ルビーの真意
「———えっ?」
未だ転移中。世界の構成魔素の中を行く二人であるのだが、凪が急に声を上げた。それに驚いたエリーが聞く。
「ど、どうシマシタ?」
「いや……何でも無いけど」
凪が感じた違和感。
包み込む様なとても優しい感覚。
(もしかしてアイツの超不思議よく判らないパワーで世界の構成魔素の中に干渉して来てるとか?)
そんな事を考えながら凪は周りをキョロキョロと眺めていた。
どんどん募って行く彼への気持ち。
こんな筈じゃなかったんだけど。
だなんて、初めの内は思っていた。
(デート……何着ていこうかしら)
バイブル-少女漫画という名の単行本-はもちろん彼に良く似た主人公が出て来るマンガの初めてのデートの服を丸パクリする予定。
(なら、さっさと戦いを終わらせなくっちゃ)
決意を確と心に決めた小さなチート魔術師。
本気を出せばかなり心強いのだが……。
《………………(ハザード様……)》
---
「は、ハザード……?」
聖なる光の奔流に乗せて、ハザードには支援の光を渡した筈だった。一体何が起こっているのか、ロッソの位置はフォルトゥナが捕捉していた。
万が一にも、全てを消し去る光の奔流がハザードに敵意を向く事はありえない。
なのに……繋がっていたはずの絆の様な物が、あの時お互いの健闘を祈る様にぶつけ合わせた拳から、消え去って行く様だった。
「……フォル」
フォルトゥナは何も言い返さなかった。そう、先ほど俺は意識の共有、フィードバックと言う物を覚えた、フォルトゥナの神の目が見た物を直接見る事が出来る様になっていた。
色々と制限があるが、もっと速く気付いていれば……。
救えた命だったのかもしれなかった。
(いいからさっさと行くの。せっかく人質取り返したのに……)
ハザードが逃げ切る為の支援は、ミストの不意打ちによってあっても無くても変わらない状況に陥った。
だがハザードは生き残った。
運命の女神が付いているんだ、傍に居るんだ。
「そう簡単に死ぬはずないだろ……ッ」
拳を握りしめる。
唇を噛み締める。
血は出なかった。
彼には、こうなる事が判っていたのだろうか。メリンダから受け継いだ未来を見通す瞳には、一体どんな未来が見えていたのだろうか。
「……何が、運命の、女神だ」
(クボ!!! ルビーを探すの!! 迷宮の奥底に魔力の流れが全く感じない箇所があるの!!!)
「———うるさいッッ!!」
(ひ!!!!)
上を見上げる。俺が消し飛ばした迷宮のドでかい縦穴の先からは、脳裏に強烈に残る、一々癪に障る声だった。
「ギャッハッハッハ!! 神父ぅ〜会いたかったぜぇ!! 殺したくて殺したくて……この日を何度夢見た事かぁ!!!」
そう言いながら、酷く顔を歪ませて笑いながら、ロッソは赤と黒の頭髪を大きく揺らしながら俺の数メートル先に着地した。
やはり光の奔流の直撃を受けていたようだ。身体中あちこちからプスプスと煙を上げているのが見て取れたが、どれもダメージを受けている様には感じ得なかった。
「いい加減、ドタマに来たぜ」
神聖なる奔流が、右手からほとばしった。
断じて認めたくないのだ。
(もぉ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!)
---
衝哮が鳴る、———ゴウッ!!
誰かが大きな力を使用したらしい。
「ちょ、ちょっと何なのよこの揺れ!!」
それは大迷宮の最下層を彷徨うルビーのもとにも伝わっていた。
迷宮の骸が身につけていた唯一風化していなかった服の切れ端を、何とか大事な部分を包み隠せる様に身体に結びつけたルビーは、己が安全だと思える範囲まで走って逃げる。
普通、この恰好のか弱い女が地上を歩いていればすぐに連れ去られて慰み者にでもされてしまうのだが、ここは迷宮都市直下の大迷宮。
そして、そこの最新部なのである。
人なんか滅多に立ち入らない。
「こ、こここ、ここって迷宮の中よね? なんか暗いし、臭いし、あの時行った迷宮と同じ感じするし」
無秩序区の迷宮。たしかルビーはそこでも散々な目に陥っていた。クボヤマが隣にずっと居てくれたから何とか、助かったに過ぎないのだが。
肝心の英雄様は、ヒーロー様はいなかった。
「もー! どこほっつき歩いているのよアイツ! いっつも肝心な所にいないんだから! ぼやぼやしてると迷宮の怪物達に……」
そこまで言いかけて思い出した。
迷宮の奥には魔物が大量に蠢いている事実。
「……ッ」
急に震えが来た。震える身体を押さえつける様に腕を回し、辺りを見回す。魔物らしき気配は無かったので安堵の溜息をつく。
そして、薄暗闇の中で体感時間で数刻程前の事を思い出す。
狂気に包まれた兄、ロッソの事である。
とうとう、ルビー自身も引くに引けない所まで着てしまっていた。後少しで、辿り着けるかもしれなかったのに、いざという時に自分に力が無い事をさとる。
「……絶対に、許さない」
彼女も彼女で、一つの意志によって動いていたに過ぎなかった。じゃなければ"興味があったから"だなんて"一度会ってみたかった"だなんて、ふざけた理由で雲の上の神父に会いに行く事なんてしなかっただろう。
「好きにはさせないし、絶対に居場所は突き止める」
運命は、初めからそうなる様にルビーに見えない手を差し伸べているかの様だった。幸か不幸か、運命に抗う力と言う物は、それに伴う幸運か奇跡を持つ者にしか有り得ない。
「……彼が居るもの」
善と悪、区別はつかないが、必要なピースは必要な分だけ勝手に揃う。ファーストコンタクトと言うものは、自分の感情とは違う部分で起こりうる。
「そう、彼が……居る、もの」
心に痛みが走った。
短いようで長かった旅の思い出が蘇る。
そして、いつだって傍に居てくれた彼の事も。
いつしか彼は傍に居て当たり前の様な存在だった。
「どうしよう、本当の事言っちゃったら、嫌われちゃうかな?」
普通の人ならば嫌われて当たり前の事の様な気がする。いや、そうとしか思えないし、自分でわかってて因縁のある彼を利用しようとした。
ルビーは迷宮を少しだけ歩いて、小さな窪みに座り込んだ。もう淡くは無い一つの感情と共に、憎悪、憎しみも同じ位抱えている。
「……懺悔出来る訳ないじゃない」
彼は一人の神父である。自分一人だけ救われるなら、至極単純な行為であるが、これまで積み重ねた物が邪魔をするし、全てが上手く行くならば、違う在り方を求めたかった。
歯車は既に噛み合って大きく物語は動き出しているし、ルビー自身ももう止まれない所まで来てしまっている事を自覚している。
薄暗い迷宮の遥か底で、心の隅から小さな悲鳴が上がっていた。
ルビーの真意でした。
ま、結構早くから元々どす黒い事で動かそうとは思ってました。
その割にドタバタしてしまうキャラだったけど。
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