採掘場での戦い2
聖書によって意識が復元される。
あぶねー。
胸ポケットにいつも忍び込ませている聖書が功を奏した。
そう、北への旅路で新しく聖書を見繕った俺は、精神修行と共に間に合わせの技術を聖書に記していた。
大教会の資料室で全てを学んだと言っても良い運命の聖書には及ばないが、降臨なら初期程度には使える様にと書き加えておいたのだ。
いつの間にか、オースカーディナルの誓約に耐える為の常備薬としてしか使っていなかったんだが、これでも降臨くらいは使えるんだ。
しかも、聖書はどちらかというとマリアを気に入っている様だった。まぁ確かに俺には既に一つの聖書をエリック神父から譲り受けている訳だし、あの旅路ではマリアも聖書の世話になる事が多かった。
これこそ、百合と言う物なのだろうか。
俺もエリック神父に乗っ取って、フォルが無事に帰って来たらこの聖書をマリアに譲ろうかと常々考えていた訳である。
話がそれたが、北への旅路で培った物はまだある。
魔力ちゃんとの絆である。
ヌルヌル魔力と馬鹿にされた俺のアイドル魔力ちゃんだが、魔力展開とその流動性に磨きをかけた結果、常に俺の回りを流動する層となった。
一見過ごそうに見えるコレ、魔力障壁の劣化版という奴だ。マリアが得意としている防御結界も魔力障壁も、魔術や物理攻撃を弾く効果がある。
流動する魔力に弾く力は無い、搦め捕って分散させるのが役目である。
とことん近接特化した身体になってしまったと思う。
まぁ前衛職になりたかったんだけど。
もっとこう、スキルをババンと放ちながら勝利の余韻に浸ってみたいとか、そんな風に思った事は何度もある。
何度もあるのだが、やり直しは不可能なこのゲームである。
自分が持ってる物を磨いて行くしかない。
掌の術式のインパクトの瞬間、魔力ちゃんがそこを起点に流動し衝撃を身体から受け流して分散させたお陰で、直接心臓を狙った一撃を耐える事が出来た。
電気ショックの様な一瞬の痛みだけすんだので聖書での回復が間に合ったのだ。それが無ければ今頃心臓が破裂していたんじゃないかという程の衝撃だった。
心肺停止の際、開ききった瞳孔を見て仕留めたと勘違いした冥府之鬼だが、再び目に光を灯した俺に僅かばかりの動揺を浮かべていた。
今度こそ仕留める。と甲高い金切り声を上げながら、次は双掌にてもう一度あの一撃を放つ算段の様だった。
馬鹿だな。
明らかに武を持つ人形の魔物との戦いに少し高揚していたのだが、興味が薄れた。
俺の戦い方は基本的に接近して殴るもしくは掴んで齧っていた柔術などに持って行くスタイルなのだが、魔物相手にそれが出来るもんか。
巨大なタコやトカゲ、獣類にどうやって人間用の技を掛けれるもんか。実際だ、プレイヤーズイベントでしか俺が活躍できる場なんてなかったんだよ。
まぁ痛い目見たけどな。
だが久々に人形の魔物で、しかも、完璧に俺の虚をついた攻撃を仕掛けて来る相手である。楽しみだったんだが、ネタがバレればあまりにも直線的な攻撃に興ざめしてしまったのである。
オースカーディナルの誓約により、鈍足化してしまった俺であるが、お陰でその身に宿す力は人智を超えた物となっている。
遅くなった動きは経験でカバーすれば良い。これほどまでに直線的な動きだと容易に攻撃のタイミングに合わせて迎え撃つ事が出来る。
両手をクロスさせ鬼の双掌に合わせて手刀を手首にお見舞いした。
悲鳴を上げながらその勢いの儘前につんのめる鬼に勢いを殺さず肘鉄を叩き込む。
ボッという地面に鉄球を落とした時の様な重たい音がした。
鬼の心臓の位置にぽっかりと空いた穴。
ボトリと倒れて鬼は消えた。リアルスキンモードにそんな仕様は無いので、多分冥界に戻って行ってしまったのだろうか。
え、それってまた復活するってこと?
マジか。
「武器は取り上げたつもりだったんだけどね」
「ただの本ですが?」
コレこそルールの裏をついていると言えよう。もっとも俺の持つ装備の中で、武器と言える物なんぞ無い。
全てが神に使える上で必要になって来る物なのだ。クロスと聖書は断じて武器じゃない。本当だ。
「え、だってそれでぶん殴るんでしょ? ってか誰がどう見てのあの大きさの十字架は武器だよね」
とオースカーディナルを指差しながら述べるプルート。
それは断じて間違ってない。
これだから暑苦しい馬鹿でかい十字架は嫌なんだ。
クロスたそは戻って来るのだろうか。エリック神父に取り上げられてしまったからな。クロスたそと魔力ちゃんと聖書さんの三位一体がそろってこそ、本来の俺って感じがするというのに。
早い所コイツをぶちのめして中央聖都ビクトリアに行かなくてはならない。
プルートの口から行っていた地獄に堕ちた神父というのにも気になる。どこまで腐ってんだ教団の一部よ。
ま、その地獄でも散々暴れ腐っているらしい、そこはグッジョブ。
俺の生命維持装置代わりになっている聖書だけは奪われてたまる物か。ここは連戦である。「さぁこぉいっ!」と野球部張りの気合いを入れてうやむやにする所存。
「やる気ばっちりみたいだから、冥府の鬼の釜茹で番長のボイラーさん。行ってみよっか」
姿を表したのは、先ほどの鬼より二回り程も図体の大きくなった真っ赤に茹で上がった様な鬼である。その身から汗の様に蒸気と水滴を吹き出している。
「いや、俺もそうなるけど、そこまで汗は吹き出ないから」
はて、どうだかな。
例の鬼闘気という物に少し似てませんかね。と考えていると、ユウジンと一瞬目が合った。彼は何とも言えない様な顔をしながらこの鬼を見ていた。
あえて一言で表そう。
練習後のプロレスラーだ。
これでプロレス技の一つも掛けてくれれば、センスあるよ。
すぐさま鑑定する。
地獄鬼・釜番頭
『地獄に落とされた咎人に灼熱の苦しみを与える溶岩の釜を管理する。その鬼の中でも番頭の役職に就く鬼。暑さに強いが、万年サウナの様な場所で過ごしているので大変汗っかき。皮膚は真っ赤になっているが、コレは灼熱が故。レッドオーガとはまた違った性質である』
マジで汗っかきだった。
鑑定で弱点とかステータスとか見れれば良いんだけどな。
そう言えば未だ精密鑑定すら覚えてない。
まぁいいや、とにかく次は先手必勝で行く。
自分の持つ速度を最大限に使って、勢いを付けた拳である。だがコレは当て身で本来の役目は掴んで転がる所にある。
汗でべたつくこの鬼に、あまり転がして仕留める様な手段は取りたくないのだが、いくら強化されたと言っても物理で挑むのは些か過信し過ぎだと思う。
こういうのは自分のフィールドに持ち込んで勝利するに限るな。
案外、このボイラーと呼ばれる鬼の動きは鈍い。と、言うより此方の攻撃に対してあまり興味を示そうとしていないのである。
当て身をしてみて気付く。掴んだ勢いで思いっきり土手っ腹に掌底を打ち込んで見たが、さほど有効打にはなっていない様だった。
そうかそうか。
そんなに耐久性に自信がおありですか。
少しゲスいが、コレお見舞いしていやるよ。
一枚しか身につけていない腰布を奪って投げ捨てる。地獄に住む魔物の革で出来ているのか、恐ろしく丈夫だった。
関係無いわいと行った風に俺の腕が万力の様に力を込めて行く。ブチブチ打ちと音を立てて引きちぎれて行く腰布。
後ろから裸締めの要領で腕を回し、後ろ髪を毟る様に掴んで首を極める。首太すぎてかなり一杯一杯だが仕方ない。
そして鬼の股間から差だけ出された玉二つを掴む。一瞬だけビクッを震えた鬼。身体の硬直が緩くなった隙に一気に全身に力を入れて抱え上げた。
「んぬああああッ!!!」
イビルクラーケンの一撃を止める程の贅力だ。この鬼も、それ相応の重量を感じるが、なんとか持ち上げる事に成功。
そしてここから重力に身を任せる様に頭から鬼を叩き付ける。ついでに玉は潰しておいた。汚い。
「天狗投か、ゲームの中でそれ極める奴初めて見たよ。まぁ、ゲームだから出来るのか」
そう、首と股間を極めた状態で無防備の後頭部を地面に叩き付ける技。一見飛行機投げに見えるのだが、決定的な違いは首と股間を極めているのと、俯けではなく仰向けに相手抱え上げる事だ。
本来なら股間は握りつぶさないが今回は鬼相手なので。
だが本来、天狗投デストロイヤーは禁止技中の禁止技なのだ。
ってか今頃なんだけど鬼にも物はあるんだな。
ま、そりゃそっか。
「うわぁ〜。お前、ゲスいね」
「魂を人質に取るよりマシだと思いますけど」
うん、俺の言ってる事、五十歩百歩と言う奴だな。
「まぁいいや。ボイラーさん達地獄釜の鬼は、灼熱に耐える程の耐久を持ってるんだ、キン○マ一つや二つ潰れた所で何ら問題は無いよ。ほら、この通り立ち上がって来るよ。流石に今のは効いたみたいだけどね」
うそーん。
プルートの言葉に後ろを振り向けば、後頭部を押さえて首をコキコキと鳴らしながら立ち上がって来る鬼がそこに居た。鬼の回復力で完全に拉げた玉は一応形を取り戻していた。
まぁ機能が備わってるかは知らんがね。
と、そう思いながら俺は変な液体でベトベトした手を服の裾で拭った。
ユウジンの馬鹿笑いする声が聞こえて来る。
破れた腰布を体裁を整える様にしっかりと定位置で縛り終えると、鬼は俺に向かって「次はお前が耐える番だ」と一言。
タックルを仕掛けて来る。
ってか喋れたのね。その事実に驚きながら素も直に従う分けないじゃないかと言う風に、半身でギリギリ躱す。
だが、腕を掴まれてしまった。
図体が急に方向転換できないだろうと勘ぐっていたのである。
掴まれた手首を振りほどく。掴まれた時に、手首を縦にして振れば相当な握力が無い限り、基本的にほどけやすいよ。豆知識な。
これで躱した。と思ったら、とんでもない事が起きた。
ボイラーが、プロレスのロープワークよろしく。大きくバウンドして此方へ再び突っ込んできたのだ。ロープのバウンドに寄ってスピードを更に増してな。
ラリアット。鬼の豪腕が俺に首元にクリーンヒットする。
空中で三回転程勢い良く回ってうつ伏せに倒れ込んだ。例に寄って倒れ込む際にとんでもない音が響いた。
てか、なんでロープが……。
プルートの連れてきたと思われる魔物共が、大勢でロープを支えていた。ボイラーの重さに耐えきれず、腕が千切れたゾンビ系の魔物もある。
倒れた俺にボイラーの巨体が降り注ぐ。普通のフォールをしようとしているんだろうが、その巨体でそれをやられると、ひとたまりも無い。
耐久値が増した身体が重みで拉げてしまう事は無いが、最悪窒息死だろうな。
あくまで外側だけで骨とか内臓はすぐやられるんだし。
膝を立てる。身体が動かない程にダメージを蓄積させとくんだったな。
この鬼も詰めが甘いぞ。
自重によってやられてしまえと思ったが、それを察したのかその図体に似合わない俊敏な動作で、身体を捻らせ俺の膝を回避しつつギロチンドロップである。
そう、また首に。
呼吸が出来なくなるが、潰れた喉をすぐさま聖書が治療する。相手に悟られない程度に。
これで俺の闘争本能に火がついた。
乗っかってやんよ糞。
物事は引き継がれる事によって、特別な価値を持ち始める。
それは既にこの世から去ってしまった故人でも同じ、意思とは継ぐ物の心の中で輝きを放ち続ける物である。
※書いてて気付きました。なんで俺プロレスやってんだろって。01/24 4:30




