それぞれ
「恐慌……ですか?」
戦いの最前線から遠く離れた場所。人の住む大陸、そして人の治める領域の中でも特に堅牢、人類の最終シェルターと言われてもあながち間違いではない場所。
聖王国ビクトリア。
そして女神教団の総本山の一室に、一人の執事が居た。
「現段階では起こりうる……という事だけです」
眉をひそめたセバスに、第五都市の枢機卿が紅茶に舌鼓を打ちながら告げたのである。
「各地に出現した迷宮は、依然として変わらぬままですが」
「……迷宮は魔物を吐き出す為の物では無かった。と、言う事ですよ」
第五都市の枢機卿の勿体ぶった言い方に、この人はいつでも変わらないお方だと思いながらも、もう少し完結に話してくれ方がいちいち頭を使わずに済むのに、と心の中で苦笑しておく。
「権謀術数は貴方の得意分野ではないですか」
「はは、良くご存知で」
心の内を先読みされているのか、それとも本当に見透かされているのか。どちらにせよ、長い時を法王として過ごし、人々を支えて来たこの人には叶わない。
「女神様からの、御神託で?」
「当たらずとも、遠からず。と言った所ですかね」
元法王。いや、現第五枢機卿は。
「歴史は繰り返すと言いますが、今回の変化はかなり大きな物になりそうです」
と、それだけ告げ再び紅茶の香りを楽しむ作業に戻ってしまった。
「……何かが起こるのですか」
迷宮都市の本来の目的は、邪神勢力の侵略に使う物ではない。あくまで、それは副次的な役割である。かの第五枢機卿はそう言っていた。
どちらにせよ、何かが起こった場合。
最悪のケースは、なだれ込む魔物や時代の変革に人々がついて行けず、そのまま何も出来ずに共倒れを起こしてしまう事だったりする。
その為に魔物を食い止める為の商会を通した様々な流通経路を構築したのだ。
どっちにせよ、こちらにはそれしか無い。
なにかを未然に防ぐのは依然として最前線でしのぎを削る彼等の役目であり。
「私の役目は、その後にございますし。家主が戻られる頃を見越して最良の状態にしておく事こそで」
そう答えたセバスに対して、第五枢機卿はニコリと微笑みを見せた。
「ええ、その通りですね」
第五枢機卿は未だに女神と繋がっている。
現役を大きく離れ新たにニュータウンと化した第五都市で気ままな生活を送っていても、その心の在り方は、世界を人々を安寧に導く為に存在している。
その微笑みは、諦めの境地なのか。
それとも、愛弟子を信頼する微笑みなのか。
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「我が子は脱落か」
迷宮都市から遠く離れた所。
竜翼の推進力は、一度の羽ばたきによって何里をも越す。
どこかの丘の上で、ガイヤはボロボロと四肢の大部分が崩壊してしまっているエヴァンを心配そうに見つめていた。
「…おかしい」
一緒に助けに入ったユウジンが言う。
「なんで死に戻りが来ないんだ?」
リアルスキンでも死に戻りは適用される。文字通り死ぬ様な痛みの後に、気付けば一番最近ログアウトした地点に戻されるのだ。もしくは登録してある宿屋だったりする。
崩壊しかかったエヴァン。
治療するにも手の施し様が無い。
「おいエヴァン! こんなになっちまいやがって……目を覚ませよおいっっ!!」
バンドが涙を流しながら旅の仲間の身を心配する中で、ユウジンは冷静に状況を考えていた。
普通この段階まで来たら、不死身でもない限りデスペナルティが発生してすぐに戻される筈なのに、エヴァンには未だそれが来なかった。
——この状況は、一度経験した事がある。
世界の意志と戦った時の事、ユウジンは深くにも精神世界に閉じ込められて、自分ではログアウト不可能な状況に陥った。それこそ、死に戻りもしない。
ある意味、仮死状態を自ら作り出したクボヤマと同じ様に、ずっと眠り続けていたのである。
あの時は、クボヤマが直接ユウジンの部屋へやって来て、推奨ヘッドギヤを強制ログアウト。無事リアルの世界へ戻って来たユウジンは、精神を立て直して再び世界の意志へと挑んだ。
そして、勝利した。
悪魔の干渉は、心を直接縛る。魔王サタンと呼ばれる最上位クラスの悪魔の力を有しているロッソだ。性格から省みれば、とんでもない呪縛に……。
「……悪魔、古の悪魔達は、それぞれ闇の根源を司る」
ガイヤが思い出しながら口を開いた。
「闇は無限に増殖し、闇の中で時は流れず、如何なる現象も闇の中では無意味と化す」
ディーテ、サマエル、サタン。
三本柱とでも言えば良いのか。
反転した世界の中核をになう存在。世界の一部である冥界や暗黒界とは、文字通り次元が違う根底を成す世界の者達だった。
「……大局を動かすモノ」
「そういや、ハザードが冥界に無限がいたって言ってたな……世界の意志と似た様なもんなのか?」
「我が語るのも烏滸がましい話しになりえる。竜を君臨者だとすれば、強大な個だとすれば……更に大きな集まり、力の源とでも言えば良いのか」
それはあくまで竜側の解釈。
地上の絶対強者として君臨する魔素の塊からの言葉。
「人々の信仰心と言う物が大きな力になる。それが神だ」
「だとすると、邪神は邪な心か?」
皮肉めいた言動のユウジンに対して、ガイヤは首を横に振る。
「いや、それも一つの信仰心であるが故に……お前も理解しているんじゃないのか?」
「そうだな。パースを当てはめて行くとしたら……世界の意志、生物としてのあるがままを捉えた者が信仰心とは真逆を行く」
プラスとマイナスというよりも、向きの問題。
すごく曖昧で不可思議な物。
「無限は……我も判断がつかぬ」
「それはアレだな情○統合思念帯だな、ハザードがまんまそんなもんだって言ってたし?」
あっけらかんとしたユウジンの物言いに、ガイヤは首を捻る。
「情報統合思○帯? なんだそれは」
「えっと、俺はゲーマーだからあんまりしらねぇけど」
ユウジンは、お前に判る様に伝えるとなると……と言って一度思考を挟んで間を奥と、納得いった様に告げた。
「向きを持たない意志の集合体?」
「なるほど、どこにも属さないという訳だな」
しばしば災厄として世界に降り掛かる大きな得体の知れない力。その担い手を背負う物がその時代には必ず現れる。
特徴として無限とは、その限りではない。
何をどうするか、それらは全て存在する多数の意志によって決められる。
一つ間違えれば一番質の悪い存在だった。
だから、冥界の悪食ベヒモスの腹の中に永遠に閉じ込められていた。
「そんなことより我が子! 我が子! ユウジン! 何とかするのだ!」
「えええ、どうしたら良いのコレ……色々考えて蛇足したけどさ、根本的な解決が全く判らねぇ!!」
母性を全身から撒き散らしながら喚き散らすガイヤに向かって、ユウジンは顔をクワッと豹変させながらそう言うのである。
「ウオオオオオオ!!! エヴァァァァン!!」
ガイヤとユウジンが起死回生の飛竜の卵を思い出すまで、このカオスな三竦みはしばらく続く事になる。
---
「フォルトゥナ!」
(はいなの!)
俺は戦いに備えて出来るだけ戦力を温存する事にした。体力と言っても神聖力と言う精神力。
雀の涙一滴も無駄遣いは避けるべきだと。
そう言う意見をフォルトゥナから貰ったので、現在は大迷宮を下へ下へと全速力で下っている。
走る体力?
この俺に体力という常識は無い。
(真っ直ぐ向かえば見えて来るはずなの!)
定期的に聖域をソナーの様に発信して、俺の力をになう聖核クレアの元へフィードバックされた情報を解析したフォルが道案内をする。
大きな縦穴はクロスの翼で滑空して行く。
————ドンッ!!!
上の方から大きな破壊音が鳴り響いた。
もうそこそこ下の層まで降りて来た筈なのに、時折ミシミシパラパラと迷宮を揺るがす衝撃が伝わって来る。
「……ハザード」
(往生してる暇はないの!)
思わず上層の方を見上げてしまう俺をフォルが叱咤する。
(お姉ちゃんも気付いてた! こんな事って有り得ないの! 邪神がプレイヤーと完全融合して違う世界の常識を身につけたの!)
珍しくフォルが慌てている。
で、女神様はなんて?
(……エリック神父と一緒に傍観の姿勢をとってるみたい。多分、完全に命運は託された。そう言う事なの)
「えぇー、丸投げされても困るんだけど」
——風呂敷は自分で畳みなさいね?
——ま、いけすかねぇけど、実際俺らが直接手出ししちゃダメだしな。
声が聞こえて来た。
いやいや、世界滅亡の危機っていうか。
お前ら……ちょっと楽観的すぎないか?
——いいえ、受け入れなければならないのよ。
——大体さ、俺らの役目とか千年くらい前に終わってんの。
——でも……
——ああ……
——私(俺は)この世界が好きだけどね(な)。
「いやいやいやいや! 丸投げとかアホかっちゅーに!」
(でもエラ・レリックには特別な掟、誓約が有るから、仕方ない事なの)
「なんで邪神は大丈夫なんだよ!」
(現世に留まり続けてるからなの)
「はああああああああ!?」
俺は、神に見放されたのか?
(私は見放してないなの!!!!)
ユウジンの所は作中ではかなり端折られた所。笑
クボヤマ、ここぞという時に神に見放された。笑
クボヤマ「ギャグパートじゃねーから!!!!!」ドンッ
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