異変に気付く者
《——座標を取得しています。座標を取得しています》
「これが魔素化? 流動体だから魔力っていったらいいの?」
「わかりまセンガ……精霊界というのも似た様なモノなのデショウカ?」
ギルドの大聖堂にて、特大の魔法陣に包まれてからどれだけ時間が経ったのだろうか。エリーと凪は煌めく宇宙空間の様な世界に居た。
コレが魔素で構成される世界の在り方。
それは美しかった。
宇宙をほとばしる流れ星、彗星の一部になって駆け抜ける様な気分である。構成される服も、身体も何も無い。
そこには意識しか無いのだが、それぞれの意識が脳神経に干渉して、まるで素っ裸で浮遊している様な、感じたこの無い快感が全身を駆け巡る。
「不思議ね、なんだかワクワクしてくるわ。常日頃から魔素や魔力を無意識の内に使用している私達が、いざその一部に溶け込むとなると……こんなに素晴らしい物だったなんて」
エリーから視た凪は、目を蘭々に輝かせて、見えるもの全てから世界を構成する魔素を学び得ようとしている様だった。
「……気持ちいいデス。このまま眠ってしまっても」
《それはいけませんよ、エリー様》
ウィズが脳内に直接警告した。
この空間で意識を保つという事は、自分の身体が完全に魔素化して、世界に溶けてしまわない為のプロテクト、言わばタグ付けが必要になる。
それを可能にしてるのウィズの魔法陣。
魔素化、流体化、そして指定座標での再構成。
要するに身体にタグ付け、保護化して、大事な個人のプライベート要素だけを保存し、身体という入れ物を新しい座標にて新しく再構成する。
そしてそこへ保護した意識を流し込む。
普通のテレポートというなの転移魔術とは根本的な部分が違っている術式でもある。
歴史のページを塗り替える程の魔術、いや新しい法則の様な物を駆使して動かしているのに、当の女子高生二人組はそれぞれが暢気に好きな事を考えているのだ。
「……なるほど、少しでも間違えると、世界と同化しちゃうんデスネ?」
《厳密に言えば、世界を構成する魔素の一部として永遠にそこに漂い続けます》
「まぁ簡単に言うと死よね、万が一にもウィズがミスる事は有り得ないけど」
《この世界の根源に干渉できる人物は、例外を除いて凪様くらいです》
「……例外?」
「一つは師匠に決まってるデショウ?」
《その通りです。クボヤマ様は半神の領域へと立ち入られています。私でも不可侵の領域になります。——最も特別な存在が故に、世界を構成する魔素に対しても幾つかの制限が掛けられている様です》
エリーは師匠が褒められた事で自分の事の様に胸を張っていた。色艶形ともに女子高生にしてはかなり美しいタイプのエリーの白い胸をみながら、凪も自分のモノの確認をする。
必死に寄せたり、腕をギュッと組んで谷間を作ってみたりするが……現状は余り芳しくない。
「元からちんちくりんなのは自覚していたけど……同級生にこうも差を見せつけられると……なんかへこむわね」
「ハハハ、まず人種が違いマスシ? 私からすればナギさんの細いスタイルがかなり羨ましいのデス。今の内から相当努力しないと、若さを保つ事が厳しくナッテキマスカラ……」
《なんとも、悲しい女子高生の会話ですが、私は大きいのも中くらいのも小さいのも全て守備範囲です……冗談です》
「冗談に聞こえないのよねアンタ」
「ワタシは師匠以外の評価なんて気にしちゃイナイノデス」
《さて、もう一人の人物ですが……宿敵ロッソ様は本格的に邪神と化した魔王サタンと完全に融合成されました。同化した核が二つの精神を持っているハザード様と違って、ロッソ様の魔素の形は完全に姿を変えています》
《——最も、人の身でありつつも悪魔の証明というチート能力がございますから……自分だけこの世の常識から逆らった行動をとられる危険性は前々からございました》
「ほんっと! 何なのかしらアイツ。私は大体間に合わないし」
凪が悪態をつく。
《探究心は、戦いとは無縁ですから。無理矢理引きずり出されない限り、戦いよりも他の事を重視します》
いつだか発覚してリアルにまで影響を与えた才能"探究心"。
凪が物語に余り干渉出来ないのは、一つの観測者として世界に存在を認められた証でもあった。
「今回も、一波乱ある気がシマス」
エリーがぽつりと告げた。
クボヤマの奔放は、小さな惝怳が重なって出来た心の歪みでもある。
ユウジンから聞いた話し、元々どうしようもなかった心の蓋が、膨れ肥大した膨大なMINDに埋め尽くされて、見えなくなってしまったバグである。と、エリーは感じていた。
龍峰学園で話しを聞いたときも、言葉の節々にその意識を感じた。
どこかで誰かが救ってあげないと。
手を差し伸べてあげないといつかあの人はダメになってしまう。
是非自分がその役割を担いたかったのだが……。
「どんどん先へ行ってしまって……追いつけマセン」
「守るもの一杯有りそうよねギルマス」
「もちろんその一部には私も、貴方も入っていると思うんデスガ……一番になりたかったナァ……なんて」
少ししょんぼりとするエリーに、凪が微笑みながらこう言った。
「まだまだコレからでしょ? そうだ、今度あの人とデートに行く予定なんだけど、ギルマスも誘ってダブルデートに仕立て上げない? なんていうか私も実際は少女漫画知識だし、なんか上手くできる自信が無くて……」
「アハハ、賛成です。この戦いが終わったら、少しは落ち着くんじゃないデショウカ? そうなったら私がモーレツアタックを掛けて振り向かセマス」
無邪気な笑顔を取り戻したエリーの表情をみて、凪の顔にも自然と微笑みが浮かぶ。女の子には考える事が一杯有る、それも女子高生ならもっとだ。
未来のワクワクドキドキシチュエーションを想定想像しながら二人は魔素の宇宙を流れ星の様に渡って行く。
《奇跡の力は失われましたが、必要な構成物はまだクボヤマ様が抱えています。"運命"という名未だ解明不可能、不可思議な力は、きっと私達をハッピーエンドへと迎えてくれるは……z————危険、危険、世界の構成魔素に解析不能断裂を確認しました》
「え?」
「な、何ガ」
身体を覆うプロテクトがより一層強くなり少し窮屈に感じる。
分析解析統計演算、パーフェクトと言っても良いこの元ヘルプ機能が突然警告信号を発した。それは、どうしようもない状況に遭遇した事を表していると同義だった。
「ウィズ! どうしたの!?」
ウィズを良く知る二人に、戦慄が走った。
《申し訳有りません、取り乱しました。観測地域は南魔大陸南方、獣人の領域である大森林を抜けた……迷宮都市です》
迷宮都市という名前を聞いて、息を呑む二人。
《残留魔素から予測演算します。——非情に小規模な戦いですが、判りやすくレベルで判断するならば300オーバー、そして解析結果ですが、次元断裂、世界の歪みを引き起こした張本人は名無しのロッソ》
そして解析結果はすぐに凪とエリーにフィードバックされる。
違和感は、両者ともすぐに感じ取った。
「あの……コレッテ……」
「ええ、この感覚は」
《そこから先は原因不明の領域へと至りますのでお控えください。解析するだけでもラグや破損が大きくてフィードバックにも最大限の安全マージンを確保していますので》
背筋に寒気が走る程の感覚。
心地よさの中に、ドロドロとした悪意と共に、良く有る感覚が広がっていく。
それはまるで夢から覚めた様な感覚。
当たり前の様に感じて、当たり前の様に普段から接して来た。
ありふれた日常の感覚だった。
《世界の常識が、根本から崩れ去りかねません。——fさhlrへjksrlskg——現段階のリソースでは表現不可能》
「早く……早く移動できないのデスカ!?」
「エ、エリー落ち着いて!」
《申し訳ございません。安全マージンの確保を優先しておりますので》
一つの琴線に触れたウィズの音声はかなりノイズ混じりになっていて、返答はかなり機械じみた冷酷な物だった。
エリーと凪は、大切な人の無事を願いながら。
ただひたすら待つ事しか出来なかった。
@tera_father
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