冥界へ
「迷宮に行って、一体何をするつもりなんだ?」
「それは言えん」
ローロイズから、仮死状態に突入してしまったクボヤマを竜車に乗せて、その他パーティのメンバーは魔法都市アーリアに向けて魔法鉱石の物流の為に舗装されたばかりの街道を疾走していた。
セバスが巨大化したラルドを駆る。スピードはもちろん、その持久力も相応に増しており、最早走竜種の中でも上位に位置する存在となっているラルド。この調子で行けば一日程で魔法都市へとたどり着けるとセバスは目算していた。
そんな竜車のキャビンの上で、風に当たりつつ辺りを警戒しているハザードとユウジンである。
なぜ、魔法都市へ向かっているのか。
それは、ハザードが冥界へ行く当てがあると断言したからである。
クボヤマが眠りについて小一時間程話し合った結果。
冥界への行き方から模索しなければならないという絶望的な状況の中、口数の少なかったハザードが決意した様に呟いたのである。
『冥界への行き方なら…ある。だが、魔法都市まで向かう必要がある。三日で間に合うのか判らない』
『ですが、他に方法の検討もつきませんので。ハザード様、貴方の意見に賛成です』
『そんな方法があるの? 私は邪神の居る大陸にヒントがあると思うのだけれど』
『マリア。どれだけ遠いかわかってるのか?』
『知ってるわよ…でも、他に方法が思い浮かばないの』
『大丈夫だ。魔法都市の迷宮に行けば判る。ただし、三日で間に合えば良いが』
『今からラルドが飛ばせば、丁度1日半程で付けると思います。検問や盗賊などの障害が途中に無ければですが』
こうして、魔法都市行きが決まった。藁にも縋る面持ちを隠しきれない様だったが、とにかく行動しなければ始まらない。
最悪、死に戻れば良い。
という楽観的な考えは、皆の中には存在しなかった。
被捕食ペナルティと言う物の存在。
レベルやステータス半減というペナルティより遥かに重たい才能消滅ペナルティ。これが何を意味するのかと言えば、強制キャラクターデリートを予感させる。
流石にゲームの世界でそれは無いだろう。
と思わない方が良いという結論である。
リアルセカンドライフとも呼ばれる本当に世界に存在している感覚から言えば、かなり特殊な状況での強制キャラデリペナルティは、この運営はやりかねない。
やりかねないのである。
舗装された道には商隊を狙った盗賊や、人の匂いを嗅ぎ付けた魔物が虎視眈々と通り行く人々を狙っている訳だが、運がいい。
巨大化したラルドの存在は生半可な魔物と盗賊を寄せ付けずに済んでいた。
妙な緊張感の中、竜車は進んで行く。
魔法都市への入国を済ませた一行は早速魔法学校内の迷宮を目指す。特待クラスのアリアペイは有効だった。ただしユウジンとマリアとジンは持っていなかったので、ゲスト用アリアペイの発行の為、学校長グリムの元へ無理矢理押し掛けた。
「ほっほ、久しいのぅ。儂の事は覚えておるか?」
「今そんな事してる場合じゃない。学校長、コイツらが暗黒迷宮に行けるだけのアリアペイを発行して欲しい」
「何かあったのかね……?」
教育者の域を超えた洞察力と観察眼を持つグリムは、ハザードの顔を見てただならぬ事態を察した様に真剣な口調になる。
「クボヤマの心臓が冥王に握られている」
「プルートか。奴は陰湿じゃ、気をつけて行って来い」
ハザードの一言だけで大まかな情報が読み取れたのか、学校長はすぐさまゲスト用のアリアペイを発行する。
「そこの侍は、クボヤマのアリアペイを使えるぞ。クボヤマが以前いつでも学校に来れる様に共有化してるようじゃったからの」
「クボ…」
クボヤマのアリアペイを受け取ったユウジンに染み渡る様な深い感情。彼は誓う、必ず助け出すと。
囚われた親友を助け出す為に。
「あ、おい。ブレンド商会からの入金なんかおおくねぇか?」
「ああ、とりあえず留守中にアリアペイに入れておけと言葉をもらっていたんじゃった。貯金にもなるじゃろうから、儂が善意でぶち込んでおいてやったんじゃ」
「…………」
一行は、暗黒迷宮へと足を進めた。暗いのが少し苦手なのか、ジンはマリアの腕に抱きついたまま雑魚悪魔を秒殺で仕留めなら奥を目指す。
この時点で残す時間はあと一日を切っていた。
冥界へ行くまでで二日である。そして、冥界からプルートの場所まで一体どれだけの時間が必要なのか。
かなりの不安が皆を一様に襲っているのだが、誰一人として口に出す事はしなかった。口にするだけで、現実になってしまいそうで怖かったからだ。
一番の心配を見せていたエリーも、固く口をつぐみ前だけを見据える。とにかく余計な動きはしない様にと、徐々に中級へとクラスを替えて行った悪魔達を凍らせて放置している。
だれも一言も喋らない時間が更に時間を加速させる。退屈な時は秒針の速度がうんざりする程に遅く感じるのに、過ぎて欲しくない時間だけはどうしても早く過ぎてしまう様に感じる。
時計はただただ一定の速度で刻み続けているだけなのに。どうしようもない苛立から何もかもに当たり散らしてしまいそうになるのをエリーは堪えている。だがみんな同じ気持ちなのである。
「……まだか?」
業を煮やした様に言うユウジン。声に苛立を隠すつもりは無い。
「…………ここだ」
かなり暗闇の中を歩いて来ていた様だった。
沈黙の中ハザードがようやく口を開く。
道を照らしていた光魔法の杖の光度を上げて先を照らす。
そこには、大きな空洞があり、四枚の翼を持った焦げ茶色の巨大な悪魔が頬杖をついて寝転がっていた。
「珍しいな、お前からここに来るなんて。何かあったのか?」
「冥界へ連れて行け。悪魔大王、お前なら出来るだろう」
採掘場での戦いの時、ハザードがベヒモスに対抗して召喚した強大な悪魔がそこに居た。その悪魔に向かって、ハザードが言い放つ。全ての悪魔がひれ伏して、人間でも聞く人が聞けば、恐れ戦くその存在にである。
「はっは。悪魔に何かさせたいのであれば、契約を結べ。吝嗇なお前が、一体何を差し出すのか?」
召喚時が血の一滴だった事を根に持っているのか、嘲笑う様にディーテが言う。召喚とは違うその迫力に女性陣はゴクリと息を呑んだ。
ユウジンは、交渉が失敗すれば全力を出してねじ伏せるつもりだった様で、かなりの闘気をその身の内で練り込んでいる。
「良いだろう。俺の覚悟を見せてやる」
ハザードは荷物を降ろした。そのボロボロのフードを脱ぎ捨て巻き付けていたバンテージや包帯を解くと、彼の身体に刻み込まれた賢人の紋様が剥き出しになる。
「賢人の紋様だ。くれてやる」
「……賢人の塔を昇り切ったもののみに刻まれる紋様か。何故そのような物を?」
「良いから受け取れ。そして俺達を冥界のプルートの元へ連れて行け」
ディーテの質問を無視するハザード。その表情はまっすぐとディーテの赤く光る目を見据えている。
「いいのか? 賢人の能力が使えなくなるぞ?」
悪魔は誘惑の質問を投げかける。その言葉には人を惑わす呪いが込められているのだが、ハザードはそんなディーテの言葉にも揺れる事無く視線で返事を返した。
「流石我と契約しただけあるな。良いだろう、契約成立だ。その賢人の紋様は俺が弄らせてもらおう。だが、世界が認めたソレを我が奪う事は不可能なんでな」
ディーテの真っ赤な目が不気味に光る。
ハザードの紋様が血の様に濃く赤く重たい光を放っている。
「ふぐッ、ぐ…あ”ア”ア”ア”!!!」
普段あまり喋る事の無いハザードが、うめき声を上げて膝を付くと悲痛な悲鳴を上げた。シュゥゥと紋様から硫酸で物を溶かした時の様な音が回りに響く。
赤く光っていた紋様は次第に輝きを失って行った。
「賢人の紋様に、魔人の印を刻んだ。ハザード、もう一度問う」
何故、賭けたのか。とディーテは静かに言い放った。嘲笑う様な態度はそこには無い。悪魔の誘惑もなにも籠っていない、ディーテの真の言葉だった。
「友だからだ。仲間だから。それ以外に理由なんかあるか」
痛みに苦しみながら、ハザードはそう言った。
その性格と物腰から、ノーマルプレイヤーの時から人間関係で苦労していた。味方はロバストだけ。信頼を置けるのは彼とそのギルドの一部だけだった。
だがそれは本当の信頼と呼べるのか。ロバストは、俺の事を判っている様だったが、本当のそんなんじゃない。信頼信用と体のいい言葉で表しては居るが、結局の所利用して利用されてしか考えていなかった。
気付いたのはリアルスキンモードに移行した時。ハザード自身は一人旅でも良いと強がっていたのだが、一度彼等と共に度をしてから、一人で過ごす事が怖くなった。
そして一緒に切磋琢磨する友人が出来る。一方的に敵意を抱いていた相手にもソイツを通して信頼を築く事が出来た。
何も喋らない彼だが、感受性は人一倍豊かなのだ。なかなか表に現そうとしないが、彼は彼なりに葛藤し常に自分の心と向き合って来ていたのだ。
共に歩む物には、友には自分の大切な物を賭けても手を差し伸べる。
ただ一緒に居てくれただけだったが、それだけでも十分だった。
万人に手を差し伸べる程の度量は無いが、せめて手が届く範囲は真似したい。
いつの間にかそう、心に誓っていた。
だから、セバス達が神父を迎えに行くと諜報用の使い魔から情報を手にしてから、逐一状況を確認して、採掘場に現れたのである。
恥ずかしかったので、たまたま通りかかった事にしてあるが。
「フッフッフ……ハッハッハッハ!!!」
ディーテが笑い出す。腹を抱えて笑い出し、身を地面に転がした物だから、かなりの振動と風圧が皆を襲った。
「そうか! 友か!」
「何がおかしい」
「いや、我が欲して止まない物である。悪魔の世界は殺伐としていてつまらんのでな。唯一の友は、人間を愛する変態であり、放浪癖があるから会えん」
ディーテは笑い過ぎて流れた真っ赤な涙を指で拭いながら続ける。
「賢人よ。賢ければ賢い程人間はソコから離れて行く。ソレを忘れるな。その魔人の刻印は更なる力を授けるだろう。もうお前は人であり、魔である。そして召喚コストは刻印で半分になって身体に"部位召喚"を纏う事が出来る」
ハザードの答えに、自分の思っていた答え、いやそれ以上の物を感じ取ったディーテは上機嫌に立ち上がった。そして身体に力を入れて、その四枚の翼を大きく広げる。
「冥界の門を開くなど、この我には容易い事! 今の我は機嫌が良い。特別サービスだ、プルートの居る冥宮に直接送ってやろう!!!」
地面が暗い光を放ちながら大きくドロドロ混ざり合って行く。そして徐々に濁った泥水の泥が沈殿して行き、まるで水たまりの中にある様に冥界がその混ざり行く球体の中に映されて行く。
「さぁ行け! 友を救う時間はあと僅かなのだろう?」
ありがとう。誰にも聞き取れない声でハザードは呟いた。
そして、冥界へ。
下に見えるはプルートの居る冥宮である。
残る時間はもう20時間無い。
クボヤマが仮死から冷めて芽の吸収力が加速する事を考えると、余裕を物故居ていられない。
もっと急がなければ。
ディーテ「半分人で半分魔であるということは、我とも半分友達である!」
友 達 宣 言 !!!




