海上の戦い
西岸部を順々に廻る船旅はしばらく続いた。南へ行くに連れて気候も水面にから見える回遊魚の種類も変わって行く。
少し前まで夜の海に見えていたオーロラも既に見えなくなっている。
そうするといよいよ北の地から離れて来たんだなと少し感慨深くなった。
邪神の影響は、今の所全くと言っていい程無い。
デッキから振り返れば能天気に寛ぐ二人の聖職者が見える。
俺の役割は、港へたどり着くと馬鹿みたいにハシャギ、ハメを外す二人のお世話係と言った所だ。
神父御一行とか、言われていた事を思い出す。
ネトゲ板の都市伝説の様な話だった。
神父とそれを守る護衛団の御一行があらゆる問題を解決して行くという話。
今の俺は、巡行中の彼等を護衛するという立ち位置なのだろうか。
そう思うと少しワクワクするのだが、普段の彼等を見ているとだな。
「マリアさん、いい加減にしたらどうですか?」
「なによ、なによ、なによ。また私の邪魔ばっかりするの?」
「いえ、邪魔をしている訳ではないですが」
「そんな事言って! またお酒は止してだの何だの言うんでしょ! 言ってるじゃない! 女神様は禁止していないって!」
「私はただ、貴方の身体を気遣ってですね。もう少し量の方を…」
「聖職者としての勤めは守ってるわよ! これでも処女なんだから!」
「あの…そう言う所とか、もう少し淑女としての嗜みと言いますか」
「まったく、私だって好き好んでこんな格好してる訳じゃ…なんでもないわ! 趣味よ! 私子供の時からこんな格好してみたかったの!」
・・・はぁ。
デッキの手摺に身体を預けながら振り返って溜息をつく。
この光景にも既に慣れてしまった。
アレだな、完璧にマリアはクボヤマにほの字だろ。
見てて判る。クボヤマも優しい、その内酔いが回って寝てしまう彼女をそっと抱えてベットルームへ運んで行く。
翌朝スッキリ目が覚めている彼女を見る限り、回復魔法でも掛けて上げてるのだろうな。
どこまでも優しい性格だと思う。
まぁ本性は獰猛なバトルジャンキーだと言う事を俺はもう知っている。
後方支援職業である僧侶の格上の職に就いている彼は、戦いになると急にニヤニヤし出す事を。
そして、その戦闘も神聖魔法ではなく、体術と独自の魔法を用いて戦っている超近距離戦法だった。
俺は未だに彼に勝てない。
彼には魔法の才能は無いらしい。
それ故に近距離戦法を磨くしかなかったんだと。
昔に比べて心は強くなったと言っていた。
どういう意味か気になってネットで調べてみたら、彼の戦闘動画を見つけた。
不死身の神父、それは本当にプレイヤーかと疑う程の内容だった。
まさに、チートだわな。
だがそれは実は彼がたまたま運良く手に入れた力だったらしい。
俺の英雄の鼓動も、たまたまといって良い程の運が重なって取得した訳だし、人の事を言えないんだけどな。
「今日もお疲れ様です」
「毎度飽きないな、俺は飽きたけど」
その返しに神父は苦笑いする。
マリアが寝てから、デッキで適当な会話をするのが俺達の日課になっている。
もちろんリアルの話は御法度。
世界観を楽しむためだ。
まぁ、ログイン時間の連絡はするけどな。
うっかり乗り遅れたり、ログアウトしたまま何処かに連れて行かれるのを防ぐ為だったりする。
現実の時間とリンクしていないのは、若干酷だと思う。
でもそれも仕様変更についての記述が公式から仄めかされていたから、更に大幅ユーザー獲得の為に万人受けが良い様にするんだろうか。
規制とか入らなきゃ良いけど。
「今日はデッキの掃除をやらなくて済んで良かったぜ」
「も、申し訳ございません」
いつの間にか俺達は憎まれ口を叩く程に仲良くなっていた。
まぁネトゲの世界ってこんなもんだと思う。
特に、プレイヤー同士はな。
「でも旅もなかなか楽しいでしょう?」
「そうだな。意外といいな、世界を回るって」
夜のデッキでは、今までの旅の話をして盛り上がる。
破門されたと勘違いした神父が、枢機卿になるべく北へと歩を進めた話や、それ以前の黎明期の話等。
魔法学校には是非立ち寄ってみたいと思う。
ファンタジー好きなんだよね。いやホント。
俺からはそこまで大した話はしていない。
グラソンの民に学んだ事や、北の地での俺の変化、そして何故北の地に行こうと思ったのか等だ。
旅の話で盛り上がれる関係って野郎臭いけど、何処か憧れていた物があった。
話しを聞くだけでもワクワクするのに、今実際に自分が旅をしている。
そんな状況が堪らなく楽しい。
表情で楽しさが伝わったのか、俺の様子を見てクボヤマ神父もニコニコ話を聞いてくれる。
パーティプレイやっぱり最高っすわぁ。
「そう言えば、この辺の海域は有数の海溝で、様々な海の幸があるらしいですよ。マリアも干物をとっても楽しみにしていましたし、次は久々にグルメ寄港としましょう」
「いいなそれ! 普通に海の幸いいよな。俺は少し汚いくらいの店が丁度良い。B級グルメ」
「判ります、その気持ち。私も実を言うとバーベキューが三度の飯より大好きでして、マリアさんも私もお互い料理できない物ですから…」
実を言うと高級食材は飽きて来ていたという神父。
俺も最初はビビっていたけど、もう慣れた。
慣れたけど飽きはまだ来ていないだけマシだった。
「バーベキュー確かに良いよな。肉、ピーマン、肉、タマネギ、肉、トウモロコシかな?」
「何言ってるんですか。肉、ネギ、肉、肉、ピーマン、ピーマンでしょ」
「交互にして、飽きない味を模索するのが醍醐味だろ!」
「馬鹿にしてるんですか? 今流行のデヴィスマックスタイルですよ」
そんな事を言い合いながら夜も更けて行く。
この時俺らは、海の底深くから近づく邪の気配に気付きもしなかった。
《ビ——————!! ビ——————!!》
『魔力探知に巨大な影を探知しました! ご乗船の皆様今すぐ起きてください! 起きている方は今すぐ緊急避難のボートまで、間に合わない方は——』
『ええい代われ! 船長だ! 死にたくなければ今すぐ海に飛び込んで遠くへ泳げ! キングクラーケンだ!』
荒々しい男の声が丁寧に事を運ぼうとしていた女性船員を強引に押しのけ言う。その声はかなり焦っている様に聞こえた。
『奴は通りかかった船を破壊する! 海に飛び込んだら船の瓦礫にでも何でも掴まれ!』
まるで船内に居る人を追い出すかの様に船長の声が船全域に響く。
「お、おい。クボ! どうするよ。俺泳げないんだけど」
「荷物をまとめておいてください。やまん、私は一度船長のところへ行って来ます」
状況を確認しなければ始まりませんから、と彼は出て行こうとする。
だがその前に俺達の使っていた部屋の扉が勢いよく開いた。
「枢機卿殿、誠に申し訳ないが貴方が船客の先頭に立って誘導とケガ人の保護をお願いしたい」
そう言って入って来た船長は、土下座する程の勢いで脱帽し深く頭を下げた。
「船長、貴方はどうするんですか? 私なんかより貴方の方が海の危険に熟知しているはず」
「…私は、この船に残ります」
覚悟を決めきった様な声で、船長は言う。
西海域に幅を利かせるギルドである『遠洋』に応援要請は既に送ってあるらしい。遠洋が到着するまでの数時間、パニックを起こして無秩序状態になってしまった船客を頼みたいらしかった。
「それでも、十数名の犠牲は避けて通れないでしょうね」
と神父は冷たく言い放った。
「おい、何言ってんだ———」
噛み付いた俺を手で制止すると、言う。
「戦いましょう。キングクラーケンと、最悪私の犠牲だけで済ませますので」
「いや! それは!」
その言葉に船長が仰天して狼狽える。
目を丸くするとはこの事だろう。
あ、船長もう遅いよ。
こうなったら意外と強情だから。
戦いたいんだろうな。クラーケンと。
そしてこの神父の頭の中では、船長、貴方も救われる人の内に入っているんでしょうね。
ほんじゃま、俺も付き合いますよ。
マリアは避難誘導に回っている。
回復魔法がまだあまり効いていなかったのか、若干二日酔いの様な顔をして彼女は自分の担当へと向かって行った。
なんだかんだ、そう言う所は聖職者らしいんだよな。
そして俺達はレッサークラーケンとは比べ物にならない程の大物相手に向かい合っている。
キングクラーケンとは海王種と呼ばれる魔の海域の頂点に立つ魔物だとの事。西海域より更に奥深くの深海に生息し、その海域を通る船を襲いバラバラに破壊しつくす習性を持つという。
因に何故今現れているのかは判らないそうだ。
生息する海域はずっと先だと言うのに。
足一本が軽く船を撫でるだけで、バラバラの瓦礫と化してしまう程の脅威を感じる。これは気合いを入れなくては行けないな。
ドクンッ。
俺の白銀の髪と身体の紋様が淡く輝く。
何かに反応している、この鼓動のざわめきは一体なんなんだ。
「やまん、邪神の気配を感じ取れましたね?」
「…この血がざわめく感じか」
「私は五感全部で追えるんですが、貴方はその英雄の血が教えてくれているんですね。キングクラーケンから、ヒシヒシと感じます」
ああ。
あの時の気配だな。
俺には判らなかったけど、とにかく胸くそ悪い心境だ。
この鼓動のざわめきがキングクラーケンを敵だと認識させている。
クラーケンの足一本をクボヤマの聖十字が焼く。
本当に規格外だな、あの速さ。そして精神力。
獰猛な目つきになった彼を止める事は出来ない。
邪を排除する事に掛けては右に出る物は居ないと思う。
そんな彼をサポートする様に、俺も動く。
丁度三本の足が豪快に船を叩こうとしていた。
マズいな、せめて船客の避難が終るまでこの船には足一本たりとも触れさせる訳には行かない。
それでも戦闘の余波による波や水飛沫が船の耐久値をガリガリと削って行くのに。
俺もゴーグル欲しいな、水飛沫で若干視界が悪いよ。
「氷上に立つ勇気!」
タコの足を薙ぎ払うと荒海の中に飛び込んだ。
海面に降り立つ瞬間足先の海面を凍らせる。
海面もこれなら余裕で動ける。
身を屈めて四足歩行に切り替える、険しい雪山を登る事で鍛えられた感覚が活躍する。荒海はまさにうねる大山の様だった。
人の四足歩行はゴリラのナックルウォークの様になるか、もしくはトカゲの様な有足爬虫類独特の動きになる。
グラソン族はモロトカゲみたいな感じ。
壁を登るトカゲみたいな感じでクライミングして行く技術を教えられた時は、俺は本当にこの動きをマスターする事が出来るのかと思ったが、意外となんとかなるもんだった。
神父はタコの足を自分の足場にして上手く戦っていた。
たこ足全部削ぎ落としたらどうなるのやら。ダイブしてしまうのか。
「クボ! 避難は完了したわ! 無線では遠洋は戦闘による時化が止むまで待機しているそうよ!」
「ご苦労様です! っと!」
キングクラーケンのラッキーパンチである。
クボヤマは弾き跳ばされる、偶然その直線上の足にしがみついて居た俺が彼の手をキャッチする。
「っもたいなお前! 一体何キロあんだ!」
「やまん超絶ファインプレー。ありがとうございます。助かりました」
想像以上に重たかった彼の身体を支えながら、再びたこ足の上に身を起こそうとする。だがそれは敵わなかった。
一瞬止まってしまった俺らの動きにあわせる様に、まるで手に止まった蚊をはたく様にクラーケンの足が俺達を狙う。
潰されなかっただけマシだった。
俺らはそろって海へダイブした。
「クボ! やまん!」
マリアの声が聞こえた気がしたが、凄まじい勢いで俺達は海中に弾き跳ばされた。
覚えているのは、海底から腹に響く様な轟音と共に巨大な竜が凄まじい速度で浮上して来るまでだった。
そして、その勢いによって生み出された乱海流によって俺とクボヤマは揉みくちゃにされ遥か海底へと、どこぞかも判らぬ深海の世界に流されてしまった。
水圧でぐちゃぐちゃになる所でしたが、クラーケンに叩かれて死なない時点で水圧なんてあってない様なものですよね。笑




