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紅子

※お待たせしました。

※割と重め注意です。



 ——汚いアパート、狭い2DKの片隅が唯一の居場所だった。


 朝から電話の音はうるさいし、金切り声を上げて電話相手を罵る母親の顔も見たくなかった。


 お姉ちゃんは、小学校のクラブで遅くなるって言ってた。

 お兄ちゃんは、出来るだけすぐ帰ってくると入ってたけど、最近になって遅くなる日が増えたというか。


 段々家にも寄り付かなくなっているように思えた。

 自分の歳だと、そろそろランドセルを背負ってもおかしくない。


 髪の色にあった、紅いランドセルを背負って、お姉ちゃんと小学校に行ける日を夢見てたんだけど、それはまだまだ先の事みたいだった。


 夕方、母親は知らない男の人と一緒に出て行った。

 その時間帯になると、小学校から帰る子供達が沢山いる。


 窓から眺めてるだけでも楽しかった。

 それだけ、私の居場所は限られていたんだから。


 ドアが蹴られ、開く音がする。

 当然、母親は鍵なんか掛けない。


「あ? あの女のガキか?」

「……」


 いきなりの事に、何も出来ず、カーテンを握りしめていると。

 耳中にピアスをして、金髪の男がズカズカと部屋に上がり込んでくる。


「へぇ、そっくりじゃねぇか」


 そういって男が舌なめずりをした。

 思わず背筋に悪寒がはしる。


「いやっ!」

「いいからこい!」


 多分七歳だった私に、大の大人に抵抗する力なんて無い。

 部屋の隅から玄関まで引っ張られて行く。


 そんな時だった——、

 重たい打撃音が響く。


「——アガッ!」


 金属バットを持ったお兄さんが、汗だくで佇んでいた。


「てめぇ! やりやがったな!」

「うるせぇ! 出て行け!」


 容赦なく振った金属バットが、骨を圧し折る音を奏でた。

 金髪の悲鳴がアパートに響く。


「……お兄ちゃん、怖い」


 金髪の男も怖かったが、同時に容赦なく金属バットを振るうお兄ちゃんにも、恐怖を感じていたのは事実だった。


「今日は帰ってこねぇから、ザクロに言っとけ。あと、鍵閉めとけよぉ」

「……うん」


 一瞬だけ悲しそうな表情をしたお兄ちゃん。

 すぐに動かなくなった金髪の男を引きずると、家から出て行ってしまった。


 言われた通り、玄関の鍵を閉めると。

 全身の力が抜けた様に座り込んでしまった。


 いつのまにかテーブルに三色パンが置いてある。

 お兄ちゃんが買ってきれくてたみたいだった。

 私の好きな奴。


 どこにでも売ってそうな菓子パンを見ていると、今日はまだ一食も食べていなかったので、思い出したようにお腹が鳴りだした。


 ……お兄ちゃん、悲しそうな目してた。

 それだけが心に残っていた。

 知らない人から助けてくれたのに、私は少し拒絶してしまった。

 

 安心感からか、それとも別の何かなのかわからないが。

 何故か涙が出た。


 母親の前で泣くと怒られるから、涙を流したのは久しぶりだった。


「……べに、どうしたの?」

「お姉ちゃん……」


 鍵が開く音がして、黒いランドセルを背負ったお姉ちゃんが入ってくる。

 そしてキッチンの隅で踞って、泣きながらパンを食べる私を抱きとめた。



 これが私の毎日だった——。









 ——そして、翌日から。

 その日々は、がらっと変わってしまう。





 目覚めた時には既にお姉ちゃんは学校へ行っていた。

 一緒に寝ていた布団、抱きしめているのはお姉ちゃんではなく、代わりのクマさんの人形だった。


 テーブルには少し焦げたベーコンエッグがラップしてあって、メモが置いてあった。

 "チンして食べてね"


 電子レンジに入れようとしたところで、ドンドンと扉を叩く音が響いてくる。

 思わずお皿を落としそうになった。


「ちょっと! 開けなさい! 入るんでしょ!!」


 母親の声だった。

 開けないと何をされるかわからないので、すぐにドアを開けてあげると、思いっきり頬を叩かれた。


「待たせないで! 薄のろ!」


 よたよたと歩きながら、母親はキッチンの椅子に座る。

 そして電子レンジに入れていたベーコンエッグを食べ始めた。


「お母さん、それ私の……」


 いつもは文句なんか言わずに、部屋の隅で踞ってるけど。

 何故だか今日は言い返したい気持ちで一杯だった。


 なんで私がいつもこんな目に会わなきゃいけないのか。


 お兄ちゃんが悲しそうな目をしたのも、お姉ちゃんが女の子なのにお下がりのぼろぼろで黒いランドセルを背負わなきゃいけないのも。


 全部全部この人のせいなんだって。


「なに? 文句あるわけ?」

「お姉ちゃんが私に作ってくれたものなの!」

「何言ってんの、メモにあんたのなんて一言も書いて無いじゃない!」

「あうっ!!」


 思いっきり頬を打たれて鼻血が出てしまっていた。

 紅い。

 涙が出てくる。


 当時の私は、人一倍身体が小さかった。

 大の大人に、勝てる訳が無い。

 抵抗するだけ無駄だった。

 でも、この女のせいで。


「ほんっと、ムカつく目をしてるわね」


 皿が飛んでくる。

 身体を丸くして、頭を庇うが、そのまま腕に打つかってお皿は割れて破片が飛んで来た。


 左腕が痛い、ジンジンするどころじゃない。

 そして母親は痛がる私を見て言った。


「片付けなさい」


 震える手で、私は命令に従って割れたお皿を片付け始める。

 従わなかったらどうなるかわかんないし、今の私には出来るだけ波風をたてないように耐えるしか無いんだ。


 悔しさで、私が唇を噛み締めているのを、笑って見ている声が聞こえて来る。

 再び誰かと電話しだし、ガキが逆らって悔しそうに泣いてると笑い話の種にしている。


「うるさい! 電話しないで! 手伝ってよ!」


 キレやすいのは同じ遺伝子だからかな。

 電話中の母親に破片を投げつけると、素肌に擦って血が出ていた。


「ご、ごめんなさい——あぐッ!!」


 やってしまったと気付いた時には遅くて。

 椅子が飛んで来て、身体に打つかった。


 そのまま後ろに投げ出されて、壁に後頭部を打ち付けてしまった。

 立てない、朦朧とする、逃げなきゃ。


「この糞ガキ!!!」


 いつのまにか、包丁を握りしめた母親がジリジリと近づいて来ていて。

 私は為す術も無くただ震えている事しかできなかった。


「その顔に一生消えない傷をつけてやろうかぁ——ッ!?」


 母親の表情が変わった。

 手元から包丁が落ちて床に刺さる。

 ぶるぶると痙攣しながら母親の視線が後ろへ向いて行くと。


「……アンタ……」


 全身血まみれで、目を真っ赤に充血させたお兄ちゃんが居た。

 余りの全容に、声にならない悲鳴が出た。

 そして、お兄ちゃんは母親の薄っぺらい服を掴むとぐいっと引っぱり、手に持っていた刃物を深く押し込む。


 血溜まりがどんどん広がって行く。

 そして部屋の隅で倒れていた私の方にも……。


 逃げれない。

 押し寄せてくる。

 嫌だ。

 来ないで。


 紅い液体の上に、母親が人形のように突っ伏した。

 凄い形相で兄を見た後、己の血で染まった瞳で、睨み続けている。

 まるで、お前のせいだと言わんばかりに。


「べに」

「嫌だ来ないで!!」


 怖い、何もかも。

 手を差し伸べる手が、真っ赤に染まった何かに見えて——。

















「——なんで、違う、違う、こんなの違う」


 鮮明に浮かび上がって来た記憶。

 だが、同じ日が幾つも繰り返されてるように感じた。

 同じループ、同じ結末の記憶が、永遠に繰り返されている。

 それくらいのデジャブを感じていた。


「まぁいいや。どんな記憶だろうが事実はかわらねぇ、……もっとも、これ以上愛しの妹ちゃんを殴るつもりもねぇよ」


 ゴミを捨てるように。

 ルビーはロッソに放り投げられる。


 混乱していた。




 ——あの日、兄は母親を殺した。






 いや、違う。






 ——私が殺されそうになったのを助けていた?






 植え付けられた様な複数の記憶に、一本筋が通って行く。

 あの時の菓子パンは、イチゴとチョコと餡子のいろいろ味が楽しめる物で……。


「……ぁ……お兄ちゃん……」


 私という砂上の楼閣は、押し寄せる感情という波によって、脆くも崩れ去って行く。


「まぁ、だから何だって話しだ。どうせそうするつもりだったし、俺は俺で人から憎まれる生き方しかするつもりはない」


「なんで……」


「あの女の血を継いでっからだぁ」


 ロッソは顔を歪めて身体を掴み震わせる。


「身震いすんだよぉ、あの忌々しい女の顔を見てるだけでなぁ、お前らが生まれるまでは地獄だったぜぇ、だけどなぁ、それを黙ってみてるだけの俺も……あの女の血が流れてるって確信させちまう」


 ルビーは何も言えず、見てる事しか出来なかった。

 昔と同じように。


「でもなぁ、狂気に浸ってみたら落ち着くんだよぉ、……それだけは感謝してるぜぇ、ヒャッハハッハ!」


 すっかり変わり果てた兄。

 根本には自分が居る様だった、否定してもどうにもならない。


 今まで信じていた物は、崩れ落ち。

 新しく見えて来た事実は——、





 どうしようもなかった。





 そして、自分の身体に同じ血が流れている事も。

 痛む身体を動かして、未だ目を瞑ったまま倒れ臥すクボヤマに近付くと。


 一度だけ彼の手を握りしめた。

 この世界で、何度となく私を救ってくれた手。


 自然と涙がこぼれた。

 それは彼女の頬を伝ってクボヤマの手に落ちる。


「お兄ちゃん、愉しみはとっとくタイプなんだぜぇ!」

「もう、どうでもいいの」

「あ?」


 ルビーは立ち上がると、


「彼がやられるくらいなんだから、これを壊しても意味ないのよね? どうせそうなんでしょ?」


 目の前に佇む巨大な迷宮の核を指して言う。


「巨大な魔素が世界に溢れるくらいだなぁ、まぁ迷宮の暴走は止むけど、俺が負ける事はねぇ——よっ!?」


 ルビーの質問に返していたロッソが急に後ろへ飛ぶ。

 先ほどまで彼が場所には、ボロボロになりながらも拳を握りしめて立っているクボヤマが居た。







あくまで、ルビー視線ってことです。




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