採掘場での戦い3
降って来た太い腕を押し上げる、相変わらず重たい図体だこと。堅い地面で受けたプロレス技は、軋んで威力を分散する事無く俺に直撃する。下が草っ原とかそういうものだったらまだマシだったのだが、更に斜め上を行く採掘場の踏み固められた凝固な地面なのである。
実際そんな中にギロチンドロップする事自体、自分の身体を痛み付けてしまう要因になるのだろうが、この鬼は人間よりも遥かに頑丈で丈夫な皮膚を持っているようで、全く異に返さない様に自重の技を繰り出して来る。
人間は、転んだだけで怪我をする、脆い生き物だというのに。
戦いの前提が少しおかしいとはおもわんかね。
だが、生死を掛けた弱肉強食の世界で種族さなんて言ってられないのである。弱者は常に強者から捕食される機会を伺われているというのに。
そう、強くなくては、種の差と言う物を超越しなければ、弱者に日の目は無い。
その食物連鎖から逸脱できうる程の能力を身につければまた、話は違って来るのだが、それがお互いがこうして立ち会ってしまったら、何としてでも窮鼠猫を噛まなければならない。
鬼のフットスタンプが来る前に素早く立ち上がる。
ズドン、と凄まじい音が響く。
俺だってそのくらいの音を出せるんだからな。
地獄鬼の足の甲の急所に向けて思いっきり踵を落とす。
重たい音が鳴り響く。
ちなみに、威力が出せるとは一言も言っていない。
ハッタリなのである。
ハッタリもとんでもない程のハリボテで、衝撃自体は自分に返って来るというマゾ仕様。オースカーディナルめ、聖十字が撃てないだけでここまで俺を苦しめるとわな。
つかみかかって来た鬼を躱して後ろに回り込む。
金的に一撃。
ダメージを与えた所にはさらなるダメージを重ねるのが鉄則。
流石に少し違和感を覚えたのか、前屈みになる鬼。
延髄ががら空きの所を大きな背中を駆け上ってフライングエルボー。
後頭部には様々な神経が集まっている。いや、首元を通っているんだが、そこに強い衝撃を受けると立っていられなくなるとか、めまいがするとかそんなレベルではない。
即、半身麻痺。そんな事が起こりうるんだ。
いや、鬼に通じるかわからないけどね。
とりあえずギロチンのお返しを俺は弱点特化で攻めてやる事にした。エルボーを全力で放ったら、首元に再び腕を回して、頭から自重を使った垂直落下。
「デンジャラス・ドライバー・天龍だっけ。まぁプロレス技のDDTだけど、お前の場合フライングエルボーも一緒くたにしてるんだろう。天龍落としとかでいい?」
天龍落とし。
カッコイイじゃん。
そう、ただただ技を掛け合うとか鬼相手にする分けない。少しでも優位な立ち位置に身を置く為には、小技を連続して重ねて行くしかない。
角が地面に刺さる。
頭だけで逆立ちをした様な状況だ。
コレはチャンスとばかりに、再び仰向けに担ぎ上げる。
そう、もう一度天狗投の構えに入るつもりだった。
だが、担ぎ上げた瞬間、鬼の身体が激しく震え出した。鬼は足と腕と首、振れる物を全て振って天狗投から逃れるつもりだった。釣り上げられた魚の様に激しく動く鬼に、俺はそのまま押しつぶされてしまう形で背面プレスをモロに受けてしまった。
巨体の重さに肺の空気が全部外に出される気がした。いや、もっと大事な臓器が口からラクダの様に飛び出す程の重みをダイレクトに感じる。
当然骨はほとんど折れている。口から血が吹き出るのは、肋骨が折れて内臓に刺さっているからだろうか。心臓に刺さらなくて良かった。
一点を狙った攻撃は、魔力ちゃんで受け流せるのだが、流石に全体を覆った攻撃をされると受け流す事の出来るスペースが無くなって、モロにダメージを貰ってしまう様だ。
改善の必要があるな。
とにかく、聖書。
君たちの働きに掛かっているぞ。
鬼が不意に俺の上から退いた。とにかく抜けてしまった空気を肺に入れる為に一度血を唾液と共に吐き出すと、仰向けになる。
先に大腿骨からくっつけときゃよかった。
脱出経路という安全マージンを作らなかった俺が間違いだった事に気付く、少しでも酸素が欲しいという生存本能を戦闘に狂ってしまった理性が食い止めない。
鬼が退いてしまった方向に、視線だけを動かすと、いつの間にか用意されているポールの上によじ上って此方を見据えていた。
マジか。
鬼の巨体が宙を舞う。
空中で回転はしなかった、だがその圧倒的な質量が頭から振って来るのだ。その角の先端に、空中で様々なエネルギーを蓄積しながら俺に飛来する。
言うならば、捨て身覚悟のミサイルヘッドプレス。
地獄の鬼という種族を超越したタフネスを兼ね備えているからこそ出来る技なのである。そう、灼熱の中で鍛えた絶対的な耐久値。
俺の土手っ腹に穴があいた。
部位欠損ペナルティなんて、久々だった。超回復と言っても良い反則的な技術を持っているからこそ戦える部隊で、様々な誓約やら聖書の弱体化が引き起こしたこの事態。
要するに、回復が間に合ってないのである。
いや、普通常に回復なんて出来ないのにさ。
相手のステージに立つとここまで脆い物なのか。要するに戦が始まった時点で負け。戦争を回避しなければ、火種を決して回らなければ勝利できなかったのかもしれない。
だけど、負けたらマリアが死ぬ。
どうすればいい、考えろ。
必殺のセーフティーモード。
要するに死んだ振りだ。
傷が繁栄されてない身体を見る。コートも全く汚れていない。そして、この空間では一時的にオースカーディナルの誓約が解除される。
「まったく、とんでもない使い心地ですね」
オースカーディナルをコンコンとノックする様に叩いて、語りかける様に独り言ちる。俺が最終的に秘策として考えているのは、オースカーディナルと再び誓約を結ぶ事である。
北の大地に居た頃は、空中に飛んだり跳ねたり、オースカーディナルに乗ったりしていた訳だが、今では身体の誓約に聖書が追いつかなくなって来た。流石スペアである。
やっぱり、急ピッチででっち上げるのは無理があったのか。降臨すら使う事も無く終了してしまった。
まぁバレるしな、十字架光るし。
外では、仮死状態に落ち入った俺に対して騒ぎが起こっているのだろうか。あんまり動かない屍の振りしている俺の身体を乱暴に扱ってほしくないが、どうしたもんか。
「うーむ。再誓約ですか?」
オースカーディナルに語りかけても答えは返って来る事は無い。返って来るのはきっちりと誓約を躱した際に身体に掛かる負荷だけである。
とんだ借金取りみたいだ。
まぁ、力を借りた俺が悪いんですが。
「でも、仕方ない。何事にも犠牲がつきものだ。コレでゲームプレイに支障が出なければ良いが……。マジでログインして重さで死ぬとか勘弁してほしい」
そして、俺は最誓約の文を読み上げようとした。
だが、それを邪魔するかの様に聖書が目の前を小バエの様に飛び回る。
激しく点滅し、まるで何かの襲来を教える様に警告して来る。未だこの聖書の意思がイマイチ把握できなくて大変だ。いや、言う事はよく聞いてくれるんだけど。
毎度の如く初めてのお使いの様な気持ちなんだよな。
なんか危ない物が来てるならさっさと読んじまおう。とにかく目先の戦いに勝つ事しか今は考えては行けない。
究極的に危ない思考だが、人命第一だ。
「オースカーディナル。もう一度誓おう、更なる誓約を。……異邦の地より渡りし聖者は、彼の地で再び授からん……」
身体が崩れ落ちた。案の定、俺に身体は持たなかった。
そりゃ耐久は並みの神父だもんな。
一般的な前衛戦闘職に比べたら天と地程の差だよ。
聖書がクルクルと頭上を飛び回っている。淡く光る姿がどことなく申し訳無さそうだった。
これは、ダメなのか。
身体の骨が重みに堪え兼ねて折れるとかそんなんじゃないぞ。
気を抜けばブラックホールに吸い込まれる様に消滅してしまうようなイメージ。
俺はこんな過激な力を求めた訳じゃない。
「新約。異邦の地から来られし者よ、異邦の地での約束は忘れたのか? もう一度会おう。そう誓ったんじゃなかったのか? 愛する者の為に運命の車輪を廻せ……」
女の子の声が空間に響く。
おかしい、この空間には俺と聖書と巨大な十字架しか居ない筈なのに。
光が、視界の端で光が生まれる。
そしてその光が近づいて来る度に、どことなく懐かしい様な、とてつもなく愛おしい様な感覚が俺を満たす。
十字架の誓約で、動く事もままならなくなってしまった俺の身体が、光に包まれてどんどん安らいで行くのを感じた。軽くなって行く。
「もう、一人で背負い過ぎなの」
「……フォルトゥナ」
運命の車輪をカチューシャの様にその美しく長い金髪に付けた少女が俺の頬にそっと触れると微笑んだ。
初めて会った時は、どことなくあどけなかったあの少女だったが、いつの間にか少しあか抜けた様な、新神として成長したように感じる。
彼女の背後でキリキリと連動し続ける歯車。
それに呼応する様に回り続ける車輪。
「廻そう、親愛なる友の為に」
「先駆者であり、先導者。彼の地から再び異邦の地へ」
自然と言葉が出ていた。
心に、語りかけてくれている。
この絶対的な安心感。
流石運命の聖書。俺の嫁。
『祝福されし者』
声が一つに重なる。
肉体的にも精神的にも復活した。
遠距離恋愛は辛いね。
「ありがとうフォル。じゃ行って来ます」
「うん、ここならいつでも会えるっぽいから頑張って来て」
殺風景な部屋でごめんなさい。
ってかオースカーディナルと二人っきりとか赦せん。
いや、そんな事よりも、外の様子だ!
聖書のセーフティーモードももう卒業だな。
今までありがとよ。
意識が復活した。
俺は膝枕されていた。
「クボ! 死んだかと思いマシタ!!」
柔らかい感覚が頭部を包む。
久しぶりだな。エリー。
膝枕される俺を中心に、セバス、ユウジン、ハザードが回りの魔物に牽制をしている様だった。
「グッドタイミングだぜ! 回復厨のクボが逝ったら俺どうしようかと思ってたんだけど、その様子じゃ、運命の聖書のお陰って奴か?」
完全に回復した俺を見て、ユウジンが言う。
「冥界の王か。神父、お前は本当に持っているな」
「ええ、本当ですよ。でも不死身の神父が死にかけているなんて衝撃でしたよ」
クククと笑うハザートとウンザリした様にセバスが言う。
俺だってな、知らなかったんだよ実際。初めはただ採掘場を襲った何かを倒す為に来た様なもんだったからな。
実際、罠だったみだいだけどな。
もっときな臭い匂いがあるのかと思っていた、それこそビクトリアの邪神の影絡みでな。
「コレを着てクダサイ。やっぱりコレがないと神父じゃありませんカラ」
そう言ってエリーが懐かしきあの黒い神父服を渡して来る。早速だが早着替え、手慣れだ動作で身につけて行く。服自体の作りは簡単な物なので戦場と言えどこんなふざけた事が出来るのである。
「おい、なんか湿ってるんだけど」
「手汗デス。気のせいデス」
「あれ、凪は居ないのか?」
あとラルドも。と俺は、キョロキョロしながら回りを囲む皆に尋ねた。
「ああ、そこだよ」
と、ユウジンがバジリスクと睨み合っている巨大な深緑色のドラゴンを指差した。怪獣戦争さながら、一体何食べたらそこまでデカくなったと言える程の走竜種がそこに居た。
「ちなみに目は酔っぱらいが守ってるから」
とユウジンが呆れた様に呟く。
竜車の窓から、真っ青な顔をした眼鏡っ娘が肩で息をしながら顔をのぞかせていた。
「おろろろろろろろ」
「あっ」
今回は汚物処理班が居ない。曝け出された汚物は、飛沫を上げて竜車を汚す。セバスに説教されるぞ、俺知らないからな。
奇跡だ。
ぶっちゃけるとかなり奇跡が起きたんじゃないかと言える程、昔のパーティが揃ったよね。
ってか、なんでここで揃うの?
もっとラスボス前とかで揃っても良かったんじゃないの?
いや、ありがたい。
号泣してしまいそうなくらい、皆が来てくれた事によって拓かれたマリア救出への道。もう不覚は取らない。
俺は既に死を超越している。
冥界デストロイヤーなんだ。




