量兵器に太刀打ちできる火力を誇るのは、彼自身かユウジンもしくは凪しか居ない。
「あたしに任せて! ウィズ、全元素融合なら行けるわよね?」
その言葉に呼応する様に、魔本が光る。そして全元素融合にて混ぜ合わせられた異色に輝く魔力の固まりは、岩盤日吸い込まれて行く。
途端に、岩盤に脈打つ様な魔力振動が巻き起こり、その端部から散り散りと無に消え去って行く。
「到達点までに消しきれないですって!?」
焦った様に凪が叫ぶ。
ハザードの放った岩盤を完全消滅させるには、些か時間が足りない様だった。それもそのはず、かなりの高所から放った岩盤は、轟音と同時に着陸してもヒビすら入らなかった。
その密度を消し切る事が可能な魔本の性能なおかしい話だ。
そして半分程消し去ったとて、未だ岩盤の大きさは十分に自分らを押しつぶしてしまえる程だった。
此方に到着するまで最早一秒も無い。
ハザードの空間魔法も間に合わない。
「しゃらくせェッッ!!!」
唐突に叫んだユウジンが、神鉄で作られた刀をとんでもない速度で振るう。
まさに一刀両断。己の胸に居る鬼を開放すると共に、その鬼ごと岩盤を断ち切るかの様に天道を目の前で一閃した。
岩盤が持つ速度やら衝撃やら何もかもをユウジンは両断する。
(絶対に好きにさせねぇからな……)
同時に、己の心のうちに知らず知らずの内に本物の鬼が宿っている事を確信した。
初めは『剣鬼』の称号による効果だとばかり思っていた鬼闘気など鬼系のスキルだったが、この感覚は本物だった。
押さえたとて出て来てしまうこの力。ユウジンは腹をくくって前面に出してあえてお互いを研磨するかの様に打つかり合う道を自然と選んでいた。
「先に行くからな!」
心の鬼の、自分の故郷に帰って来てはしゃぐ様な感覚に引っ張られながら、誰よりも先に眼下へ飛び降りた。
「おい、まだ高所だ!」
「綺麗に着地しまシタネ」
なんだかんだで、調子は上がっているユウジンだった。あっけからんとしているメンバーを余所に、彼は冥界で踊る鬼の心を開放するかの様に魔物達を切り捨てている。
「じゃ、俺も行く」
ハザードはそう告げて集団の中から飛び去った。冥界に召喚中は連れて来れない。彼は杖を駆使して進んで行った。
「私達は例によって集団で行動しましょうか」
セバスが告げると、巨大化したフェンリルの背にマリアとジンを乗せた。状況から邪魔でしかないこの二人だが、クボヤマを思う気持ちは人一倍だった。それを判ってるからこそ連れて来たの出し、マリアの結界魔法は冥界でもそこそこ役に立つ。
斯くして、冥界での決戦が始まった。ユウジンが雑魚とも呼べる魔物を秒速で刻みながら道を切り開いている時、ハザードはマグマを噴き出す巨人と一戦を交えていた。
「ゴポオ」
「火の精霊とは違う、溶岩魔人か。特殊元素を身に纏っているな、面白い」
彼もまた、冥界に来て意識を引っ張られているのだろうか。赤黒い紋様を光らせ、ニヤリと危険な笑みを浮かべる。
「凍土の盾」
回りに居る魔物すら関係無いとばかりに、マグマを飛び散らせながら大きく腕を振りかぶって殴り掛かって来る溶岩魔人を、氷属性と土属性の二本の杖を使い凍った土壁を出現させ防ぐ。
今回、剣は使わない。
二本の杖をそのまま浮かせて使用し、浮遊の杖・改を動かして凍土の壁の上に着地すると、どうにかして壁を打ち壊そうとマグマに更なる圧力を加える魔人を見下ろした。
「脳もドロドロになっているようだな。これなら簡単そうだ。せっかく冥界に来たんだからただでは帰らんぞ」
夢幻封陣。四大元素の杖が四本にプラスして光と闇の二極元素の杖が六芒星の魔法陣を描く。四元封陣よりも強力な封印魔法である。ベヒモスには対して聞いている様子は無かったが、この魔人には確りと効いている様だった。
「象るのが邪魔だな。中の魔人には興味ない、能力だけ貰おう。テロの杖」
(ボコボコスルヨォッ)
と、杖から聞こえた気がした。溶岩魔人は内側から連鎖爆発して回りの魔物に甚大な被害をまき散らしながら人形を保っていられなくなる。そしてそのまま危なげなく、杖に封じ込めた。
「お前、何しに来たんだよ……」
そのままユウジンに追いつくと小言が飛んで来る。
「無論、冥王を倒し神父を救う為だ。あと、ベヒモスが欲しい。これ以上に無いイベントだからな」
「絶対後者だろ。あ、ほらチンタラしてるから門が閉まったじゃねーか」
それは、お前も一緒だろ。とハザードは思ったが口に出さなかった。自分たちの前には門は例え閉まったとしても意味を成さない。門が門としての使命を果たす事が無いからだ。
「全力を出したいんだろ? なら出してやるよ!」
何かに語る様に叫ぶユウジン。その時、ハザードも強大な魔力を感じ取っていた。魔力の才能が一切無いと言われたユウジンにである。
(これは魔力……? いや、もっと他の別の力か?)
「鬼闘気!! ガアアアア!!!」
「ディメンション・振り子の破城槌」
まさに鬼神の様な恐ろしい気を放出するユウジンに合わせる様にハザードも門を破る為の兵器を出す。だから一体、どこで手に入れたのかと。
門を固めていた魔物達はあまりの衝撃に消し飛んで行く。無理矢理切り開かれた道を、氷狼に乗った4人が後を追って進む。
「そう言えば、クボヤマ様はどうやってこちらへ来られるんですか?」
「私は何も知りマセンヨ?」
「というよりも、行きはよいよいでしたが、どうやって戻るんでしょうかね?」
「私に聞かないちょうだい」
「ちょっと凪サン? 本読んでるんじゃないデスヨ。ウィズに聞いてくだサイヨ」
そう、未だにラルドの守る竜車に残されたクボヤマであった。
ただの補足。
第一回目のプレイヤーズイベントの後、プレイヤー達から剣鬼と呼ばれた時、偶像崇拝の様に回りの人々の意思が彼に二つ名と言う力を与えてます。それは称号とも呼ばれる特殊な力なんですが、リアルスキンモードでは称号を獲得しましたなんてメッセージは出ません。
そしてある程度制御されたスキルとしての称号ではなく、思考であったり、種族であったりその辺も影響を受けて本人を変質させてしまう物です。
自分の意志で進化する人もいれば、否応無く回りの意思で変わってしまう人もいます。いつまでの変わらない人も居ますがね。
さて、魔と聖の二つの称号をもつユウジンですが、彼は特別誰かに何かされた訳ではないのです。
(例えば、ハザードの賢人の紋様をディーテに改造された)のと違って、お互いが己の身の内で混ざり合う事の無い物となってしまっていたりします。
さて、どうなってしまうやら。




