-幕間-麗しき長い耳
進化の兆候が始まったのは、雪精霊と出会ってからだった。姫騎士として研磨を行っていた私の身からすれば、次第に衰えて行くせっかく鍛えたばかりの自分の筋力に非常に残念な気持ちで一杯であったが、私の肩に座って微笑む彼女を見ていると、そんな気持ちも次第に薄れて行った。
私は元々、日本のゲームに強い興味を持っていた。自分の故郷にエルフの伝承が残っていて、それにあやかってエルフの姫騎士プレイなどと言うロールプレイを学友と共に行っていた。初期RIOのキャラメイクでは人族しか選べなかったというのに。実際成り切りプレイは楽しかったんだけど。
そんな状況も彼と出会ってから一変して、更に深い形でこの世界に関わる事が出来ている。ロールプレイの垣根を越えた、エルフその物に私は進化しているのだから。
雪精霊が今ここに居るのも、エルフへ進化した事も、私の心の根底で精霊やエルフの存在を信じていた事が結果に成ったのかもしれない。
「おや、いつ頃お戻りになられていたんですか?」
ギルド『GoodNews』。その中でも限られたメンバーしか入る事の出来ないと言れた大聖堂内のベンチの一つに腰掛けて、この世界の教会に良くある女神像の代わりに安置されている運命の聖書をぼんやりと眺めていると、お洒落なティーセットを乗せたワゴンをおすプレイヤーに母国語で話しかけられる。
「ただいま御門。エルフって本当に居るのね、感動したわ」
「エリー様、ここではセバスと呼んでください」
学友である御門藤十郎は、セバスチャンという名前で一緒のギルドに所属してプレイしている。元々、エルフの姫騎士とうたっていた頃から従者としてプレイするとお互い決めていたのだが、いつの間にか執事姿が板について、今では色んな所を駆け巡ってこの世界の経済に携わっているらしい。
本人は、勉強した事が使えて面白いなど言っていたが、生徒会長として生徒会の会議でこの世界の裏の亡者と権謀策略を繰り広げて来た時の雰囲気を出すのは勘弁してほしい。
非常に息が詰まる。
「あら、貴方だってわざわざ私の国の母国語を使わなくてもいいのに?」
「貴方様の日本語は、話になりませんからね…」
学校生活は毎日がめまぐるしく、こうして体感時間が引き延ばされている世界でセバスの紅茶を楽しむ事も、最近の日課だったりするのだ。こういう所で気軽にゲームを楽しめるのがRIOの良い所。
「あら、この紅茶美味しいのね」
一口飲んで、私は正直な感想を上げる。香りも味も上品かつ口当たりも良い。それよりも、故郷の味をどことなく感じるのだ。
「タイムブレイクティーと呼ばれる、この世界の北に有る紅茶です。珍しくクボヤマ様からティーセットと北の水付きで送って来たので、エリー様が本日戻って来られてると聞いて準備した次第です」
「クボ…」
懐かしい名前を聞いて視線が自然と彼の聖書へと向かってしまう。日本人にしては妙に神父服が似合う彫りの深い男性。彼と出会ってから、私は大きく変化したと言っても良い。
「あ、手紙も入ってましたよ」
「読んで」
「西沿岸を通って船で帰って来ます。グランドクエストみたいな物があるので、ギルドの力を貸してください」
帰って来る。そのワードを聞いた瞬間に胸が高鳴るのが判る。茶菓子であるスコーンを齧りながら、リアルで会ったクボの事を思い出した。
多分クボは知らないと思う。彼が龍峰学園に卒業生の講義を行いにやって来た時、講師名に久保山の文字が入っていた事に気付いた私は、早速講義を受けに行った。もしかしたら目が合うかもしれないと思って熱烈な視線を送っては見た物の全くこっちに気付いた素振りは見せず、そのまま終了してしまった。
久保山の講義は終り掛けの質問タイムみたいな物がなく、これからまた仕事なのでここで終りますとあっけなく立ち去ってしまった。
メールでも、滅多にリアルについて話さない彼との唯一の思い出。
随分と一方通行な思い出ではあるけど、思い出は思いでなのである。
「一体いつ帰ってくるの?」
「西岸部を通っていればローロイズを必然的に通る事になりますから、ユウジンさんも連れて帰って来るつもりなのでしょう」
「逆算して今頃どこだと思う?」
そう尋ねるとセバスは一瞬押し黙った。彼の頭の中では今頃凄まじい予想と演算が繰り広げられているのだろう。実際に、成績では常にトップに立つ人で、私もテストではかなり彼に助けられている。
「何かに巻込まれる事を予測に入れると、絶対に何処かでトラブルを起こしている筈です。なので、手紙の日付から逆算すると、今頃やっとローロイズに到着する前にトラブルに巻込まれている所でしょう」
断言するセバスに少し吹き出してしまった。確かに彼と歩む旅で何かに巻込まれなかった事は一度も無かった。最近遠出してソロで尋ねてみたエルフの郷だけれど、ただ観光して精霊魔法に対する手ほどきをしてもらって、そのままUターンしてギルドの有る中央聖都に帰って来た訳だ。
「早く帰って来ないものかしらね…」
「お嬢様、こっちから出向くという手もございますが」
セバスはいつだってファインプレーだ。クボが良く口癖で言ってた言葉である。いつの間にか私も使う様になっていた。飲み終わった紅茶を戻すと、改めてセバスに尋ねる。
「可能なの?」
「皆バラバラになってしまって、ギルドを一人で切り盛りするのもなんだか腑に落ちないですからね。総責任者は彼なのですから、そろそろ彼に丸投げしても良いかと」
ギルド登録自体は、彼の名前でしてますからね。とニコやかに言ってのけるセバスは、クボと意外と仲良くしていてそう言う根本的な部分で彼に簡単に背負わせて反応を楽しんでいる節がある。羨ましい。
クボもクボで、セバスに何かと雑用を任せていたので、持ちつ持たれつという立場だった様に感じる。
私もそう言う仲でありたいんだけど、いつからだろうか、いつの間にかただ守られるだけの立ち位置に成っていた様な気がする。
「逆にこっちから彼に会いに行くのね」
「そうです。ビクトリア内でも、教団が何やらきな臭い状況だと情報が回って来ていますからね。予想だと最果ての採掘場と呼ばれる場所で一悶着起こるかと思います。今世界でも重要になって来ている魔法鉱石の一般流通に関わる場所ですからね」
「わかったわ。ラルドを走らせてどれくらい?」
「そこそこ掛かりますけど、ローロイズ内でも足止めをくらうとして、ギリギリ間に合いそうです」
なら、ピンチの時に駆けつけて上げましょう。と私は立ち上がった。大聖堂に置かれている彼の聖書を安置されている透明なボックスから取り出すと、セバスが黒い神父服を渡してきた。
その目には、コレも貴方が持っていてくださいという意味が込められていた。私はそれを抱きしめて一瞬匂いを嗅ぐと、懐かしい匂いに少し頬を染めながら空間拡張された小袋に入れた。
「その服装で行かれるつもりですか?」
「いいえ、着替えるわ。エルフの郷で貰って来た物があるの。可愛いし防御性能も良いから」
セバスはワゴンをしまうと、準備して参りますとそそくさと大聖堂を後にした。ワゴンをしまうくらいなら、わざわざ押して来なくて良いのに。と思っているが、彼は常にそう言う細かなディテールを意識している。ファインプレー故に。
大聖堂からギルドホームを通って自室に向かう途中、『GoodNews』に新しく入ったばっかりの人達に話しかけられた。
「姫さん! 戻ってらしたんですね!」
「エエ、少し前に戻って来マシタ」
「これから狩りですか? それとももうログアウトですか? 珍しくギルドに居るんですし、時間空いてたら新しいギルドメンバーに何か話して上げてください」
「少し出かけて来マス」
「ほぉ、またですか。次はどちらへ行かれるんですか?」
「ギルマスを連れ戻しに行ってきマス」
一度も触れる事の無かったエリー回です。
正ヒロインの座は渡しませぬよ?
セバスの予想はファインプレー




