決着
今回は5千文字程です。
勝利条件は、拘束されたマリアの魂を奪還し、今だジンの腕に抱かれて眠るマリアを救出する事。それさえ達成する事が出来れば、プルートを倒さなくても最悪この冥界の魔物地獄から離脱すれば良い。
まぁ、天に召してやるがな。
『自動治癒・運命操作、運命の祝福』
自陣の受けた傷は、即回復。今まで、自分専用だった物が精神空間に常駐してくれているフォルの手によって、効力範囲が引き延ばされている。というより、俺が意識を向けて回復する必要がなくなった。
運命の祝福は、即死攻撃を受けた場合、運命改変を行い一度だけ無かった事に出来ると言う物だ。精神補正極大である。
ここへ来て、ちゃんと補助職として機能している様な気がする。
初期の能力よりも格段にパワーアップしている感じがするな。
でも前衛職です。
脱ぎ捨てたコートの腹部は、大きく破れて穴があいていた。神父服に腕を通した事で、なんだか気分が高揚して来た。やっぱり長い間お世話になった高性能神父服がないと神父として力を発揮できんのではないか。
地獄鬼ボイラーに向き直る。鬼闘気で鬼化したユウジンとエリーの精霊フェンリルが睨み牽制していた。
「ユウジン、降臨で十字架思いっきり光らせるから、刀取って来たら?」
「おっけ」
そう一言、ユウジンと俺は交代する。フェンリルの隣に立ちその身体を撫でる。しっとりとしていて冷たい感触が伝わって来る。だが、清らかな暖かさを内側に宿しているようだった。
心強い。
「力比べですね。お互い本気出しましょう」
鬼に言う。
最初は降臨使わないでやる。
お互いが走り出し、巨体と小さな俺の身体が打つかり合う。身体が軽い、あの無限の苦しみの様な重さから解き放たれた俺は、少しだけスピードが復活している気がした。
打つかった衝撃で、俺ではなく鬼の方が後ろに仰け反った。
耐久値にプライドの様な物を持っていたこの鬼相手に、巨体と種族の利を活かして来た相手に、相手の用意したステージで完全にプライドを圧し折ったとも言える。
イビルクラーケンの足を受け止めた事があるから、体表の堅さなら自信あったんだが、完全にしてやられたからな。この角が邪魔なんだよ。
角を握る。
嫌な予感がしたのか、角を握ると顔面に拳が飛んで来た。空いてる手で弾いて受け流す、今までに無い焦り様である。
圧し折ろうとしたが折れなかった。
だが、折ろうとした試みが感触から伝わったのか、鬼の焦り方が半端無くなって来た。どうしても折られたくないようだ。
腕を振り回して必死に脱出しようと暴れている。俺は角を掴んだまま上下に振った。重たい頭と頑丈な首をぐわんぐわんと揺さぶる。脳を揺らしたお陰か、若干抵抗に勢いが無くなった。
「降臨!」
そのままの勢いで俺の腕力は更に上昇する。そう、オースカーディナルの誓約で状していたステータスが、更に降臨によって精神値依存になったからだ。
そして根元から俺の腹に穴をあけたこの堅い角を圧し折る事に成功した。
「グゴオオオオオオオオ!!!!!」
今まで一度も上げた事の無かった鬼の悲鳴である。
鬼の身体が萎んで行く。
あれだけ大きかった身体が、骨と皮と胃下垂のように垂れ下がった内臓だけになってしまった。地獄の鬼っぽくなったな、素晴らしく飢えている感じが伝わって来る。
「天門」
すっかり以前の面影を無くしてしまった鬼の後ろに光の門が開かれる。よぼよぼの顔面を蹴り飛ばして、天門の中に飲み込まれて行った。
まぁ、勝負自体は面白かったし、天国で番頭でもやってると良いよ。
温泉とか多分あるんじゃない?
そして一つの戦いが終った俺はプルートに向き直る。
「ははは、乱入戦って見てる方は面白いけど。当事者になるとアレだね。めっちゃ胸くそ悪いね。あーあ、せっかく用意したステージも崩されちゃったし、今激おこだよ激おこ。わかる?」
ブツブツと呟くプルート。
俺の回りでは冥界から次々湧いて来る魔物と仲間の混戦が巻き起こっている。ハザードは杖と剣だけで無双し、エリーは精霊魔法で回りを凍らせる。ユウジンは無事天道を取り戻して次々と一閃して行く。
セバスはジンの元へ行き、マリアの様子を確かめていた。マリアの身体から薄らと魂の尾が伸びている様に見える。
何だコレ、初めて見る物だ。魔力のパスとは違うもの。
弱々しく伸びる光、それはプルートの浮かべる彼女の魂に繋がっていた。どうにかしようともがいているが、束縛された魂は、どうする事も出来ないでいる様だった。
胸元が震える。
聖書が勝手に浮かび上がり、マリアの元へ向っていった。
視覚化された魂の尾は、聖書によって少しだけ光を増し、丈夫になっているかの様に思えた。
そうか、助けたいよな。君たちも。
「俺が誰だか忘れてない? 一つの世界を束ねる王だよ?」
そう言うと、プルートは腕を振るう。大混戦を巻き起こしていた数々の魔物達が、力を失った様に倒れ、ボロボロと崩れ出した。戦っていた仲間達も状況に狼狽えている。
だが俺には見えた。
腕を振るった瞬間、魔物達の身体の中からブラックライトの様にぼんやりと光る丸い魂が抜け出て行き、プルートの頭上に集まって行くのを。
そしてその集まった魂が地面に浮かび上がった巨大な魔法陣の中に沈んで行き、邪悪な輝きを放つ。
最初は地獄鬼よりも巨大な腕が魔法陣の中から飛び出した。そして巨大な手で、鋭利な爪で地面を捉えると、這い上がる様にしてもう片方の腕も飛び出してくる。
そして徐々に凶悪な顔と漆黒の角を持った頭が顔を出し、雄叫びが上がる。
『ゴオオオオオオオ!!!!!』
地獄の底より響いて来る様な雄叫びと共に遂にトンデモナイ魔物がこの世界に召喚されてしまった様だった。
「ベヒモス。コイツら食べていいからね」
プルートの声に喜ぶ様に声を上げるベヒモス。
直感だが、コイツはヤバイ。そう思った。
地獄の悪食・ベヒモス
『地獄に落とされて永遠の苦しみの中再び死んで行った者を主に食べている。ベヒモスに食べられると輪廻転生に再び戻る事は無い。魂の影も形も無い程に腹の中で消滅させられてしまう。※被捕食ペナルティ有り。レベル、ステータス半減、才能消滅』
こいつはとんでもねぇ!
初めて見る項目。被捕食ペナルティって……。
才能消滅って、失ってしまったら一体どうなるんだ。
だが、戦うしか無いのである。
幸い俺には中途半端な才能しかないから、失っても構わない。レベルアップ時精神値上昇補正なんて無くても別に大丈夫だからな。
何かあれば、俺がデコイになろう。
「神父、召喚魔法陣の術者を倒せばベヒモスは強制帰還できる。俺らで押さえてるからお前に冥王を任せたぞ」
「ですが、捕食されたらレベル、ステータス半減と才能消滅がありますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。俺には才能が無い」
そう一言。ハザードは召喚魔法を唱える。
「契約召喚・悪魔大王」
出現した巨大な魔法陣にハザードの指先から一滴の血が垂れる。ぽとりと、召喚魔法陣に吸い込まれて行く。
ってか聞いた事ある名前だな。ディーテ。
コウモリの羽の様な物が四枚程、先に出て来て、羽ばたく様にして巨大な茶黒い色をした悪魔が夜の闇に躍り出た。
「ふむ。懐かしいと思えば、ハデスのせがれか。何をしておるこんな所で、さてはサタンに冷やかされたな?」
「ゲッ、悪魔大王じゃないか。悪魔界からしばらく姿を消してたみたいだから死んだと思ってたよね」
「我が死ぬ事は無い。永遠の闇の中で永遠の時を過ごすのみ」
「ハハ、殺して上げようか?」
「ふむ、前より力が凶悪になってるな。今まではベヒモスすら手懐けられなかった小僧が……コレは邪神か」
お互いが知り合いだったのか、だがその仲は良さそうに見えない。それに水を挿す様にハザードが口を挟む。
「おいディーテ。お前の相手はベヒモスだ。なんとかしろ」
「お前と血の契約はしたが、たったこれっぽっちじゃ一瞬しか加勢できんぞ?」
ディーテの言葉に、ハザードは「それでいい」と一言告げた。それに了承する様にディーテが構える。
痺れを切らせたベヒモスが四枚の羽根が目立つディーテに突撃して行く。そして捕食しようとその大きな口を目一杯に広げて喰らいつく。
「この悪食は神すら喰らいかねん。扱いを間違えぬ事だな。ハデスの不在もそうだが、何かがこの世の天秤を大きく揺り動かしている。異邦の地から来られし者達よ、我は中庸を貫く。どちらにもつかぬが、居心地が良いのが好みである。上手くやられよ」
角を掴んで巨大なベヒモスの突進をいとも容易く受け止めると「ハデスに尻でも叩かれろ」とベヒモスを振り回してプルートに放り投げてディーテは消えた。巨体がバジリスクを押し潰す。プルートは慌ててバジリスクの上から飛び降りていた。
俺はその混乱に乗じてプルートに接近する。
これは、魂をかすめ取るチャンス。
ユウジンもそれを判っていたのか、俺と共に並走する。
エリーのフェンリルが吠えて轟音と共に倒れこむベヒモスに氷塊を落とす。
「夢幻封陣、ディメンション・ミニチュアバベル」
召喚した賢鳥・リージュアに乗って、上から六本の杖が巨大な魔法陣と共にベヒモスを覆う。四代元素属性にプラスして光と闇。その六属性で夢幻なのか。それとも六元なのか。
そして以前のプレイヤーズイベントよろしく、再びバベルの塔が飛来した。このレベルの敵には世界くらいの遺物じゃないと効かないと見たらしい。
毎回思うんだけど。
どこでそれ拾って来るの?
ゲームのクエスト消化率がかなり高そうなハザードである。
ベヒモスは怒り狂っている様だった。巨体を転がされるなんてプライドが許さないんだろうか。酷い金切り声や雄叫びを上げながら、起き上がろうとジタバタ採掘場に土煙を巻き起こしている。
夢幻封陣が起き上がる事を地味に阻止しつつ空いた土手っ腹に攻撃を加えて行く。セバスはジンとマリアを竜車の中に連れて行った。凪が居る限り、そこは安全地帯だろう。ウィズが守っているからな。
ユウジンが恐ろしい殺気を漂わせながら、プルートに肉薄しその首を一閃する。だが、プルートもギリギリでそれを感じ取ったのか全力で躱していた。
ユウジンの舌打ちが聞こえる。
「あぶなっ! 死ぬかと思ったよ。俺死なないけどね」
ってかユウジン、マリアの魂の尾に擦りかけてるぞ。
あ、そっか見えてないのか。
マズくない?
魔力斬れるんだよな、アイツ。
「だーかーらーねー! 鬱陶しいよ? 俺は死なないから意味ないんだよ?」
奇遇だな。俺も死なないよ。
攻撃を躱しながらもウンザリした様に呟くプルートに更なる連撃をお見舞いして行く。オースカーディナルも使って攻撃を加えて行くが、受け流される。
片手には魂を持っているので、未だに片手であしらわれている俺達二人。
かなり格上だよ。
実際戦ってみて判る。
だが、せめてこの魂だけでも取り返せたなら。
雪精霊がフラッと視界に入って来る。
「なにこれ?」
疑問を浮かべた様な顔をするプルートに、少女の笑い声の様な者が一瞬響くと、その眼球を一つだけ凍らせた。
「うわっ!」
かなり魔力を失ってしまったようで、地面にそのまま落ちて行こうとする雪精霊を魔力ちゃんで摑み取って優しく浮かせる。
グッジョブ。これで隙が出来た。
ユウジンが魂を持っている左腕を切り落とす。
魂が零れ落ちる。
今にも割れてしまいそうな程の弱々しい魂を地面に落ちる前に慌ててすくい上げる。だが、プルートの腕が、残っている方の腕が、魂を取り返そうと差し迫って。
身体を攻撃との間に入れ籠む様にし、そのまま目の前にいたユウジンにパスした。
結果的に俺の心臓を貫いたプルートの腕。
「脈々動いてるね。ククク」
後ろから貫かれて、そのまま心臓を奪われた。そして視線を下げるとさっきまで体内に収まってたはずの心臓が鼓動を刻みながら外界に曝け出されていた。
初めて見たけど、意外とピンクなんだな。
「…う、ジン……!」
(魂を早く)
声にならない。ユウジンに託した魂を早くマリアに持って行ってほしかった。後は運命の聖書がなんとかしてくれる筈だと、念話を送る。
俺の意識が途切れる前にな。
「あは、これ、握りつぶしたらどうなるんだろうね? ね?」
耳元で囁かれる。
んなもん、死ぬに決まってるだろ。
凍って使い物にならなくなったプルートの眼球が、ガリガリと嫌な音をたてながら俺の方を向く。
「だけど、お互い様です」
体外に出た心臓をプルートが握っている事で、治療が出来ない。新しい心臓を作るにも、まだ元の心臓が生きているから無理だろう。血流が送られなくなって、意識が途切れる前に、決着を付けなければならない。
殺す算段は別の思考回路で立てておいた。
せっかく、神すら食ってしまう程の悪食が居るんだ。
俺の力と、マリアの命。
天秤にかける程も無いね。
「飼い犬に手を噛まれるって、こういう事を言うんですね。糞ガキ」
プルートの俺を貫いた腕をしっかりと抱きしめて固定する。そしてそのまま、丁度こちらを向いて雄叫びを上げるベヒモスの口の中へ。
「ちょっ! くそっ! はなせ!!!! やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろってば!!!!!」
焦り狂ったプルートを無視して、まるで泣きわめく赤子におしゃぶりを与えるかの様に、ベヒモスの大きく暗い口の中で俺達二人は飛び込んで行った。
作中でオースカーディナルのお陰で力が増しているとクボヤマは思っていますが、実際はSTRに補正が掛かり、AGI、VIT、HPはマイナス補正になります。著しく生命力が無くなるのですが、それによってMIND上昇促進補正があり、精神値の臨界点を突破する事が可能です。
イビルクラーケンの一撃を受けきる程の耐久値と勘違いしてますが、耐久値は前よりも更に低くなって、ただ力が増したお陰でぶつかり合いがたまたま均衡して押さえたかに見えただけです。
降臨は、他ステータスを精神値と同じあたいにするので、オースカーディナルによって更に伸びた精神値の分、力が増しています。が、気付いてません。
要するにただの苦行です。全身に麻酔を投与して痛くないもんねーしてるだけだと判りやすいと思います。
お分かりかと思いますが、運、精神がかなり大きな要素になっています。病は気からとかプラシーボとか思い込む力とは偉大ですからね。
お腹痛いと思っていればお腹痛くなって仕事もサボれます。プラシーボ効果で実際にお腹痛くなってるのでサボりじゃないですよ。
お腹が痛いんです。トイレ行ってきまs




