海溝での決着
今回後書きもストーリーの中に入っています。
釣王と呼ばれるライフジャケットを着用した黒髪の女の子は、クボヤマの提言に素っ頓狂な声を上げた。
「…一体どういう事かしら?」
一瞬美少女が驚く表情を見せてくれた釣王は、即行で元のブスっとした真顔に戻して聞き返す。それでも十分蛍光色のライフジャケットにフレアスカートという異色の服装が似合う程の切れ目美人なのだが…。
「アレを見てください」
「…おっきい船だわ」
クボヤマが海底に鎮座する方舟を指差す。未だ回りでは死海蛇・帝種と伊㚙留我と呼ばれる大王イカの睨み合い、そして魔力を吸い取ってしまうイビルクラーケンと海竜王女リヴァイにマっくんと呼ばれる巨大な深海鯨の取っ組み合いが勃発している。
怪獣大戦争だな。
そんな中俺達の間だけでは謎にシリアスな空気が産まれつつあった。
「海竜の間で受け継がれる英雄との繋がりが、あの方舟に隠されているらしいです」
「海竜からは何も聞いてないわ、ってちょっと…!」
付いて来てくださいと釣王の手を引いて強引に方舟へと向かって行く神父。おいおい、女の子をそんな強引に扱うもんじゃない。
釣王も釣王で握られた手を凝視しながらテクテク付いて行く。元々表情が少ない人なのか、ポーカーフェイスなのか知らんが、嫌がってないなら良いけど。
そんな様子をジッと見続けるマリア。
こわっ。
「たしかに釣王は西海域一の航海士じゃ、母なる海への貢献度も他を凌いどるからの、もしかしたら方舟の手掛かりがつかめるかもしれぬ」
鯨の応援から戻って来たリヴァイが言う。
俺も話に流されるまま、彼等について方舟内部へと再び向かう。
外では相変わらずすったもんだの大騒ぎしているんだが、深海鯨はイビルクラーケンの鋭い吸盤を物ともせず噛み付いている。
もしかして食べてんの?
「マっくんは海の浄化を司るからな、魔力も吸い取られるどころか浄化しよる」
目にハートマークを浮かべてそうなリヴァイのウキウキした声が聞こえる。
海竜種はその役目を担ってないのかと聞いた所、竜種と地神の役割は完全に別れているらしい。自分で浄化しないくせに竜脈を汚されたら魔力供給できないとかダメじゃね?
そんなこんなで船内へたどり着いた。
マリア司書が潜水艦に置き去りにされ一人寂しそうにしていたので、魔力が少しずつ回復しているリヴァイが潜水艦を方舟に隣接させ、水圧に負けない様に魔力でカバーして移動させる。
うむ。重要な説明役ですからね、彼女。
「これは、対魔兵器ね。いや、対邪神ってところかしら」
世界の縮図を見た釣王が言う。
「神時代からの歴史しか大教会の資料室にも置いてないから知らなかったわ…」
リヴァイから話を聞いたマリアが言う。
「記されている人種の紀元が神時代から始まったとすると、この方舟はまさに紀元前と言う形になるんでしょうかね」
クボヤマも言う。
そうだな。
俺は家が浄土真宗だから何とも言えないが、例えるなら竜紀時代とかそんなんでいいんじゃないのかと思う。
世界の縮図を囲みながら、それぞれが一様に思った事を口にする。
ただし、誰も真実にはたどり着かないまま。
「ふ〜む、一度話を整理しましょうか」
英雄との繋がり…。
『遥か昔、人は絶滅寸で迄追いやられていた事がある、その時の竜族は世界の観察者としての責務を全うしていたらしい。ノア・アークと呼ばれる船大工がまだ幼き神子を託した一隻の方舟。その子を守るべく船に乗った人々がのち英雄と呼ばれる人物になったそうだ』
リヴァイの話を思い出す。
「英雄を乗せた船、それがこの方舟の意味じゃないのか?」
そう、幼き神子とは今人種の仲で崇められている神の最大勢力、女神の教団の女神『アウロラ』なんじゃないだろうか。
クボヤマ神父から聞いた話なので、詳しい内容はわからないが直感的にそう思う。何より、英雄の鼓動が歴史に反応している気がする。
「英雄との繫がりとは、そのままの意味合いだったんですね」
クボヤマが言う。
少しずつ、方舟の全容が見え始めたとき、釣王が慌てた様に言った。
「いけない! 伊㚙留我がこれ以上戦闘を引き延ばしに出来ないって、深海鯨とイビルクラーケンの戦いも膠着し始めてる!」
『下等な種族が! 所詮王種、我の敵ではないわ!!』
方舟内まで響いて来る死海蛇・帝種の痺れを切らした様な叫び声。
その声の振動によって方舟が少し軋む。これが邪神の波動と呼ばれるあの悪女ヴィリネスも使っていたものか。
「とにかく、俺は外に出るぜ!」
「後で追いつきます!」
どちらにせよ、船が動く前に壊されちゃ敵わないからな。
クボヤマの言葉を背中に受け、俺は方舟を飛び出した。
外では帝種の蛇に巻き付かれ苦しそうにする大王イカが目に入った。応戦して足を絡めては居るが、力負けしている様子が一目で分かる。
「援護する!」
くりくりとした大王イカの目にアイコンタクトを送ると、改めて帝種に向かって英気を振り絞る。
ゲンノーンで攻撃できる点は、奴の目だ。
一瞬だが、奴の気を引いてくれた大王イカには感謝しなくてはいけない。
俺は武器を奴の目に突き刺した。
奴の紫色の血液と体液が、海を汚す。だが海流に乗って流れて行くので死海が遮られる事は無かった。
もう片っぽの目も潰しておこう。
だが、帝種は必死の抵抗で頭を振る。目に引っ掛けた武器のお陰で弾き飛ばされる事は無かったが、そのかわり猛烈な邪神の波動を俺と大王イカは至近距離で受ける事になる。
『グゴアアアア!!!』
言葉にもならない獰猛な声である。
大王イカは振りほどかれてイビルクラーケンに応戦している深海鯨に激突した。
膠着していた戦いが急激に変わって行く。
「クラーケン!!! さっさと船を破壊しろ! 回収する必要は無い!!」
帝種の声に従う様に、鯨の歯から開放されたイビルクラーケンは太い足をしならせ方舟に叩き付けようとした。
邪神の影響に寄って破壊衝動が格段にアップされたイビルクラーケンの一撃である。耐えきれるのか。
「うおおおおおお! させない!!」
帝種の目の奥に武器を突っ込み一捻りする。
これは効くだろ?
案の定、激痛に身をよじる帝種を置き去りに俺はクラーケンと方舟の間に飛び込んだ。すぐ復活するだろうが十分な時間は稼げたはずだ。
これだけは壊させていけない。
鼓動が教えてくれる。
ゲンノーンを手放して巨大な一撃を受け止める。
魔力を吸い取られれば一環の終わりだったが、今の俺は魔力ではなく英気。
全く別ベクトルの力で動いている。
イビルクラーケンの特殊能力を無効化できる。
だが、英気全開で踏ん張った所でその身体の大きさから、圧倒的質量の違いから押されるのは自明の理。でも、少しでも時間が稼げれば良かった。
氷上に立つ勇気で足を凍らせて海底の岩盤にスパイクする。一瞬動きが止まったが、氷には亀裂が徐々に入り始めている。
「北の英雄は退かない、流石です。ほんの数秒ですが、それが戦いの命運を分けるのです」
巨大な十字架を背負った神父が加勢に着てくれた。
「オースカーディナル! 今一度誓おう、更なる誓約を!!」
ズン…!
神父が叫んだと同時に、彼の足は海底の岩盤に減り込んでしまった。
まるで、圧倒的巨大な質量の鉄球を上から地面に落とした時の様に重たい音が響き、地面が抉れる。
それに伴って神父の口から苦痛が漏れる。
「ぐっ…シスターズ・第四章! 異邦の地を行く使者!」
珍しく呪文を唱える神父。
胸ポケットから海水の中とかしったこっちゃないと言う風に、聖書が躍り出てパラパラと捲れる。とあるページを開くと神父に光が降り注ぐ。
発光する身体をゆっくりを動かし、岩盤に沈んだ足を戻す。
有り得ない事に、俺も耐えきれなかったイビルクラーケンの質量を再び巻き返し始めた。
重い扉を開ける様に押し返して行く。
俺も負けじと力を込める。
だが、隻眼になった死海蛇・帝種が獰猛な声を上げながら方舟の方に向かって来ていた。
「まずいです。今の私は素早く動けません」
「見れば判る!!」
またしても方舟との間に身体を滑り込ませる。
出した両腕が噛み付かれた、ここでワニの様に帝種が身体を回転させれば、その鋭い牙により俺の両腕は無くなっていただろうが、帝種はとにかく方舟を破壊する事にしか頭が働かないようだ。
それでも押されるんだが、まさに数秒。いやコンマ数秒の世界だろうか。
方舟が動いた。
起動と共に波動が方舟を中心に全域に放たれる。
邪を払う効果があったのだろうか。
邪神の影響を受けて進化した死海蛇・帝種は、少し小さくなって怖じ気づく様に逃げて行く所を大王イカに掴まり、鯨に捕食されてしまった。
この場には邪が払われ、キングクラーケンになってしまった巨大なタコが残された。黒かった身体は元の薄気味悪い生々しい灰色とも黄ばんだ白とも言えぬ元の色に変わっていた。
「これなら、行けますね」
クボヤマの一言に頷くと、彼が足を押さえつけているうちに俺はイビルクラーケンの眼前に行き、雪白熊の腕撃を放つ。
巨大な雪白熊から貰った力を借りて思いっきりぶん殴る技。英雄の鼓動で更にブーストが掛かった攻撃は、キングクラーケンの頑丈な対面を容赦なくアッサリとぶっ潰した。
「起動するのにはなんとか成功したわ」
釣王が本気で疲れた顔でいう。
スタミナを消耗したのだろう、かといって食べる物なんてオクトパースウィフトくらいしかない。それでも腹のたしになるならと、リスの様に齧る釣王はすこし可愛かった。
「お陰で魔力ポーション中毒よ。はぁ、ペナルティが鬱陶しいわ…」
と嘆く彼女。
彼女が言うには、MPバーを5回も消費したらしい。
通常、体力・魔力回復ポーションはクールタイムが存在し、一度使用すると30分以上時間を置かなければ再使用できない設定になっているらしい。
リアルスキンの世界では魔力過剰症としてハンターの死因ランクトップに入る程危険な行為として、最初のチュートリアル的な初心者訓練では必ず教えられるというより言い聞かされる話なのである。
最低ランクのポーションは30%回復で30分のクーリングタイム。
上位ポーションになればなるほど、回復率とそれに伴っただけの分数がクーリングタイムとなっている。
そして更に上位になると一日の回数制限も加わって来るらしい。
ノーマルプレイヤーにとってはデスペナルティと同じくらいのペナルティを喰らうポーションペナルティと恐れられている。
ペナルティを軽減させる所までリアルスキンプレイヤー勢の薬師の腕は届いているらしいが、実用段階まではほど遠く。そして手にも入り辛いらしい。
方舟を起動させたは良いが、運用には更なる魔力を使うとの事で、人間一人の力では運用は不可能だと釣王は言っていた。
「だが、起動だけでも破邪の効果があるなんてびっくりじゃの、まっくん入らずじゃ」
リヴァイの言葉に皆一様に頷いた。
今回勝利できたのも、方舟の力で帝種がそこらへんに居る死海蛇に退化したお陰だった。
「ま、技術革新も進んでいるから。何かしらの目処が立てば報告するわ」
「私も個人でもその方法については探っておきますね」
そう言いながら、俺達はこの海域を後にした。
以前よりも力が増している様に感じるリヴァイが、協力な水流結界を方舟が安置する場所に施し、時が来るまで守り続けると約束してくれた。
釣王の潜水艦に乗って、俺達は深い海の底からやっとの事で海上に戻って来る事が出来たのだった。
方舟が起動した一瞬。
その方舟の波動は遥か先の邪神の統べる大陸まで極々微量だが伝わっていた。
ほとんどが感じる事の無いその波動。
だが、それを敏感に感じ取る物が居る。
真っ黒な部屋にて漆黒の巨大な椅子に鎮座する小さき存在。
「ふん。やっぱり海種族からの進化じゃ無理だったか。喋れる様になっても馬鹿は馬鹿だしな」
小さき者が視線を移すと、漆黒の闇からその者の眷属が現れ片膝をつく。
「お呼びでしょうか」
「おい、人間共の大陸に占拠された邪神殿はどうなってる?」
「はい、我が眷属を使い聖王都の欲に溺れた神官達を使い封印を解こうとしております」
「いつできる」
「現法王の目が厳しいのでなかなか…」
「巨体野郎はどこ言ったかわかんねーし、変態は人に味方してるし、うざってぇな」
子供の様な体躯からとんでもなく悪い言葉遣いで頬杖をつく。
「まぁ誰も力も借りん、俺は一人で残りの欠片を集めるからな」
ニヤリとしたその微笑みにはどこまでも深い闇があった。
「とにかく女神の力を削げ、法王の隙をついてビクトリアを邪気で満たせ」




