アップグレード
ログインした。
先に進もうとした途中で、腕を失った事に気付いた。
思いっきり欠損ペナルティ出るタイプの怪我です。
片腕が無い。
その状況に慣れてしまっている俺が怖い。
今後、ずっと何かしら欠損する様な事が続きそうな気がしないでもない。
早い所、聖王都の大教会で上級の回復呪文を学ばなければならないという謎の使命感に駆られる。
もう少し力を付けてからでないと、上級悪魔以上の奴と対峙した時、一方的に驕られるのは俺の方である。
そんな訳で、暗黒迷宮を一時離脱。
エリック神父、いや学校では理事長だな。
その理事長のプライベートエリアを使用する許可は前々から貰っていたので、理事長室のゲートから女神の神殿へと赴く。
で、ここからが本番。
個人的な都合による解釈だが、女神の神殿は中央聖都ビクトリアの大教会に繋がっていると予想している。
ゲートからの小部屋を抜ける。
山の中に埋まっていた鍛冶神の神殿とは違って、広く、大きい。
石柱の配置からして、どっちかに抜ければ神殿の要所か入り口の階段が構造的にある筈だ。
ビンゴ。見えて来た。
運良く上に続く螺旋階段にたどり着いた。
螺旋階段の上にはゲートが。
問題は通れるかどうかな訳だが、以前報酬で貰っていた許可証書。
出番である。
エリック神父が真心込めて一筆したこの許可証書があれば、通れると思う。
はは!
今日は運がいいぜ。
想像以上の結果と言っていい。
まさか、資料室に直結してるなんて予想も出来なかった。
本棚の後ろにひっそりと置かれているゲートの漆黒の壁。
量も半端無いな。
一体何の資料がこんなに大量に置いてあるというのか。
どうせ例によって全部聖書だろ。
そんな事を思いながら資料、本を漁って行く。
高位の魔法を覚えて行く。
世界大全の様に吸収出来れば良いんだけどさ。
俺には出来ない。
一つひとつ覚えて行って聖書の文字と照らし合わせて行く。
ハイヒール、リジェネレーションとその他呪文をアップグレードさせる事が今回の目的である。
下位の回復魔法には万能性は無いからな。
あらゆる状態異常に対しての回復魔法を学んで行く。照らし合わせてない物は、直接書き込む荒技だ。
聖書に自動でやらせるなんて俺かエリック神父くらいしか居ないからな。
書けば書く程輝きを増す聖書。
ここまで来るとまるで総合病院の様な立ち位置になって来る。
擬人化するとすればナースですか。
良いですね。
いかんいかん。厳かな修道女に決まってるだろうが!
この野郎!
自動治癒の完全自動化が進む。
凄いぞ聖書さん!
この勢いならセカンドオピニオンまでやってくれそうだ。
あらかたやり終えた。
もっと他に資料は無い物かね。
漁っていると急にドアが開かれる。
油断した。
「まったく、なんで私がデヴィスマックなんかに行かなきゃならないのかしら!」
憤慨しながら入って来た女性と目が合う。
「ど、どうも」
「あ、こちらこそ。って貴方は一体誰!? ここに入るには許可がいるのよ?」
「許可証なら貰ってますよ」
一応エリック神父に書いてもらった一筆を見せる。
「法王の!? あなた何者? まさか噂の愛弟子さん?」
そう言って驚く彼女は、マリアと言うらしい。
彼女は「直筆の許可証が有ってもここの管理人に一言許可を取るのがマナーでしょう」と溜息をついた。
ごもっともです。
「すいませんでした。知らなかったもので」
「ああ、いいわよ。あの法王だもの、やる事成す事全部自由よ」
「貴方も苦労してらっしゃるんですね」
わかる!?と彼女は俺の手を握って来る。
判りますとも。ええ。
この資料室は彼女が管理している部署らしい。
簡単に用件を伝える。
高位呪文について学びに来た事を。
「勉強熱心ね」
そう一言、彼女は奥の部屋へ消えて行った。
驚いたが、悪い人では無さそうだったな、苦労人って感じがする。
だが、容姿は金髪にナイススタイルでなんつーか。
なんて言ったら良いの変わらないけど、エロい服装だった。
雰囲気がね。
あれ修道服っていうの?
まぁいいや、正式な許可も貰ったのでこっそりやる必要は無い。
とりあえずアップグレードした聖書さんを起動。
まるでプログラマーみたいだな、自分で作ったプログラムをチェックするかのごとく聖書の動きを確認して行く。
ここでハザードに頼み込んで貰って来た『賢人の呪毒シリーズ』があります。
麻痺、毒、火傷の他に、石化、神経、沈黙、即死などなど様々な呪いと毒が楽しめるラインナップになっている。
恐ろしい。
いっこいっこ試して行こう。
まずは火傷の腕にたらす。
一瞬にして腕がぐちゃぐちゃになって行く。
これ治療失敗したら確実にケロイドだよな。
おお、治る。
麻痺、毒、凍結、比較的下位の状態異常はクリア。
一瞬異常が起こってすぐ回復すると言った感じだ。
いい調子である。
次が鬼門だ。呪いと特殊毒シリーズ。
沈黙から行こう、比較的安全そうなのからな。
そして残す所は、神経毒と石化、即死。
神経毒を飲む。
麻痺の上位であるそれは、一切の思考を許す事無く心臓の動きを止めに掛かる。
「…ッ……ヵッ…コッ…ン"ー…」
徐々に呼吸が出来る様になって行く。
意識のブラックアウトは無かった。
死ぬかと思った。
だが、治った。
怖過ぎだろ…。
少し億劫になったが、エリック神父にボコボコにされる方が遥かに怖い。
ユウジンにひと突きされる方が遥かに痛い。
少しでも化け物に並ぶ為には仕方の無い事だと割り切った。
次は石化だ。
ええいままよ!!!
…。
は?
とりあえず、何が起こったか判らなかった。
こうして生きてるって事は、治ったって事だな。
そう思って下半身を見たら石になってた。
いやぁ、驚きましたね。テヘッ。
どちらも死ぬまでにはインターバルがある劇毒と呪いだった訳だが。
次が鬼門である。
即死。
そ、即死?
死ぬ事が確定している呪文だな。
MND値からして俺に掛かる事はなかなか無いとしてもだ。
コレはどうなるんだろうか。
即死耐性というより死んでも生き返る。
という奴だろうか。
それか死ぬ前になんとかこう、ギリギリで踏みとどまるのか。
さて、行くぞ。
「あんたいつまでやってn」
即死薬を飲む。
ドアを開けて出て来たマリアに反応する前に俺の意識はブラックアウトした。
目が覚める。口に何かを感じる。
そして強制的に空気が入って来る。
「ゴボッ!!」
「よかった! 目が覚めたの!? 身体は大丈夫!?」
そう言いながら彼女は俺の両肩を掴み、揺さぶる。
どうやら人工呼吸を受けていたようだな。
「あぁ、大丈夫です」
口を拭いながら座り直す。
「失礼ね! 呼吸と心臓が止まってたのよ!? こっちのみにもなって欲しいわよ!!」
顔を真っ赤にしながら怒るマリア。
確かに、申し訳ない事をした。
彼女が言うには、様子を見に来たら変な薬を飲んで倒れたらしい。
瞳孔は開き、心臓は止まって、呼吸もしていなかった状況を見て、もう無理かと思ったらしい。
だが、聖書が輝き出すと、俺の心臓は再び動き出した。
まだ呼吸をするに至っていない俺を見て、彼女は人工呼吸を思いついたらしい。
魔法のある世界で、死んでも蘇生があるんだからと思う人がいるかと思うが。
厳密に言うと死んで生き返る事はない。
プレイヤーはリスポーンという形で蘇るが、この世界の人は死ねば終わりだ。
蘇生魔法というのは瀕死になってしまった際の回帰魔法としての呼び名が高い。
だが、バラバラになってしまった場合。
瀕死すらも通り越した完全な死には、蘇生魔法も何も効かないそうだ。
で、瀕死ってどこまでとか言い出すときりがないから。
死ぬ前の一瞬。衰弱した状態ってことで。
身体がまっ二つになっても、まだ生きている状態は瀕死。
心臓も脳もまっ二つになっていたらそれは即死。
逆にそれ、首だけ残ってたら生き残れそうだな。
シビアなタイミングが居るし、蘇生魔法の詠唱はなかなか難しいらしいが。
「耐性の鍛錬は一人でやるもんじゃないわ!」
俺の話しを聞いて彼女は叫んでいた。
実を言うと、後一つだけ残っているのである。
賢人の呪毒シリーズに新しく名を連ねた、爆殺の呪い。
体内の魔力を暴走させて爆発させるらしい。
ご、○空ぅーーーーーー!!!!
とんでもない物だが、コレをやらずして。
聖書の本来の即死に対する対抗策になりうるのかが問題なんだ。
腕が切れたってな。
喰われたってな、爆発したってな。
心臓ひと突きされたり、爆発魔法でバラバラになる時があるかもしれんぞ。
あるかもしれんぞ。
俺は実際にあったからな。
それに対する対抗策を考えなくてどうするよ!
否、俺はこの呪いを飲む。
「ばかじゃないの!?」
「いいえ、コレは試練です。私は聖書さんを信じています。神を信じています」
「ほんっと。位が上がるに連れて、聖職者って下衆か変態しか居ないんだから」
彼女はそう言いつつも、離れて俺を見守っている。
聖書を片手にいつでも蘇生魔法を掛けれる体勢だ。
爆殺の呪いを飲む。
今更ながら、なんで液状にしてあるんだろうな。
喉越しはもの凄く悪い。
常時コーティングしてある俺の身体は派手な爆発を起こさなかった。
四肢が千切れボトボト飛び散るだけだった。
「キャアアアアアアアアアアア!!!」
そして身体中の組織が崩壊する様に俺の身体はぶちぶち千切れて行く。
しばらく言葉に表す事のできない痛みを味わった後ブラックアウトした。
目覚めた。
いつものベッドじゃない。
「化け物ね」
まさか成功したのか。
あの煮崩れ起こしたジャガイモみたいな状態から。
彼女に見た内容を聞くと。
聖書が文字を帯びて光り輝いていたらしい。
で、勝手に文字を読み上げ、俺の身体を復活させたとか。
一体何がどうなっているのか判らない。
最悪部位欠損がどうにかなればいいやくらいの気持ちでアップグレードをしに来た訳だが、とんでもない物に仕上がってしまった。
聖書「あーもうぐっちゃぐちゃなのとりあえず生命維持装置の代わりにこうして」
聖書「血管組織が出来たの、現代医学って素晴らしいわこうしてこうしてこうして」
聖書「かわりに少し私好みにしておくの」
と、聖書さんは考えていたに違いない。




