一炊の夢
サバイバル戦は無事終了した。
いや、無事じゃないな。
優勝候補の一画であったギルド『リヴォルブ』一軍のまさかの全滅である。
堅い事で有名だったロバストさんも真っ青の異常気象により、あの区域に参加していたプレイヤーは壊滅的な打撃を受けていた。
俺の治療が間に合わずして全滅してしまったプレイヤーも多数居る。
詳しい内容を知らない人、もしくは乱戦時を観覧していた人以外は俺の事を恩人として感謝してくれているらしいが、一部では【GOサインを出した本人】として戦闘狂神父から暴虐神父として大変ヴァイオレンスなあだ名がついてしまった。
でもさ、あの乱戦だ。
敵と味方の区別すらつかない状態に落ち入ってたんだ。
仕方ないよね?
もう開き直るしか無いのである。
ははは。
まぁそれはさて置いて、少しあの乱戦以降の話。
例の区域でサバイバルするプレイヤーが激減した事となんか精神的に疲れてしまった事によって俺はテントに引きこもってひたすら祈り続けた居た。
いざという時の聖書さんである。
さすが一番長い付き合いなだけあって、俺の心を癒してくれるのは彼女だけだ。
一緒に祈ろうとするエリーには出て行ってもらった。
今回の元凶はお前達だ、反省しろ。
夕食のバーベキュー以外は絶対でないからな。
『太古の記憶』
『守り主の角・部位破壊報酬』
『召喚・大鹿』
引きこもってひたすら祈り続ける合間。
今回のドロップアイテムについて頭を働かせていた。
あ、いつの間にかですがね、片っぽの頭で聖書を読み上げながら、もう片っぽの頭で普段の思考が出来る様になりました。
カッコいい言葉を使うと同時並列思考って言うのかな?
元々リアルでも複数の事を同時進行するのが得意だったので影響しているのかもしれない。とりあえず聖書さんのお陰ってことにしとく。
御都合主義だが、俺の思考の片っぽは常に聖書さんだってことだ。
一心同体である。
んで、ドロップしたものなのだが。
太古の記憶
『太古の巨象の抱える記憶。神時代を悠々と生きるこの巨象と共に生きる人々の思い出が込められている。※レッサー化していても持つ記憶は変わらない』
この光の球、なかなかのレアアイテムの予感である。
使い方は判らないがな。
守り主の角・部位破壊報酬
『大自然の守り主の角先。滅多に折れる事の無いそれは、粉末にすれば守護霊薬の材料でもあり神事の媒体でもある。煮詰めても良い出汁が取れる。縁起のいい物であるためLUK値に%補正が掛かる』
なんつーか、凄く良いものだと言う事は伝わった。
煮てよし、挽いてよし、奉ってよし。
あのアホ賢人が喉から手が出る程欲しそうなアイテムである。
とりあえず煮詰めて出汁を取ったら砕いて粉末を鍋に投入して煮こごりみたいにして鍋で奉ってやる。
くそが。
こんなもん使い方知らねーよ。
召喚・大鹿
『大鹿のドリューを召喚できる。のんびり屋で寒さに強い。頑強な角での一撃は脅威。草木の成長を促す魔法が使える』
初めての召喚魔法です。
ノーマルプレイヤーモードでは、魔術系職の中に召喚師と呼ばれる召喚魔法を扱う職業もあるらしい。
あのアホ賢人も好んで使っているのが、この召喚魔法と空間魔法である。
四大元素魔法の他に光と闇の対極魔法。
雷、氷、木などの上位属性魔法。
そのどの属性にも属さない魔法が無属性と呼ばれている。
召喚魔法と空間魔法はその立ち位置だ。
ちなみに俺は別名神聖魔法と呼ばれる光属性に適性がある。
対極魔法はINT値ではなくMND値依存のある少々特殊な魔法なわけで、僧侶職や闇系魔法職はMNDもきっちり上げないといけないんだとか。
だからってINTが入らない訳じゃな。
リアルスキンモードは振れないから、地力で鍛えるしか無いんだが。
鍛え方をミスった俺は、事実上INT値が絶望なわけだ。
だが無属性魔法はINT値とMND値がどちらも考慮されるらしい。
魔力を扱う事が出来れば誰だって扱える魔法なんだとか。
俺の魔力量はかなりある。
召喚魔法を取得する事に寄って俺の戦闘の幅は更に広がるんじゃなかろうか。
そう思って練習してみたんだけどね。
いくら頑張っても大鹿は来てくれませんでした。
流石にコレはちょっとショックだった。
ハザードに相談してみた所、アウトプットがお粗末だから召喚門の大きさが足りないんだとか。
結局INTじゃねーか!
なんて叫びたくなりました。
無属性魔法の適正すら無いのか、やっぱりトコトン才能無いんだな。
セバスにあげた。
彼曰く「家庭菜園がハマります」だそうだ。
勝手にしろ。
そして俺は狂った様に鍋で角を煮込み始め、十分に出汁が取れた頃、巨象の骨を使ってごりごりと砕き潰し、鍋に投入。
さらに煮込み始めた。
もちろん祈りながらな。
その間、誰かが俺のテントを開く音がして、そっと閉まる音もした。
どっからゼラチン質が出たのかしらんが、次第にドロドロとして来た。
よし、十分に冷やしたら神の煮こごりと呼ぼう。
浸してる間はもうふて寝する事にする。
今日はダメだ。
私は見ました。
彼の引きこもるテントが光り出したのを。
ブツブツと呟きながら何かの骨でごりごりと何かを砕く姿。
見ている世界が違うんだと錯覚しましたね。
それとも、数々のストレスが彼を変えてしまったのか。
いや、彼の精神補正と回復力は尋常じゃないですからね、放っておけば収まるでしょう。
原因の一抹はこちらにもありますから、今日もバーベキューを用意して彼のご機嫌取りをお嬢様としなければなりませんね。
目が覚めると、平原だった。
背の低い草を風が撫で、波打つ様にして爽やかな音を響かせていた。
空を見上げる。太陽が凄く近い。
適度に雲が散らばっており、その雲の間を縫う様に、沢山の空鯨達が群れをなして悠々と泳いでいる。
時折、空鯨達の声が空から響く。
ヲオオオオ。
圧巻の光景だな。
いいなぁ、あんな風に空を優雅に飛んでみたい。
眺めていると、次は地響きが聞こえて来る。
今は地面に胡座をかいて座り込んでいるため、お尻に振動が伝わって来る。
後ろを振り返ると、巨大な白象の群れがゆっくりとこっちに近づいて来ている様だった。
あれは、古代の巨象じゃないか。
以前対峙した時の状態と違う。
昼下がりの散歩を楽しむ様に穏やかに歩いている。
「どうした? そんな呆けたツラして」
群れの中でも一際大きな象に乗った男が話しかけて来た。
赤髪天然パーマの男は赤い瞳を俺に向ける。
この男、どっかで見た事あるな。
「ヴァルカン…ですか?」
「敬語は辞めろよ気持ち悪い」
そのままだ。
あの顕現した日。
窮地を救ってもらった時と何ら変わりない姿に驚いた。
「あの時は、必死だったからな」
「まぁ、なんつーかよくやったよ」
「それより、ここは一体…」
素朴な疑問だ。
明晰夢でした。では済まない世界が眼前に広がっている。
「少し考えれば判るだろ。ここは神の住まう場所『エラ・レリック』。神時代の生態系がそのまま残された場所だ。現実世界には存在しないぞ。ここに来るには神の許可と次元線を越える媒介が居るからな」
頭痛がして来た。
判る分けねーだろ。
俺はなんでこんな所に来たんだ。
「あ、ほら。俺、おまえに『またな』って言ったじゃん。そん時に許可は出しといたんだよ」
そんなに簡単に許可が出せるのか。
『神を顕現させる』行為はそれだけ特別だと言う事だった。
「あと、お前未だに信託貰えてないだろ。俺にも責任あるからさ、待ってたんだぜ? おまけに差し入れまでな」
そう言いながらヴァルカンは鍋を俺に見せた。
神の煮こごりじゃないか。
「この深い味わいがたまんねぇぜ〜、今日はバッカスの所から神酒パクってこよ」と彼は上機嫌である。
「責任って一体なんですか」
「ああ、それな」
彼は鍋を仕舞うと続けた。
「俺の加護とアウロラの加護が混ざり合ってる状態なんだ。そりゃ信託も繋がらない筈だ。どっちと繋いで良いかお前が判らない状態でやってるからな」
受ける側の問題だったのか。
「でだ、本来なら、どっちか選択しろって突き放しちまうんだが。俺はあの時お前の可能性を見ちまったのさ。俺の神火を聖火にしちまう程の容量を持ったお前ならきっと俺達の加護を生かしてくれるだろうってな」
彼は象達に合図を送った。
象達が一斉に空に吠える。
呼応する様に空から鯨の声が響いていた。
そして空鯨の群れから大きくはないが、真っ白な個体が地上に降りて来る。
空鯨には一人の女性が座っていた。
俺はこの人を知っている。
一体何度祈っただろうか。
女神アウロラ。
「やっと会えた」
彼女は空鯨から降りると、こっちへやって来て俺の頬を撫でた。
とんでもなく緊張する。
息をする事すら忘れてしまう様な一瞬だった。
「エリックから度々報告は受けていました。でもあのエリックですものね、意外と嫉妬深いですから彼」
はにかみながら女神は言う。
「今、貴方の中には私の加護と弟の加護。そして私と強く繋がっているエリックの祈りが存在しています。そして、貴方の聖書はもうすでに意思の片鱗を見せ始めています、正直私も驚いていますよ」
俺の胸ポケットから聖書がスッと飛び出して来る。
女神の手の上で浮かぶ聖書に向かって、女神は指で小突く様な仕草をすると、聖書がパタパタと喜んでいるかの様な意思を見せていた。
「特殊なアイテムはこの世に数多く点在していますが、ただの聖書だった彼女が明確な意識を持つに至った。奇跡と言っても良いです」
「とあるエルフに進化しかけている騎士がだな、聖書にかまけて構ってくれないと頻繁に礼拝堂で愚痴ってるぞ。ぷぷぷ」
「目一杯の愛を受けたこの聖書は、私達の子供に等しい存在となっています。とくにクボヤマ、貴方の愛が一番彼女を育てて来たんですよ」
そう言いながら微笑む女神と鍛冶神。
「名前を付けてあげてください。それが貴方と彼女の絆になります」
女神は俺の目の前に聖書を浮かせた。
正直、話半分で聞いていた。
と、言うよりも状況について行けてない。
それをヴァルカンも察しているようでさっきからニヤニヤとうざい。
だがまさに、奇跡だろう。
「二つの加護を持つが、それが一緒くたに混ざり合う訳じゃない」とヴァルカンは付け足していた。
要するに媒介にして全く別の物に聖書は、彼女は生まれ変わろうとしているのだろうか。
名前ね。
それっぽいのはすぐに浮かんだ。
ここに至るまで数々の出会いがあった。
リアルでは体験する事の無い出会いも数多かった。
そしてその繫がりのお陰で俺はここまで来れた訳だし、そしてコレからもそれが続くんだろう。
そんなご大層な言い訳を考えてみたが、単純に。
俺と聖書さんは運命の出会いを果たしていた訳だ。
あの日PKに殺されていなければ神父になる事は無かっただろう。
そう、名前はこれでいいか。
「…フォルトゥナ。運命の女神フォルトゥナだ」
「…よい名前ですね」
「ひゅ〜お前にしてはセンスがいいな」
俺が名前を言った瞬間。
聖書が光を帯びた。
そして、眩い程の金色の長髪と瞳を持った16歳くらいの少女が誕生した。
俺のイメージが形になっているのかな。
運命と言えば運命の輪と車輪を想像してしまった、そんなオブジェクトがカチューシャの様に少女の頭部を飾り付けている。
「クボヤマ!!」
彼女は。いや、フォルトゥナ。フォルで良いや。
フォルは俺に抱きついた。
「やっと、やっと貴方とこうして話せる! 触れ合える!!」
「聖書さんとしての記憶は残ってるのか?」
「うん! 自殺紛いの事はもうしないって約束して、私が全部治してあげるけどもうダメ!」
ああ、判ってるんですね。
納得しました。
「さっそく尻に敷かれてね?」
「ほほえましいですね、差し詰め私達は叔父叔母と言った立ち位置でしょうか」
そんな様子を見てアウロラもヴァルカンも笑っている。
「あ! 消えちゃう!」
俺の身体は半透明になっていた。
要するにタイムリミットって事か。
「生まれたばかりだと言っても神だからなここで暮らす事になる」
「私達が面倒を見ますので心配はしないでください。あ、彼女は今の所貴方としか繋がっておりませんし、もうその聖書は神級ですので、有事の際に顕現させる事は可能です。もちろん信託で会話する事も可能なので大丈夫ですよ」
そうなんだな。
フォルは女神に手をつながれ、寂しそうにこっちを見つめていた。
「また会えるって。これからもよろしくな」
彼女にそう微笑んで俺は光に包まれた。
目が覚めた。
香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
テントを開けて外を見ると皆でバーベキューをしていた。
ユウジンもハザードもみんなそろっている。
「師匠〜! いい加減機嫌治してくだサイ〜!」
半泣きでしがみついて来るエリーの頭を撫でながら、俺もバーベキューに混ざるとしようか。
テントの中を見ると煮こごりは消えていた。
鍋は残されてその中に紙切れが『ごちそうさまでした』と一言だけ残されていた。
聖書を見てみると、金枠にしっかりと縁取られて新品同様で少しシックなデザインに変化していた。
大分ボロボロになっていたからな、今までありがとう聖書さん。
そしてこれからもよろしくなフォル。
運命の聖書
『運命の女神を高純度で顕現させる事が可能。所持者は運命の女神の加護を高純度で受ける事が出来る。女神と鍛冶神の癒しと力の加護も内包されている。破壊不能属性。所持者変更不可』
「ヴァルカン。その鍋、後で私も頂くからね。バッカスの所からちょろまかした神酒には目をつむってあげるわ」
「あ、アウロラ!」
女神ギロッ。
「ね、ねぇちゃん、わかったよ…」




