北の大地にて2
※感想でもご指摘頂きました。山田はやまんという愛称で呼ばれているので劇中では正式な場面以外やまんと呼ばれます。
雪山族の長が、クボヤマとマリアを自分の書斎へと呼び出していた。
集落の中でもそこそこ立派な作りの家というだけであって、豪華な調度品は全くないが客室はそこそこある。度々来る商人を泊める為に使っていた部屋を俺も使わせてもらっていて、彼等もその部屋を幾つか利用させてもらってこの集落に滞在している。
そんな中、書斎で話している様子に俺は聞き耳を立てていた。
「北方を守護する事を代々仰せつかっている我が雪山の民ですが、最近何やら凍土に住む蛮族の動きが怪しくなって来ておって、度々申し訳ないのだが力を貸して頂けんか?」
「それは構わないのですが、凍土に住む蛮族とは?」
「元来より、凍土に住み着く人とも魔物とも言えぬ奴らの事。幾分何も無い土地じゃ、奴らは食人文化を持つ危険な輩なのでの、儂らが北方を守護しなければその内人里にまで降りても来よう」
「神時代、ここは魔族の領土と人間達の領土の境目だったと言われているわ。凍土に住む人種は魔に取り憑かれ、野蛮な本性が浮き彫りになりその姿を人ならざる物へ変えて行ったと言われているの」
「その時、北の領土を死守していたのが我が民の始祖アラン様。北の歴史は意外と長くての、次代の族長へと語り継ぐのが義務となっておるのです」
アランという名を受け継ぐ背景を彼等は話していた。俺ももうこの種族の一員だ、息を呑んで話を聞いている。
「関わりはわかりました、私達のやるべき事とは?」
「これはそなた達にも関わりのある事で、極秘とさせてもらう為にここに呼ばせてもらった」
長は一度言葉を切った。
一瞬張りつめた空気が、聞き耳を立てる扉越しからでも伝わって来る。
ゴクリ、と俺も息を呑む瞬。
「近頃蛮族達の間で邪神教と言———」
「北の蛮族だ! 皆、急いで武器を取れ!!」
耳を貫く様な悲鳴が、族長宅一番奥に作られている書斎にも響く。それと同時にこの雪山族の次期族長候補と呼ばれる、アラシュの怒声が聞こえて来た。
いきなりの事についていけず呆然としていると、書斎のドアが急に開いて中からわらわらと話をしていた三人が飛び出して来る。
「こりゃやまん! 何をしとるか!」
長の拳骨が飛んで来る。長は高齢と行っても雪山族は死ぬまで強靭な肉体を維持し続けるとも言われている。もっともそんな事は有り得ないが年齢を重ねるごとに落ちて行く体力の劣化が他の人種より圧倒的に少なかったりするのだ。
「いや、ついつい聞き耳を…でもそんな事より蛮族が!!」
「外から悪意の魔力を感じます。早く外に向かいましょう」
クボヤマとマリアが長にそう言う。
「うむ! 判っておりますとも。やまん、危ないからじっとしておれ」
「いや! 俺はもうお客様じゃない。一緒に戦うんだ!」
そう言うと、長は皺が目立つ顔を更に歪ませてにやけると「それでこそアランの名を継ぐ者」と一言にクボヤマ達と外に向かって駆け出した。
俺も慌てて後を追う。
外の状況は拮抗していた。
いや、少しながら此方が押され始めている様にも目立つ。主立った集落の戦闘員は、雪山の巡回に出かけている時間だったからだ。
一番の強者、アラシュがたまたま非番で集落に残って居た事により壊滅的な被害は避けられていると行った所。
負傷している者も何名か居るが、それは相手も同じの痛み分け。
牽制状態が続いている。
「マリア。貴方はケガ人の手当を。私は前線で他の負傷者を探しながら族長宅に戻って来ます」
「ええ。貴方は大丈夫なの?」
「ついでに邪な心を持った奴を引っ捕らえて来ますよ」
そう言うクボヤマに、マリアはニッと笑うと治療の指揮を取り始めた。彼女は神聖魔法の使い手の様で、次々と負傷者に声を掛け手当を施して行った。
「情けない! それでも雪山の民か御主らは!!!!」
長の怒声が響き。一瞬雪山族と蛮族が同時に怯むのが窺えた。
誰だって長が怒るのは怖いんだな。
だが雪山族の民はそれで息吹を吹き返した様に巻き返している。
俺も認められて新たに自分用に頂いた雪山族の特性武器『ゲンノーン』を片手に攻防に参戦する事にする。
「巡回の者が戻って来るまで皆持ちこたえよ!! アラシュの姿が見えない! あやつこの非常時に一体どこへ行った!」
長は相変わらず怒声をまき散らしながら無双している。
ゲンノーンを両手に持ち、敵の斧を受け引っ掛けると引き寄せてその勢いのまま心臓を精確に貫いて行く。
ひと突きで死体になった蛮族の顎をL字に尖った部分で引っかけ振り回して蛮族に投げつける。
一体どっちが蛮族なんだか判らないが、この武器を使った戦闘は無限大な所を見せてくれた。
「アラシュ!!」
叫びと共に、長に一瞬の隙が出来た。
その隙に遠くからトマホークを投擲せんとする蛮族が一人。
「長! 後ろ!」
俺の声は聞こえていない様だった。
一体何が起きたんだ?
俺は蛮族一人を相手にするだけで精一杯だった。
そんな時、腕を振りかぶった蛮族を押しつぶす様に巨大な十字架が飛来した。圧し潰された身体に遅れて投擲しようとしていた斧を持つ腕がボトリと音を立てて落ちる。逆十字の横棒の部分に立つクボヤマが、飛行帽についているゴーグルを外しながら言う。
「前線の負傷者はあらかた治療所へ送りました。これで今の所ケガ人は居ません」
「馬鹿者! まだおるではないか!!」
珍しく取り乱した長が、慌てた様に駆け出した。
俺達も慌てて後を追う。
『雪山の種族か』
『ヒト種の中ではまだ強靭』
『だが所詮ヒト』
『我々魔族と比べれば矮小な存在』
ガーゴイルの鋭く尖った尾に貫かれたアラシュがそこに居た。
長の顔は、一瞬驚きから悲しみに、そして鬼の様な形相に変わってく。
北方人種特有の薄桃色の肌が真っ赤に染まっていた。
それだけでも回りの雪を溶かしてしまいそうである。
心無しかクボヤマの顔も鋭くなっている様だった。
ガーゴイルの視線がこちらを向く。
貫かれるアラシュをまるでゴミを捨てるかの様に此方へ投げつける。
長とクボヤマが動かないアラシュに駆け寄る。
クボヤマは長の目を見ると首を横に振った。
「…ああ、アラシュよ…勇敢な雪山の民として、お前の死を儂の心に刻もう…」
長は涙を流しながら空を仰ぎ言った。
その涙も、雪山の寒さの中では一瞬で凍る。
カチカチになったまつ毛の奥の瞳がギョロっとガーゴイル達を向く。
「長、今はこの目の前の状況に集中しましょう」
「わかってますわい。弔いはとびっきりのを頼みますでな」
「畏まりました。一つ、私は過去にガーゴイルと戦った事があります。彼等の鱗は岩の様に堅いです。が、四肢・尾の付け根は比較的柔らかいので狙うならばそこを」
「判っております。年老いてますが、雪山の民の底力を見せてみせましょう」
そう言って二体居るガーゴイルにクボヤマと長はそれぞれ向かって行った。
何をすればいいんだろうと迷っていた俺にクボヤマが言う。
「年老いている身には辛いと思います。是非とも長の手助けをして上げてください」
「わかった!!」
北方人種の体格から見ても、ガーゴイルは巨大だった。
俺は北方人種に進化しているとは言え、その中ではまだ小柄な方だったので果てしない絶壁に思えた。
だが絶壁や険しい雪山での戦闘を得意とする種族である。
岩の様なガーゴイルの肌にゲンノーンをピッケルの様に使い登って行く。
尻尾の牽制は長がやってくれていた。
『小童が』
「まずったわい! 避けろやまん!」
「いっ!?」
尻尾が飛んで来る。俺の居た肌の部分を打ち付けていた。
どMガーゴイルなんて冗談を言ってる場合じゃない。
ゲンノーンを引っ掛けて宙ぶらりんになる。そして身体を振ったその勢いのままどうにか肩の位置にまで来る事に成功した。首筋は刺があって近寄りづらかった。
だが、相手は少し傷つけられてもよじ上る俺を脅威と判断したようで、手で払いに来る。
コレは避けれないなと死を覚悟した時、ガーゴイルが急に体勢を崩した。
長がガーゴイルの尻尾を強引に引っ張って引きずり倒したからだった。
「ぬおおおおおおおおお」
とんでもないパワーだ。
空中に投げ出されて地面にダイブする。
衝撃で肺の中の空気が全部抜けて、一瞬動けなかった。
それでも俺を狙ったガーゴイルの攻撃は続く。
何かが来る、視線の端でそれだけが理解できた。
とにかくどこでも良い、横に転がって回避する。
ガーゴイルの鎌が、さっきまで俺が居た場所に突き刺さる。
『ギャアアアァァアァア!!』
叫び声が俺の耳を劈く。隣からだった。
クボヤマの相手していたガーゴイルがボロボロと内部から光を発しながら砕けて行く所だった。
『貴様はあの時の神父。未だに生きていたのか。まぁいいこの間に我らが同胞がこの地の英霊を亡き者にしているだろう』
「貴様ら! 英霊様の祠にも手を出すのか!」
この場から脱出しようと翼をはためかせて飛び上がったガーゴイルに長が叫ぶ。クボヤマも巨大な十字架をガーゴイルに向けて投げようとした。
だが、ガーコイルはそれより一手早く口から燃え盛る業火を吐き出した。
俺達は堪らず退避する。
ガーゴイルはその隙に飛び去って行った。
「長。英霊様の祠とは一体なんですか?」
「雪白熊の祠のその先にある、代々雪山の民を語り継ぐ資格のある者のみ向かう事を許される特別な場所で、我らの聖域です…」
長の言葉は少しずつ力を弱めて行った。
「じゃがもうおしまいです。あれ程の力を持った魔物がまさか蛮族に力を貸していようとは…次代の担い手であるアラシュも殺されてしまった…」
座り込んでしまう長は、年相応に年老いて見えた。
「長、諦めちゃダメだ」
俺は自然にそんな事を口にしていた。
諦めたら作り直す事の出来るゲームの世界で、そんな事は詭弁だと罵られる。だが、このRIOの世界はそんな事も忘れるくらいの物を俺にくれた。
この世界の一員として、一人の人間として扱ってくれたこの雪山族に何かやれる事があれば。
「北の屈強な種族が諦めただって? そんな事は死んでから言えよ爺」
長は口を開けたまま俺の目を見続けていた。
「この時間帯は巡回の人達も丁度雪白熊の祠への道付近に来ている筈だ! 急げば未だ間に合うだろ!」
長は笑うと立ち上がった。
さっきまでとは大違いである、いやむしろ若々しい程の気を帯びている様にさえ思えて来た。
「小僧が言う様になった。儂もまだまだ現役で居る事にしようかの!」
「もちろん私もついて行きます。邪心教の芽は確実に詰んでおかなければなりませんからね」
クボヤマも十字架を背負ってやって来る。
彼はウエストポーチから出した簡易食料を俺達に手渡した。
味は苦酸っぱ糞マズい。
そして回復魔法で俺達の傷を癒してくれる。
戦闘前より身体が軽くなった気がする。
コイツは良いや。
そしてすぐ英霊の祠と言う場所へ。
雪山族の聖域に俺達は向かう事にした。