女神の聖火
坑道内を派手に転げ回った彼の身体は、あちこちを骨折し裂傷を負っていた。
これは死なないだけ助かったと思う。
意識を保っていた彼を元気づけ、治療する。
治療した所で、完全復活を遂げるにはいささか時間が必要だろう。
マズいな。
圧倒的に恵まれたステータス、かつ常日頃から鍛錬を怠らないユウジンの身体は正直言って化け物レベルだろう。
それがこの状況である。
相当な力を持っていない限り、彼の頑強な身体はダメージを負わない筈なのに。
悪魔鉱人形には崩れた天井の瓦礫が直撃したんだ。
そう簡単には追って来れないはず。
同時に逃げ場も失ってしまったがね。
ユウジンを肩で支えると、歩き出す。
一先ず、何処か安全な場所を目指さなければならない。
弱点を突いた攻撃の筈だが、復活するなんて有り得ない。
それほどまでに上級の魔物なのだろうか。
いや、聖十字を当てた際に、確かにあの魔物からは力は失せたはず。それは絶対に間違いない。
だったら何故だ?
何が起こって、あのゴーレムは復活を遂げたんだろうか。
「ゴホッ。ゴーレム系は大抵……体内に魔核があるか、それを操っている奴が、いる…ゴホッゴホッ!」
判ったから喋るな!
今は体力を回復させる事に費やしてくれ。
だが、良い事を教えてもらった。
だとするとあのゴーレム。何処かで操っている奴がいる。
直感だが、たぶんこの坑道の一番奥だろうな。
そのまま行くのはマズいか。
途中見つけた、坑夫の休憩所として使われていたであろう部屋を借りた。
丁度おいてあったカンテラに火を灯し、少し休憩する。
ユウジンはベッドに寝かせている。
ここが坑道で助かった。
ただの洞窟だったりしたら俺は一体どうなっていたんだか。
死に戻りだろうな。
少しでも早くダメージペナルティから抜け出せる様に、『自動治癒』は続けておく。
こんな事なら高位の回復呪文を学んでおけば良かった。
いくら回復呪文が多少使えるからって、毛程も役に立ってないじゃないか。
目の前で苦しむ人を救う事が出来ない。
何が神父か。聖職者か。
ロールプレイじゃないと言いつつも、神父という職業をなにげなしに甘受していた俺が情けない。
俺は、一体何がしたいんだろうか。
思考の中に没頭すればする程、俺は何がしたいのか判らなくなって行った。
自動治癒を続ける聖書を何気なく見る。
そういえば、これを暇つぶしに読む事から始まったんだったな。
聖書さん、俺に諦めるなって言ってるの?
俺はよく聖書やクロスに話しかけている。
頭の痛い人だと思われそうだが、彼女達は実際に俺の気持ちにいつも答えてくれていた。
なら次は俺が答える番だな。
一先ず、この坑道の魔物を倒して、脱出する事を考えなければならない。
今まで何考えてたんだ俺。
先に考える事があるだろ。
アダマンタイトのゴーレムか。
神鉄って呼ばれる程の鉱石だったよな。
ユウジンの刀も折れる程の。
ふ〜む。
坑道を更に奥へ進む。
運搬用のトロッコが途切れている場所へたどり着いた。
たぶんここがこの坑道の最も深い場所だと思う。
う〜ん。何も無いな。
休憩所から借りて来たカンテラを辺りにかざしてみる。
でかい穴があった。
灯を照らしてみるが、急勾配で凄く奥まで続いている事しかわからん。
ここに、入れと?
少し躊躇してしまう自分が居る。
聖書さん、クロスたそ、魔力ちゃん。
俺に力を貸してくれ。
俺はその穴を降りて行った。
降りた先はかなり大きめの空洞で、階段があった。
暗闇の中、下へと続く階段はかなり不気味である。
まだ下に降りるのか、いい加減ウンザリして来た。
ってか洞窟に階段があるって、ここなんなんだよ。
所謂ダンジョンってやつ?
その疑問は降りきった先で解決する。
カンテラも必要ない程、明るい空間だった。
遥か下にあるマグマ溜まりを囲う様に作られた神殿がそこにある。
マグマの赤い光によって照らされる神殿は、荘厳の一言に尽きる。
何かに縋る様に俺はその神殿を進んで行く。
『誰だ、こんな所までくる物好きは』
頭の中に声が響く。
『ん? アウロラの存在を感じるな。また俺を揶揄いに来たのか?』
いや、違う。
女神を信仰する神父だが、違う。
『そうか、凄く愛されてるな。あの女に。で、どうやってここまで来た?』
なんだ、凄くフレンドリーな奴だな。
『お前は失礼な奴だな。本当に神父か?』
神父だよ。この聖書とクロスが見えないのか?
『エリックの十字架じゃねーか。なんで持ってるんだよ?』
それは俺が彼の弟子だから。
なんでエリック神父知ってるんだよ?
貴方はどなたですか!?
『ああ、俺はヴァルカン』
・・・?
『ああ、あれだ。ドワーフ共は、俺を火やら鍛冶の神だと信仰しているぜ』
ああ、神様か。
俺を女神と間違えたのは偽女神像を持ってるからかな?
そう思いながら、俺は偽女神像をリュックからだす。
これの事か?
『それか〜、すまんすまん。あの女が来たのかと思って焦ったぜ』
そんな事より、ここはどこなんだ?
あんたが悪魔鉱人形を操ってた本体?
『デモンゴーレム? ああ、たまにわく奴だな。俺は関係無いぜ。そしてここは俺様を奉る場所、火の神殿だ。おかしいな、入り口は塞いだ筈なんだが』
それはあれだ、ゴーレムの仕業だ。
俺はあのゴーレムを倒す為にここに来たんだよ。
『それは筋違いだな。ここは何も関係無い』
そうか。なら引き返すよ。
『待て、どうやら奴さんのお出ましだぜ』
俺は振り返る。
そこには歩いて来る無数の鉱石人形達が居た。
その中心に居るのは例のアダマンタイトゴーレムである。
『お前もついてねーな。悪魔の中でも強い奴が産まれてんじゃん。将軍級なんてな』
「いや好都合だ!! 降臨!!」
俺は即、降臨状態になると、偽女神像を片手に走り出した。
作戦は至って簡単である。
神鉄という最硬度を持つ物質が相手でも、破壊不可属性で殴れば壊れるのはどっちか?
神鉄だよなァ!!
リーチ短い割にはそこそこデカくて扱いづらいが、そうも行ってられん。
じゃないと勝つのは不可能だ。
少なくとも俺の脳みそはそれ以上のグッドアイデアを出す事が無かった。
奴らは少なくとも俺が天敵の筈だ。
生命を脅かす存在だから執拗に襲って来るのだと思う。
『恐ろしい奴だなお前…。だがナイスファイト。とりあえず隠れてる悪魔は階段の入り口に居るから頑張れや』
ありがとうヴァルカン。
俺は洞窟から神殿に降りて来た階段を見据える。
悪魔が従えるゴーレム達を聖十字を直当てしてガンガン崩壊させながら駆け抜けて行く。
片手で足りない分はもう片方の手で握りしめた偽女神像を振り回して破壊する。
だが、アダマンタイトゴーレムが先を阻む。
コイツだけ動きが違う。
時間を取られてる間にまたゴーレムが復活する。
くっそイラついて来た。
もう他をシカトして階段を駆け上がり、将軍級の悪魔に向けて聖十字を放つ。
ただの鉱石に憑依していた悪魔は聖十字が当たる直前に、アダマンタイトゴーレムの中へと鞍替えした。
悪魔も消耗しているのか。
それとも今まで分散していた力を集約して、打って出ようというのか。
周囲に他のゴーレムは居なくなり、アダマンタイトゴーレムしか残っていなかった。
こっちとしても好都合である。
操る存在が無くなったんだ、後は本体をバラして魔核を破壊すれば良いだけ。
『なかなか熱い展開だが、降臨は最後まで持つのか?』
ヴァルカンがそう語りかけて来たと同時に、俺の降臨状態が解けてしまった。
マズいな。
持っていた女神像が急に重く感じる。
力が足りないが、可能性はまだ残ってある。
こっちは破壊不可属性…
「ガッ!?」
殴り飛ばされた。
神殿が囲む中心のマグマ溜まりに落ちそうになる。
ギリギリの所でクロスを神殿の床に刺し、ブレーキ代わりにする。
悪魔は追撃を仕掛けて来る。
自動治癒を悪魔に向ける。
少しヒビが入り動きが遅くなるだけで有効打にはなってないみたいだ。
くそ、やっぱりあの神鉄が邪魔だ。
あれに邪魔されて法力が届かない。
『苦戦してるみたいだな』
「まったくだな!」
ついついイライラして口に出てしまった。
『加勢しよう』
は?どういう事だ?
悪魔の猛攻を、なんとか薄皮一枚で躱す。
『そのままだが? お前を見殺しにするとアウロラとエリックに色々言われそうだからな』
マジか!
ならお願いしよう。
もうそろそろ、体力が尽きそうだ。
『よし、ならその偽女神像をマグマの中に放り込め』
え?ちょっと。
いや、流石にそれは…。
『神の顕現だぞ。相応の物を捧げないと無理なんだよ』
わかったよ!
ここで俺が死んだら、次の標的は確実にユウジン。
そして、この悪魔が更なる被害を生むかもしれない。
俺は聖十字を放ち牽制しながら偽女神像をマグマに投げ込んだ。
『確かに受け取った。よし、強い意志を持って俺の名前を叫べ』
くそ、ろくな時間稼ぎにすらならないのか。
悪魔はすぐそばまで迫っていた。
『現世に顕現せよ!!!』
『ヴァルカン!!!!!!!』
もう眼前まで迫っていた悪魔に俺は目をつぶってしまった。
だがいつまで経っても何のアクションも起きなかった。
恐る恐る目を開くと、燃える様な赤髪天然パーマでガタイの良い男が悪魔の攻撃を剣で受け止めていた。
「てめーやっぱ失礼なやつだな! 誰がパーマだって!? まぁいいや間に合ったぜ」
ギラついた目をこっちに向ける。
その瞳も真っ赤に燃えていた。
「偽女神像はあくまでユニークアイテムだからな、俺の顕現時間は神殿に居る事を考慮しても持ってあと十秒だ」
十秒か、それまでに何かアイデアを考えなければならない。
「その必要は無い、大サービスだ、お前に取って置きを教えてやる。お前に魔法の才能は無いから神火を使いこなせるかわかんねーが、今回だけ俺が手伝ってやる」
そう言いながら彼は俺に小さな炎を渡す。
心地よい暖かさのそれは、凄いエネルギーが凝縮されているのがわかる。
両手で受け取ると、彼は言った。
「それが神火だ。発動方は簡単にしてある、全てを燃やし尽くす意思を込めて叫べ」
その炎を見る。
全てを燃やし尽くすイメージを浮かべる。
だが、小さな炎は更に小さくなった。
エネルギーが暴走しそうになる。
まずい、このままじゃ制御できない。
「トコトン才能ないんだな! もうなんでも良いよ、自分の意志を込める事が重要だからな!」
くそ!うっさいな!
自分の意志、急に言われてもな!!
クロスと聖書が、俺の視界に入って来る。
まるで力を貸す様に、小さな炎を囲ってくれる。
「俺は神父を受け入れる!! 全てを救いたい!!」
その瞬間、紅色だった小さな炎は、その姿を純白に変えた。
そして純白の炎は俺の胸に消えた。
「わぁお! よっぽど女神に好かれてんだな! そりゃ聖火だぜ! 女神の火だ!」
俺はもう良いだろ。そう言いながらヴァルカンは消えた。
動き出した悪魔に、俺はたった今覚えた力を使う。
「聖火」
純白に輝く炎は、悪魔の頭上から降り注ぐ。
そして、悪魔だけを燃やし尽くした。
終った。
聖火を使ったせいか、それとも強敵と戦っていた疲労間からか、足に来ていた俺は蹌踉めいた。
その瞬間、地響きが起こる。
『あ、すまん。久々に力使ったからマグマのバランス崩れた。噴火しそう。できるだけ抑えるけど死んだらすまんな。でもお前の聖火もバランス崩す要因だったからな? 責任は半分ずつな』
半分ずつな?じゃねーよ!!!!
揺れで神殿が崩れ出す、柱が折れ、床が割れる。
その衝撃で、俺はマグマ溜まりに落ちる。
これは死んだ!
だが俺の手を掴んだ人が居た。
「ユウジン!!!」
「どーなってんだよこれ! 逃げるぞ!!」
彼に担がれる。なんかデジャブだな。
いや本当に、良い友達を持った。
『じゃ、またな〜!』
暢気な声を尻目に、俺らは出口を目指した。
トロッコの辺りまで来ると、ユウジンは俺をトロッコに投げ込み、自分も乗る。
「乱暴だな!」
「言ってる場合か!」
トロッコは出口へ向かい走り出す。
でもちょっとまてよ、天井崩れてる場所無かった?
ほらほらほら目の前目の前!
「鬼闘気・衝波斬」
ゴバッ!
目の前の瓦礫が跡形も無くなる。
すげーなおい。
そのままトロッコを降りると俺達は出口に向かって必死に走り続けた。
途中で遅過ぎる俺は再び抱えられていた訳だが。
神父を目指すのか。クボヤマよ。
完全なる偶像崇拝みたいになってるよ。
運営の用意したストーリーガン無視。




