-幕間-兆候を感じる者
三人称視点です。
西端の国ローロイズでは、少し前に剣鬼と呼ばれ世間を騒がした男が滞在していた。この男、いつだかのプレイヤーズイベントにて準優勝賞品である飛竜の卵をジャンケンで勝ち取ってから、その扱い方を学ぶ為に竜騎士で有名なこの国を訪れていたのだが、何の因果か判らないが王位継承権第7位の姫君に見初められてしまい、そのまま権力争い柵の中へと放り込まれてしまった。
いや、放り込まれてしまったという表現は、この剣の鬼に向かって全く持って烏滸がましいだろう。彼は自ら足を運んだのである。
その理由も、飛竜を扱う技術を学ぶなら王国内部に入ってしまえば手っ取り早いと思ったからだとか。
それを知ってか知らずか、権謀術数に長けた彼の仲間にも被害が及ぶ事になる。この男、使えるモノは使っておくという性分でもあったりする。あれだけ自分の武に対しては遥か高みを熱く考える事が出来る男だというのに、金銭関係やその他あまり武と関わりがない事に関してはいくらでも下衆が付く行為を何とも思っていないあたり、どうしてあの神父と馬が合うのか、そんな議論もどこぞで起こった程であった。
「ユウジン様〜!」
ローロイズの次期女王であるエレシアナ・ケイト・アルバルトが王宮の広い通路を小走りで駆けて来る。
ユウジンは振り返る事もせず、ただ距離を近くして彼の斜め後ろを歩く彼女を黙って受け入れるだけだった。
次期女王がほぼ確定している彼女を斜め後ろに据えるなんぞ、この国の中枢部の頭の固い者達が一目見れば処刑確定されてしまう様な事態に発展してしまうのに、彼に所謂ゾッコン状態であるエレシアナを見れば何も言えないのである。
快活にユウジンの名を呼んだ彼女も、それから先は全く持って口を開こうとせず、ただひたすら彼の斜め後ろに寄り添って頬を染めながら歩くという、亭主関白を支える妻の様な行動を取っている。
だが、断じて違う。これは彼女が驚くべき程恋愛に対して初心なだけだ。
一時は遠い国に逃され、自分を支えてくれる者の為に我武者らに行動しては見た物の、昔の自分の放漫な態度が権力の通じない世界で余計な顰蹙を買い、上手く行かない事が多かった。
だが、それもある出来事に寄って改める事に至った。
その当時身を隠していた魔法都市の隣国である『鍛冶の国エレーシオ』にて、その国随一の商会を味方に付けようと見学に行った時、その放漫な態度からとある頑固爺とその弟子と思われる男にいとも簡単にあしらわれたのであった。
ここはドワーフの国だ、豪に入ったら豪に従えと。そう言って何事も無かった様に真剣な表情で鍛冶に打ち込む彼等。
魔法学校では、権力と言う物が一部生徒には通じていたので、何故自分が顰蹙の目を受けているのかすらに気付かなかったのだ。ただ、権威に嫉妬しているんだと濁り切った目で彼女は世間を見つめていた。
職人気質の街では一切通じなかった。
そして自分の目の色と、真剣に鍛冶に打ち込む彼等の目。その違いに衝撃を受けた彼女は、止める部下を強引に黙らせて、均整のとれた鍛冶の国ならではの技術が使われた公園のベンチにてただひたすらボーっと上の空で考えていた。
その隙をついた暗殺者に狙われ、だが、さっきは悪かったなと謝りに来たユウジンに助けられる事で難を逃れた彼女は、惚れてしまったのである。
その時お詫びの印として彼が作った一点物のブローチを彼女は今も肌身離さず持ち続けている。
ちなみに、その時の事を上司に怒られて謝りに行くだけだったユウジンは覚えていない。そして丁度彼の刀は完成し、翌日プレイヤーズイベントの為にクボヤマ達の居る魔法都市へ発っていたので、改めてお礼にとその鍛冶屋を尋ねた時には、既に居なかった。
これがファーストコンタクト。エレシアナが変わる切っ掛けであった。そして商会を味方に付けたエレシアナは、魔法学園にて、元々Sクラスとしてあった実力を己の力で開花させ、変わったエレシアナはそのカリスマ性で味方を次々と引き込んで行く。
話は戻って、ユウジンはどこへ向かっているのかというと、竜舎の元だ。護国竜の眷属である飛竜達が休める場所へと足を運ぶ。
自身の育てている飛竜の卵は、未だ孵化する様子を見せていない。元々竜種の卵を孵化させる方法を探るべくこの地へやってきた訳だが、国中枢部に足を踏み込み過ぎて逆に身動きが取れなくなっていた。
(めんどくせぇな。クボもどこほっつき歩いてるんだか)
翼があれば飛んでしまいたくなる程の晴天の下、中庭を歩く。護国竜に預けた卵の様子を見に行くのは彼の日課になっていた。竜の卵は影響を受け易い。
元々、卵を孵化させる為には、肌身離さず持つ事によって自身の魔力を卵の中に居る竜に少しずつ提供する事が必要となってくる。
そうすれば卵を割って外に出るだけの力を持った時、自然と外界に姿を現す竜なのだが、ユウジンの魔力は元々あるかないかの微量だったため必要分の魔力を供給する事が出来なかった。
護国竜の話によると、すでに産まれる直前の状態に卵は到着しているらしい。ただ、少ない魔力の代わりに別の力が宿っているため、孵化には別の刺激が必要となって来ていた。
産まれて来る飛竜は、飛竜なのかすら判らないと。それほどまでに変質してしまった卵の話を聞いて、ユウジンはワクワクしていた。
「剣聖様。護国竜様がお呼びです」
中庭を抜けて外へ抜け出そうという時、竜官達が行く手を遮る。
「なんだ? 俺は卵の様子を見に行くんだけど」
「その卵についてです」
雰囲気が変わった竜官の後に続いて、護国竜の居る場所へ向かう。
護国竜とはこの地を守護するドラゴンの事であり、それは別称『大地竜』とも呼ばれている翡翠色をしたドラゴンの事である。
この竜の他にも、空を統べる飛竜の長。紅竜がいる。互いに持ちつ持たれつの関係だが、護国竜と呼ばれる翡翠竜のみ内政に干渉している。
王宮直下に作られた巨大な空洞がその翡翠竜の住む場所。神殿の様に整備された階段を下り、巨大な竜が通れる程の大きな道を行くと、翡翠竜の休む場所にたどり着く。
『卵を守りし、剣の鬼よ。そなたの卵に一抹の動きがあった』
「まじか! どうなってる!」
護国竜とユウジンの間に魔法陣が広がり、飛竜の卵が安置されている場所が映し出される。映像からも卵の脈動を感じる事が出来る。
「もはや魔力とは別の力を持った生命となっている。私も想像がつかん…」
脈打つ卵を見ながら、護国竜がこの卵の予想を話し始めた。
「あくまで私の予測だが、孵化の切っ掛けとは世界の危機かもしれん。ここ最近、邪神の軍勢が再びこの地を攻めようとする動きを感じ取っている」
今阻止せんと動き出している英雄も居るが。と付け加える。
「ってことは、RPG的な考え方で捉えたら、この卵の孵化は何かが起こった時だって言うのか?」
「その考え方の根底が判らんが、とにかくもう少し経過を見ないとわからんな」
控える竜官達を置き去りにして、一人と一竜は話を進めて行く。
ローロイズの土地柄、特殊な事が起こらない限り真っ先に攻められる事が自明の理である。もし、隣接した魔大陸と呼ばれる友好的な魔族の土地がもし、邪神によって180度その価値観を変えてしまった場合。
護国竜が守るとは言え、小国のから少し抜き出た程度であるこの国は、耐えきれないだろう。
「内政もそろそろ安定してくるこの国に、更なる試練が待ち構えてるのかもしれん」
その言葉を聞きながらユウジンは護国竜の殿を後にした。
何にせよ、今やれる事は己の鍛錬のみだったりする。飛竜に関する知識はあらかた学び尽くした。竜騎士としても一応の訓練は受けているのだが、騎士槍は自分の肌に合わなかったのでパス。
どちらにせよ、ただの飛竜が産まれて来る訳ではないと感じているので、ただの竜騎士としての考え方が通用するのか。
「ま、何かあればクボが顔出すだろう」
親しい友人はそう言う定めにある。どうせ邪神絡みの件も、あの神父が中心で足掻いているんだろうと。
だいたい、ユウジンの記憶の中でも古い教会でのガーゴイル事件は鮮明に記憶に残っている。
クボヤマは必ず何かとんでもない物を引っさげてローロイズへやって来る。それは彼の中で絶対的に確証を持って言える事だった。証拠は無いが、確証はある。
そんな事を考えながら王宮の訓練所へと足を運ぶ。
王宮での地位から剣聖とは呼ばれている物の、一部の兵士にはその訓練の厳しさから偶然にも剣の鬼と呼ばれている事は内緒である。
姿を見せた彼に、訓練中の兵士は顔を引きつりながらその日自分の足で歩いて帰れるかどうか、竜神様に祈るのであった。
何やってんのあんたら!とグラノフとユウジンはグランツに怒られています。ですが、神鉄の加工段階で、ようやく完成にこぎ着けていた所でしたのでピリピリしていて邪魔されたくなかったんでしょうね。
邪神アップデート、はっじまっるよ〜。




