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北の大地に立って

「なんと言う事だ…」


 俺、長、クボヤマ、マリアの四人は目の前の惨状に息を呑む。

 アレからすぐ出発した俺達は、雪白熊の祠より少し手前の山道で巡回に出ていた雪山グラソン族の遺体を発見した。

 周囲に凍土の蛮族の遺体もある事が、集落が襲われている時、この場所でも死闘が繰り広げられていた事が窺える。


「ありえん。我が北の民が蛮族程度に遅れを取る筈が無い」


「…傷口に邪気を感じます、何者かの介入があったかと」


 雪山族の遺体に祈りを捧げながら、クボヤマが言う。

 蛮族の遺体も調べた所、傷口に同じ様な邪気を感じたらしい。要するに、第三者の介入で無差別に殺された可能性があるって事だな。


 怒りに打ち震えそうだ。

 同時に、死闘の中で水をさされ死んで行った同胞達の無念を感じた。


 雪山の寒さでは流した涙もすぐ凍る。




 雪白熊の祠を通り過ぎる時、一際巨大な白熊に出会った。


『珍しく我が主の友の気配を感じたと思えば、運車輪の神父か。皆一様、ここに呼ばれるべくして集まったのだろう。試練を越え語り継ぐ同胞達よ、我が力の一端を渡す。我が主の意思により我はこの地の地脈を守らねばならん。北の聖域はグラソンの民の役目、若い同胞よ北の大地を驕る邪な物達を退けよ』


 巨大な白熊は、クボヤマの事を一瞥すると俺に向き直りそう告げた。

 そして俺の鳩尾あたりに鼻を近づけ小突く。


「ッ! 熱い! あ"ア"ア」


 すっかりこの地に慣れて淡白くなってしまった肌に、焼け爛れる様な痛みを感じ膝をついてしまった。

 心臓が脈打つ度に身体中の血管が千切れそうな痛みを感じる。


『我らの力の源、英雄アランの鼓動。どんな逆境でも決して退かなかった英雄の血脈である。制約を超え、誓約を』


 そう言って、巨大な白熊は姿をくらませた。

 手元にある雪に全身を冷やそうと試みるが意味を成さない、クボヤマが止めに掛かり治療を施そうと本を開いたが、閉じてしまった。


「コレは試練です。あの地神の白熊が行っていた様に、この雪山の民に繋がる力があるのでしょう。此方から治療をすると変わってしまう恐れがあるので」


 ですが、と。クボヤマは俺を背負い出した。


「見ていて面白い物ではありませんからね。背負うくらいでしたら大丈夫でしょう。マリアさん、オース・カーディナルを代わりに背負ってもらえませんか?」


「あれ重たいのよね、まぁ貴方には相当堪える重さでしょうけど」


「いえいえ他に比べたら、物理的な重さなんてヘッチャラですよ」


 マリアが文句を言いながらも巨大な十字架を受け取った。クボヤマも笑いながら返す。ハタから見ていたら思いっきり夫婦漫才やってる様にしか思えないんだよな。


「いや、歩ける。この程度の痛み、雪山の民の痛み、皆の痛みに比べればまだまだ軽い」


 アラシュには、この集落について色んな事を教わった。

 ゲンノーンの使い方、戦い方。

 彼の恋を手伝ったりもした。次代を継ぐ者だと、集落一の強者だとも言われていた彼は、何故か自分の好きな相手にだけはかなり奥手であった。


 女でありながら集落二番目の使い手で、巡回メンバーに抜擢される程のサテラは自分より強い者としか婚姻を結びたがらなかった。

 これって両思いじゃん。

 話を聞いた瞬間思ったね。


 発破をかけるとアラシュは彼なりのアプローチをかけたと顔を赤くして報告していた。俺が試練から帰ると同時に報告して来るなんてどれだけ話したくて仕方が無かったんだろうか。


 サテラの遺体を見つめながら思う。

 彼女の遺体が握りしめているゲンノーンはアラシュの物、この二人は一応上手く行っていたんだろうな。


「…くそ…」


 コレが終ったら二人一緒の墓を作ってやらなければ。

 物理的に全身が熱い程痛いが、今は胸の奥の痛みの方が勝っている。


 先を急ごう。








 途中に湧いて出て来る暴れ雪兎やデッドトレント達は、クボヤマと長が薙ぎ払って行く。凄く心強いな。

 一番心強いのは、少し歩が遅くなった俺の手を引いてくれるマリアだが。


「もうすぐじゃ、気を引き縛らんか」


 長が言う。

 吹雪に近い天候も険しかった道も徐々に落ち着きを見せていた。静かになった雪道に、俺達のザクザクと雪を踏みしめる足音のみが響いている。


「近い」


 クボヤマが呟く。ゴーグルに隠れて表情は見えないが、妙に鋭くなった声色が俺に敵は近いと意識させる。

 自ずと武器を握る両腕に力が入ってしまう。


 たどり着いた英霊の祠は神々しかった。

 半径十メートルに雪すら積もっていない、ぽっかりと空いた空間がある。枯れ草、枯れ木しか無いこの北の大地でその空間だけは緑が茂っている。


 そして石で作られた祠というより祭壇の様な場所の中心に、巨大なゲンノーンが突き刺さっていた。


「良かった、無事であった。アレが雪山族を次ぐ者しか見る事のできぬ英霊様の祠じゃよ」


 長がジッと巨大な武器を見つめながら言う。


「この空間には認められたものしか入れぬ、そして一年に一度アラン様の好物だったとされる北の酒とその肴である漬物を備えて、我が血族の証を捧げて英霊の力を補充しなくてはならん、見た所大分魔力を失っているようじゃ」


 そう言いながら自分の指を噛み切ると、長は祠に手を付けた。

 血族の証とは血そのものだったのか。


「ここまで静かなのはおかしいですね、邪神の残り香は色濃く濁っているのに」


 クボヤマが回りを警戒しながら言う。


「なぁに! 英霊様の聖域を越えれぬと判り逃げ帰ったのでしょう!」


 聖域と祠が無事だった事で元気を取り戻した長が快活に返す。

 こういうフラグってあるよな。


「魔力譲渡は不純物も交じり易いですからね、脆くなりがちなんですよ。血によってそれをカバーしているとはいえ、もう少し警戒するべきです」


「なるほど、肝に銘じます。もう少しの辛抱をしてくだされ」


 辺りを見回し、長も警戒しながら集中に入った。

 だが、突如として俺達の視界が赤く染まる。


『小賢しい、小賢しいぞ!』


 ガーゴイルが俺達に向かって業火を吹く。

 だが、それも聖域の中までは浸透して来なかった。


 ガーゴイルはイライラした様に尻尾を振り回し、地面の雪に当たり散らす。


「全く、以前も逃げ帰って来て、今回もなの? つっかえないわね〜」


 気怠げな女の声が響く。

 その声を聞いたガーゴイルがびくっと反応して焦った様に火を吹く。だが燃料切れか、後に吐き出されるのは黒い煙のみ。


『ヴィリネス様、しばらくお待ちください。壊してみせます』


「だ〜か〜ら〜。脳筋なの? さっきの神父が言っていたのがヒントよ。全く壊れない祠って言うのは面倒よね。ムカついちゃうわ、零度の波動」


 そう言いながらヴィリネスと呼ばれた薄紫のタイトなドレスを身につけた爆乳の女は、マリアとそう変わらない程のスカートのスリットからその妖艶な足を見せつけながら長と祠に手をかざす。


「まずい!」


 クボヤマが素早く動き、その直線上に巨大な十字架を投げる。

 空間が波打つ様に見えた。


 どんな攻撃なのかは判らない、だが確実にあのヴィリネスという女から何かされているのは確かだった。


 倒れる様な音がする。

 雪に埋もれる音じゃなく、地面に叩き付けられた音なんて久々に聞いた。


 それは長だった。

 あわてて駆け寄るが、息はないし瞳孔は開いている。

 脈は?


 あった。

 よかった。


「生命への冒涜です。邪神の波動と近い何かを感じます」


「はぁなんて快感なのかしら。これも邪神様のお陰ね、永久凍土でただ凍らせるよりもこの感じ、素敵なの」


 クボヤマが怒った様に言う。

 女はそれをあしらう様な仕草をしながら返す。


「あれは凍土の悪女ヴィリネス! 本で読んだけどおかしいわ! 彼女は凍土から出て来れない筈なのに!」


 マリアが叫ぶ。流石司書と呼ばれているだけあって物知りである。

 クボヤマの抽象的な言葉の補足が、彼女の仕事の様に思える。


 要するに通訳。


 そんな事を思ってる場合じゃない。

 話を要約すると、邪神の絶対殺す波動の一端を貰った悪女の技、絶対殺す零度の波動。絶対零度ってことだ。

 とんでもない。


「この北の大地もあたしが行動できる様な枯れ木も生えない凍土に変えるのよ。あの鬱陶しい白熊を殺してね」


 そう言って邪悪な笑みを浮かべる女。

 凍土の蛮族を束ねていたヤツはこの女だったのか。


『結界が薄くなって行く…流石ヴィリネス様』


 ガーゴイルが再び業火を吹く。


「神聖結界!!」


 その炎をマリアが受け止めた。熱波は感じているようで額に汗をにじませながら言う。


「クボ! 私の魔力じゃ後数発も持たないわよ!」


「ファインプレーです。死ぬ気で守ってください、すぐに駆けつけますから!」


 クボヤマは、巨大な十字架を片手で持ちながらヴィリネスへと駆けて行った。


 俺は、俺は一体何をすれば良い。

 そう思った時、足下を引っ張る感触が伝わって来る。


「…力を、祠に…お主なら…英雄の鼓動を受け取ったお主なら…」


 長が開ききった瞳孔を此方に向けながら、掠れた声で言う。

 その瞳にはもう何も映ってないのかもしれない。それほど光が無くなった瞳で、しっかりと俺の目の位置を捉え、言う。


「…継ぐ物とは、集落の、こ、子供に話聞かせて来た…お主も聞いた事、あるだろ

う…そう」


「もういい! これ以上喋るな!」


 最早聖域としての力は機能しなくなっているのか、辺りは次第に吹雪いて行き、倒れた長は雪に埋もれかけていた。

 俺はまだ雪山族になりたてのペーペーだ。長にはもうしばらく集落の長をやっていてほしいんだ。

 だから死ぬのはまだ早い。


「俺が、聖域を元に戻す」


 返事を無くした長に俺は一言告げて立ち上がった。

 指を噛み切り、すっかり雪に埋もれ冷たくなってしまった祠の象徴を触る。


 魔力を吸い取られる様な感覚が広がった。

 飲み物を飲み干す様に急激に身体から魔力が無くなって行く。


「チッ! うざったいわねあの坊やもこの神父も!!」


 クボヤマと応戦している悪女の悪態が響く。

 マリアは辛うじてガーゴイルに拮抗していると言った形だ。


 結界魔法でギリギリ守りながら、光魔法で攻撃しているのだが、ガーゴイルには鬱陶しい程度にしか効いちゃいない様だった。


「シスターズ! 俺は良いからマリアをサポートしてくれ!」


 かなり荒々しい声だった。

 普段の物腰の良いクボヤマからは想像もつかない程、荒々しい声で叫んでいる。


「ありがとう! すぐに終らせるわ」


 その返事にニヤっと笑ったクボヤマだったが、さっきより確実にスピードが遅くなっていた。


 クボヤマの胸ポケットからマリアの方へ飛んで行った光は、ガーゴイルを翻弄する。目を凝らしてみて見ると、一冊の本が飛び回っていた。


 その隙にマリアは詠唱する。


「女神アウロラよ…」


 ボゥッとマリアが淡く光輝く。

 そして彼女は頭上に十字架と一冊の本を掲げた。


 今まで触れて来なかったが、彼等は聖職者だったりするのか?

 神聖魔法や十字架を持っていたり、というか神父ってワードも何度か出ていたしな。


 戦う神父はプレイヤーなのかユニークNPCなのかトトカルチョ。

 何故だかコレを思い出した。


 いかん、集中を乱すな。

 一冊の本ではなく、聖書だろう。

 彼女が掲げたその二つから文字が浮かび上がる。


「…邪悪なる者の浄化を求めん」


 光る波動がガーゴイルを包み、ガーゴイルは光の粒子になって消えて行った。

 そしてマリアは額から大量の汗を流しながら座り込んだ。


 と、同時にそのガーゴイルが消滅した場所にクボヤマが突っ込んで来る。


「クボヤマ!」


 マリアが駆け出した。

 ヴィリネスの方に視線を向けると、息をつきながら次は此方に手をかざしていた。


 あの波動が来る。そう思うと腰が引けた。


(逃げるな、小年よ。もう少しの辛抱だ)


 頭に声が響く。

 優しく包んでくれる様な男の声だった。


(退くな、少年よ。それが我が一族の血の力である)


 第一波が来る。

 心臓が脈打つ。


 正直言って、延々と吸われ続ける魔力も底を尽きそうだし、全身だって尋常じゃないくらい痛い。

 この波動だって怖かった。


 でも、一波目を受けてみて気付いた。

 逆に守られている事に。


(笑え、少年。逆境であればある程)


 声が響く。守ってくれてるのはこの頭の中に声を響かせて励ましてくれている人なんだろうな。


 笑おう。

 そう思った。だが死んで行った仲間達の姿が思い浮かぶ。


 それでも笑う。

 そうしたら、目から大量の涙を流し震えながら笑うという奇妙な姿になった。


 血が滾る様に熱い。

 そんな身体から出る涙は、極寒の中でも不思議と凍らなかった。


「変な顔が癪に障るわね、早く死になさいよ!!」


 第二波が来る。

 邪神の波動は恐ろしい、心に直接恐怖を刷り込まれるようだ。

 勇気を保て、勇気を保て。


 ダメだ、怖い。

 でも退かない、俺は雪山グラソンの民だからだ。


 決して動かぬ様に、己の足を凍らせた。


 無防備のまま第二波を受ける。

 もう意識を保っていられる自信は無かった。


(よくやった、少年。若い頃の我を見ている様だったよ。丁度アークティックも地脈の汚れを取り除いたようだ。君は役目を果たし、コレからもその制約を越えた誓約を担ってもらうだろう)


 そんな声が響くと、俺の体力が著しく回復して行くのが判る。


(それは我じゃない。あの神父じゃないかな? エリックも数奇な運命に巻込んだようだ、君もだけどね。幸運を祈るよ)


「ありがとうございます。ぶっちゃけ今回は色々と枷があるもんですから、死にかけましたよ」


 全身を焼く様な痛みは引いていた。

 そして、代わりにみなぎる様な血流の鼓動を感じる。


「祠の復活と同時に、この地全域を覆っていた邪悪な気配が薄まりつつあります」


 クボヤマは立ち上がりながらこちらへ来る。

 そして二人で狼狽するヴィリネスを向く。


「ああっ! せっかく広げたあたしの凍土が!」


 さっきのクボヤマと打って変わって、目に見えて動きが遅くなってしまった彼女にクボヤマの十字架が横薙ぎの一閃。

 巨大な質量が彼女をぶっ飛ばす。


「ぢぐぞおおおおころす!! 零度! 零度! 零度!」


 波打つ波動が俺とクボヤマに押し寄せる。

 今なら自分の力が手に取るように理解できた。

 北の英雄の力、英気が波動を無効化する。


「私には邪神の力は効きません。まぁ昔と違って物理攻撃では死んでしまいますがね」


 昔は死ななかったのか?

 まぁいいや、俺はゲンノーンを振りかぶってバタバタと突っかかって来たヴィリネスの脳天をカチ割った。


 その一撃で昏倒してしまう。

 本当にカチ割れなかっただけ、魔族の種族的な強さの一端を垣間見た。


「後は任せてください、聖十字セイントクロス


 巨大な十字架が、光り輝くさらに巨大な十字架へと変貌を遂げた。

 その光によって悪女ヴィリネスは若干の抵抗をしていた物の跡形も無く光の粒子になって消滅して行った。


 いつの間にか吹雪は治まり。

 英雄の祠には新しい緑が芽吹き始めていた。


 そして茂る草の中でぴくぴくする長を発見し、クボヤマのお陰である程度回復した長を背負って俺達はこの地を後にした。


 山に一つの咆哮がこだまする。

 俺の大分強化された視力が、連なる山々の一つの頂きから巨大な白熊にのった銀色に輝く髪を乱雑にかき上げただけの男を捉えた。



 頼むぞ、少年。

 口の動きはそう言っている様だった。





 更新遅れました、申し訳ありません。

 クリスマスですね。


 クリスマスネタとかやった方が良いんですか?

 無い事はないですがね。


 いずれ現時点ステータス公開します。


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