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イカレタ馬車上の戦闘

「なんで間違えるかな…」


 違和感を感じたのは、景色が湾岸から一切変わらなかったからである。迂回して回り道を通っているのかと思いきや、まさか逆方向に向かっているとは、男二人だけの空間で懐かしい話に花が咲いていたのもまた一因である。


「いや、ぶっちゃけノリで乗ったけどよ。観光竜車なんてあると思わなかったんだよ。文明開化早過ぎだろ」


 この着流し浪人スタイルの男、この国の中枢に食い込んでおきながらやはり頭の中はひたすら自分の事ばっかりだったらしい。で、結局飛竜の卵はどうなったのかと言うと、未だ切っ掛けは掴めないらしい。


「魔力に変わり闘気で育てたと言うが、鬼闘気って自分で呼んでるんだから、竜が産まれるとは思わない方が良いかもな」


「…たしかに。ってか、剣鬼って二つ名がついてから、必然的に剣技に鬼と名前がつく様になったな」


 冗談の一言だったのだが、思いのほか真に受けてしまったユウジン。ノーマルプレイの攻略でも武術職は、魔力では無く闘気と言う物を使いスキルを使う方式になっているらしい。

 アップデートと呼ばれる物が行われる度、この世界にはなんだかんだ色々な呼び方と使われ方をされる不思議な力が出来ている。


 魔力、法力、闘気。

 宗教とも密接に関わっていたりするのだが、その辺りの匙加減は人それぞれである。武道もまた、宗教に近い様な物である故に。


 ヒール、ハイヒール等の回復は基本的に法力と呼ばれる力を使い。

 アクアヒールやナチュラルブレッシングは魔力を使う。

 快気法は闘気。


 回復スキルだけでも、種類は沢山ある。最近仕入れた知識と言えど、俺はそう言う情報に後手だと言う事を加味すると、またアップデートで呼び方が変わっている、もしくは、新しい物が増えているかもしれないな。


 謎だ。

 運営の考えてる事はわからん。


 話は脱線したまま少し戻るが、鬼闘気とは闘気の更に上位スキルという立ち位置に落ち着いている。鬼の名を冠する事で心より鬼が目覚めるという。

 エグい性格とか、彼は元々心に鬼を飼っていたのだろうな。自身に対しても鬼の様に厳しい、そして自身の門下生にも鬼の様に厳しい師範と恐れられている。


 そして本筋に話を戻すと、てっきり俺達が向かった竜車乗り場には、最果ての採掘場行きしか無いと思っていた。だが何故か観光用の竜車がたまたま停車していて、どうせ乗るなら少し高級なのにしようとか言う金の亡者的考えから、観光用に作られた質のいい竜車に乗り込んでしまったという訳だ。


 で、なんか風が気持ちいいなと思っていたら、景色はずっと海を映していてローロイズの海岸線沿いに南に少し下って来てしまったという事になる。


 あれ、これマズくね? と気付いてから降りた時には、そこそこな距離を移動してしまった。だが、出発したのが昼前であったから、まだ間に合う。


「そう、誤差の範囲だ」


「そう言うのは、無事に採掘場に着いてから言え」


 そう、絶対何かあるだろ。

 このままハプニングが続くと、とんでもない展開が待ち受けている。そんな気配がビンビンに漂って来ていた。







「あ、あのキャラバンに同乗さしてもらおうぜ」


「なんだか物々しくない?」


 巨大な黒い馬に牽引される何の革を使用してあるのか判らないが光沢のある巨大なキャビン。筋骨隆々の黒馬は、その巨大なキャビンを三つも連ねて進んでいる。その姿はまた異質である。


「かなりの速度だから、これで巻き返せるぞ? おーい!」


 そう言いながら馬車に向かって手を振るユウジン。

 そして、馬車は俺達の前に停車した。


 手を振ったユウジンに対して、御者席の男はどこまでも無表情だった。そして黒馬を止めると降りて来てキャビンの後部ドアを開ける。オースカーディナルをキャビンの上に積み込むと、ユウジンと馬車に乗り込んだ。


 一番先頭を走っていた馬車は、人が乗れる様にされており、薄暗い明かりの中でジッと座っている先客が居た。この馬車の護衛なのだろうか。

 いや、護衛だとしたら、外に一人も居なかったのがおかしいな。あの筋骨隆々な黒馬なんだ、低レベルの魔物は近寄りもしないだろうな。だとすれば、俺達と同じ様なと途中で乗せてもらった人達である。


 それにしても、皆寝ているのか。

 薄暗くて表情が見えないが、そこそこ広めに作ってるとは言え、キャビンの中は空間拡張されていない限り、そこそこ近い距離感なんだが、全く言葉がないこの状況が更に異質に感じる。


 不気味過ぎて今すぐ下車したいのだが、既に馬車は走り出している。

 この馬車、一見丈夫に作られていて高級そうに見えるが、椅子は堅いし揺れはダイレクトにケツに来る。乗り心地が凄く悪い。


「おい、なんかおかしくないか?」


「しっ。聞こえるだろ。しかし、窓が無いって言うのが辛い。これは本当にローロイズの停留所まで向かってるのか?」


「人が乗ってるんだから向かうと思うけどな。とにかく息苦し過ぎ、おまえなんか話掛けろよ」


「この状況で? 馬鹿言うなみんな寝てんだろ」


 おかしいどころか、不気味だっつってんだろ。

 窓すらないキャビンの閉塞感に息が詰まると同時に、不安も出てくる。


 そしてユウジンがおかしな事を言い始める。


「いや、だとすれば皆目を開けたまま眠ってる事になるぞ」


 ユウジンの視力はとんでもないくらい良い。して夜目も聞く。圧倒的ステータスの下地に彼自身の努力の結晶でもある。コイツのステータスって今どのくらいなのだろうか。


 以前、悪魔鉱人形デモンゴーレム・アダマンタイトのぶん投げをまともに喰らっても死ななかったコイツの生命力は、ゴキブリ並みにしぶとそうである。


 そんなことより、目を開けたままってどういう事だよ。

 ああ、怖い。

 聖書さん聖書さん。


 そして聖書シスターズを胸元から取り出そうとした俺の右腕をいきなり掴む物が居る。


 一瞬だが身体が硬直した。

 ビビらせんなよユウジン。

 だがしかし、ユウジンは俺の左隣に座っているのである。


 キリキリと首の関節が動き、俺の視線は右を向く。

 ただ一線に一線に俺の目を見た男の乗客が、腕を掴んでいた。


「それ、ダメ」


「あ、はい。申し訳ございません」


 ただ、注意されただけだった。

 彼の視線は、ずっと俺の目を聖書を往復していた。


「あ、あの。ユウジンさん」


「お、俺に解答を求めるなよ」


 周りを見ると、いつの間にか真っ正面の虚空しか見ていなかった乗客の視線が全て俺に集まっていた。



「…餌を撒いていたが、早く釣れた」

「…こいつ、あの神父か」

「…いいや、まだ確定した訳じゃない」

「…どちらにせよ、ヤッテクッチマエ」


「…同意。クウ」



 急に顔を掴まれる。そして蒼白で血管の浮き出た男の歯が俺を襲う。得物を丸呑みにする蛇の様に開かれた口。顎が外れたというよりも、頬肉を引き裂きながら大きく開かれた口とグロい中身。


 戦慄した。そして思わぬホラー展開に身体が硬直する。

 バクンッ。口が閉じる音がする。


 鼻先スレスレでユウジンが俺の襟元を引っ張った。

 お陰でなんとか回避できた。それが無ければ俺の鼻は今頃無くなっていたかもしれない。噛んだ勢いで、男の歯が何本が折れたり、歯茎に食込んでしまったのが見えた。そしてその飛沫が顔に飛び、異臭が鼻を刺す。


「これは、ヤバいな」


「オースカーディナル、キャビンに積んだままです」


「俺も刀は上に置いて来ちまったよ」


 共に、武器はキャビン上の荷物置きに置いて来てしまっていた。

 そして狭い空間で、乗客数人が俺達に群がる。


 さながらエレベーターの中に押し寄せるゾンビのようだ。


「グオオオオオアアアア」


 本性をむき出しにした様に汚い飛沫を上げながら、群がって来る乗客達。

 すぐに逃げ場は無くなった。


 狭い車内であるから当然で有る。

 とりあえず聖書シスターズを開く。


 精神的にかなり増しになるからな。

 と、言うより。常時シスターズによる回復魔法を掛けておかないと今の身体はオースカーディナルの誓約により耐えられなくなっている。


 たが、俺の拳骨は重たいぞ。

 聖書の光によって明かりを確保した俺は、一番前に押し詰めていた男をぶん殴った。


 重たい音がして、男は弾き飛ばされる。プロレスのロープの様にバウンドするんじゃないかと勘違いする程、キャビンに張られた革が限界まで伸びて、バツンと音を立てて破れた。


 明かりが漏れるが、何故か日は沈みかけていた。

 どれだけ長く乗っていたんだ俺達は。


「うおっ!」


 破れた衝撃で、俺が推し縮める様に背中で圧を掛けていたユウジンの後方の扉が開く。投げ出される様に外へ飛び出すユウジン。


「手ッ!」


 掴んだ。

 だが、押し寄せるゾンビと共に俺達も投げ出されてしまう。


 馬車の速度はかなり早い。そして、もし地面に落ちて転がった先は、大地を勇猛に踏みしめる巨体な黒馬の四本もある前足である。

 マッシュポテトになった自分の姿が容易に想像できるぞ。


「鬼闘気! 波ッ!!」


 叩き付けられる刹那、ユウジンが闘気の様な物を掌から地面に射出した。

 地面が音を立てて抉れる。


 そして、その勢いで俺達は再浮上して、運良く黒馬の上に舞い戻る事が出来た。

 俺達と共に落ちた数人の乗客は当然の如く、四本の足と巨大な蹄でマッシュポテトである。異物を物ともせず走り続けるこの馬、恐るべし。


「クボッ! 後ろッ!」


 後ろを振り返ると、この馬車の御者席に座っている無表情だったハズの男が、顔を真っ赤にして般若の様な形相で此方を見ていた。


「変わり過ぎだろ!!」


 心臓を狙った刺突を剣の腹を叩き逸らす。バランスが崩れた所に蹴りを叩き込んで馬車から落とす。運悪く、制御用の手綱に足が絡み、顔面擂り下ろし状態に陥ってしまった敵。この世の物とは思えない悲鳴を上げて絶命した。


「とりあえず武器を取りに行くぞ」


 ユウジンがロープに引っ掛かったままの足を振り落とす。そして手綱を握ると馬を操り出した。


 掛け声一発、馬車は速度を上げて行くのだが、後ろを振り返ると空を飛ぶ魔物まで現れ出して俺らが武器を追っているのか、それとも追われているのかよく判らない状況に落ち入っていた。


 景色は湾岸だったのだが、いつの間にか夕暮れの山林地帯を走っている。

 採掘場はどっちだ。






黒魔軍馬ブラックアーミースレイプ

『前足が4本、後足が2本の計6本足の軍馬。伝説の軍馬スレイプニルの眷属である。性格は実直で、命令を確実にこなす様に品種改良を受けて来た。筋骨隆々なその体躯は自分の身体より遥かに重い物でも運ぶ事が出来る。魔大陸固有の種族である』




 この二人の戦闘パート書くのも久しぶりですね。

 波っ。出ました。

 こ、これは、あの予感がしますね。

 ゼ○ト戦士。


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